11.報告
眠れぬ夜を過ごし、朝日が昇る頃。ようやくミゼレーが戻ってきた。
「すみません。アクシオ様に気づかれないようにするため、戻るのが遅くなりました」
部屋にはヴィルエとミゼレーの二人。外にも他の者の気配はない。ヴィルエは急かすようにミゼレーに詰め寄った。
「構わないわ。それで、どうだったの?」
「追いつくまでは大変でしたが、旦那様の馬車を見つけたので尾行していました。ですが、ネルデリア領に入ったところまでしか確認できていません」
ネルデリア領とはニーベルジュ領の隣にある。だが、領主であるネルデリア伯爵の評判は悪く、貧富の差が激しいと言われている。領地の外れにはスラム街があるとも聞いた。
しかし今のヴィルエが求めているのはその報告ではない。セラティスは無事なのかどうかだ。
「それよりも先に教えてちょうだい。セラティス王子は無事なの?」
どうなったのかがずっと気になり、眠ることさえ出来なかったのだ。焦らさず早く教えてほしいとヴィルエはミゼレーの腕を掴む。それによってはレインブル家に行く必要だって出てくる。父と共に王城に行くことだって――そう考えていたのだが、聞こえてきたのは意外なものだった。
「セラティス王子は……無事だと思いますが」
なぜか、ミゼレーの反応は薄かった。ヴィルエの焦りが理解できないかのように、目を丸くしている。
「なぜ、旦那様とセラティス王子が?」
「それは……いろいろとあって……とにかく、旦那様はセラティス王子のもとに向かっていないの?」
「おそらく、にはなりますが向かってはいないかと。必要であれば確かめて参りますが」
アクシオが向かったのはセラティスのもとではない。それを知るなり、ヴィルエはへなへなとその場に座り込んだ。全身の力が抜けてしまった。
(よかった……セラティス王子を殺しにいったわけではないのね)
ではアクシオはどこに向かっていたのか。昨晩の彼が血塗れであったことから『夜梟』として動いていたことは間違いないだろう。では誰を殺しにいったのか。
「……旦那様は何のために出かけたのかしら」
「旦那様が姿を隠したのはネルデリア領でもあまり治安のよろしくない場所でした。なぜそのような場所に向かったのかは今回の調査でも答えを得られていません」
「その後はどうしていたの?」
「見失った旦那様を捜そうとネルデリア領にいたのですが、旦那様は見つからず。ですが、酒場にて面白い話を手に入れました」
ミゼレーの口角がわずかに持ち上がる。表情変化の乏しい彼女であるが、その様子からしてこの話はかなり有益なものになるらしい。ヴィルエは息を呑み、言葉の続きを待った。
「……昨晩、ある暗殺者が殺されています」
暗殺者が殺された。
予想していなかった言葉に、ヴィルエは大きく目を見開く。
「どうやらその者は、最近大きな仕事が入ったらしく羽振りが良かったそうです。ネルデリア領にアジトがあるそうで、彼は行きつけの酒場にてその話をしていたと」
「まさか……その仕事というのは」
デール・クラウザーが雇った暗殺者というのは『夜梟』ではなく、彼ではないのか。その想像が浮かぶと同時にミゼレーが頷いた。
「ええ。彼こそがデール・クラウザーに雇われた暗殺者でした。ですが、昨晩の彼は殺されてしまいました。酒場にて話を聞いていたところ同業らしき方が駆け込んできて、その方が殺されたと騒いでいましたから」
こういった情報収集の際、ミゼレーは変装をして身分を偽る。おそらくは流浪の暗殺者のふりでもしていたのだろう。そうして酒場にて話を聞いていたところ、殺された者の知り合いが駆け込んできて、酒場の店主に告げたのだ。
「デールに雇われたばかりなのに殺されるなんて。日頃から恨みを買っていたのかしら」
「いえ。別の理由だと思われます」
別の理由を考えてみるが思い当たらない。悩むヴィルエに、ミゼレーが答えを告げた。
「暗殺者たちは仕事の奪い合いをするそうです。自分の方が優れていると示すために同業の暗殺者を殺すのだと――現場には『夜梟』のコインがあったそうですから」
ヴィルエは絶句していた。
アクシオが昨晩殺したのは、デール・クラウザーが雇った暗殺者だ。彼を殺し、自らの力を誇示するかのようにコインを置いた。
(自分の方が確実にセラティスを殺せると……アピールをしている?)
これをデールが知れば、彼は『夜梟』に接触を試み、セラティス暗殺の依頼をしようと考えるだろう。なにせ彼の計画は、予定していた暗殺者が殺されてしまったことで頓挫しているのだ。
ミゼレーはアクシオの正体の知らない。そのため、ヴィルエの動揺を知らない。彼女は安堵したように柔らかな声で呟いた。
「こんな形でデールの計画が遮られるとは意外でしたね。ですが時間は得られました」
レインブル家や王家に連絡し、セラティス周辺の防備を固める時間は得られた。だが、安心できないのはアクシオのせいだ。
「……ヴィルエ様? 先ほどから様子が」
俯くヴィルエに気づいたらしく、ミゼレーがこちらを覗きこんでくる。それでもヴィルエの思考はぐちゃぐちゃで返事をするような余裕がない。
(旦那様の目的は何? どうして暗殺なんてしているの?)
彼に対する疑問はいくつもある。だが、直接問うことができない。それがもどかしく、苦しい。
(でも旦那様が『夜梟』ならば……これを逆手に取れるかもしれない)
デールが『夜梟』に仕事を依頼するとはっきりわかれば、ヴィルエはアクシオを監視する。そして王家にも『夜梟』がセラティスを狙っていると報告できる。こちらも誰が依頼を受けた暗殺者なのかと捜さなくて済むのだ。
だがこれは――彼の生活を一変させるだろう。
国が『夜梟』を捕え、その正体がアクシオであると暴けば、この生活は終わる。ヴィルエは彼のもとから離れ、レインブル家へと戻るだろう。
(今の暮らしが失われても、別に構わない。そうでしょう?)
興味を持たない。名ばかりの夫婦であるだけ。
そんな関係でしかないというのに、決断ができない。
(……私は旦那様のために動いているんじゃない。オルナとセラティス王子のため)
揺らぎかけた心に鞭を打ち、結論を出す。
「ミゼレー。『夜梟』に依頼をする術を探ってもらえるかしら」
「え?」
ヴィルエの言葉に、ミゼレーは吃驚の声をあげた。
「デールは新しい暗殺者を捜すはず。だから私から、おすすめの方を紹介しようと思っているの」
「まさか『夜梟』を紹介するつもりですか?」
最強の暗殺者といわれている『夜梟』。彼に依頼をすればどうなるかわからない、とミゼレーは考えているのだろう。ヴィルエのお願いを飲み込めずにいるようだ。
「……大丈夫よ。セラティス王子は絶対に守る」
『夜梟』への依頼をデールに勧め、ヴィルエはアクシオを監視する。今度は見逃したりなどしない。全力で彼を止めて見せる。
これが、セラティスを守るための最善の手段だ。




