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エピソード5

「アイト、すまないがペンを貸してくれないか、ちょうど切れてしまったようだ」

「ああ――やるよ。他にも俺はあるから、自由に使ってくれ。返さなくてもいいぞ」

 学校にてアイトがルフィナにペンを渡した。

「いい、学校が終われば返す。それと朝に言ったが終わったあと校門近く来い、向かうからな」

「わかってる」



 ふたりが会話しているさなか、アイトくん、とクオンが気になった様子でやってきた。どこか不安げなところも見て取れた。



「ふたりとも……仲良くなったの?」

 アイトとルフィナは目を合わせたあと、クオンに目を向ける。

「ほら、いろいろあったけど同じクラスだろ。親の事情で最近引っ越してきたんだっけ?」

「――そうだな、少し事情があってな。石楠花しゃくなげクオン、前はすまなかった。アイトといい疑ってしまって」


 ルフィナが手を差し出すとクオンもその手を握った。

「ううん、それがお仕事なんだもんね。急に話してるものだから、わたしなんか心配になっちゃって……」

「では、私は席に戻る。ペンを貸してもらってすまなかったなアイト」


 ルフィナはそう言って席に戻っていったが、クオンは戻らずにアイトに尋ねる。

「そういうことならわたしにも紹介してよ。いつの間にか仲良くなってるんだから、びっくりしたんだから」

「クオンはお節介だしな、ルフィナが困るかと思って」

「……ルフィナ」クオンは間を置き「ルフィナちゃんが困るのはアイトくんの方じゃない? デリカシーのないこと言ってないよね」

「俺がそういう人間に見え――」

 じいっとクオンがアイトの目を見た。「……見えるか」とアイト。

「それでアイトくん、今日の帰りサタバに行こ。新作のフラッペが出て――」

「悪い、ちょっと用があって今日は無理。また次の時に頼む」

「……う、うん。わかった」



 チャイムが鳴り始め、クオンは席へと戻っていった。二日後のクオンの誕生日に何か買わないとな、とノートに案を何個か書き出したが、まとまらなかった。


 じゃあ明日またな、とアイトはクオンに言い放ち、学校の外に出た。校門から出て、すぐに目に入った車があった。真っ赤で現代には似つかわしくない見た目の車が停まっていて、そこには寝ぐせを治してない感じのスーツを着た女性とルフィナが話し合っている。

 ふたりが車の隣で会話してるからこそよくわかる、赤い車の全高は低く、スポーツカーのルックスをしていた。



「来たか、乗れ」



 簡潔にルフィナが言ったが、アイトはスーツを着た女性が誰かと――いちおう予想はしているが、気になる視線をスーツを着た女性に送った。



「どうも。SI5所属、すみれイェウォン、二十四歳独身。恋人募集中っす!」

「……あ、どうも」

「それじゃあ、行きましょうか。後部座席は少し狭いっすけど、我慢してください」



 ルフィナが助手席のドアを開け、前方にシートを倒して前に移動させ「入れ」と言われ、入ったが狭い。頭は天井にはギリギリつかないが、アイトのバネのような天然パーマは天井を柔らかく掃くように当たり、ルフィナがアイトのことを気にせずに助手席のシートを戻すと脚をしっかり曲げないといけなくなるぐらい窮屈だった。



「んじゃー、飛ばしますよー」



 まるでいつもそうなのかのようにイェウォンがエンジンを掛け、シフトノブに手をのせ、アクセルを踏み、クラッチペダルを離していった。静かに走り出したと思った次の瞬間、ガチャ、と一回シフトノブを操作したら、それ以降――とんでもなくうるさい音をあげながら、車は走った。


 タコメーターが四千回転を下回るのは信号で止まるときだけで、それ以外は四千回転以上エンジンを回しながら走っていた。



「そんなに急がなくてもいいんじゃないか」

「黙れ」

 アイトの意見もルフィナによって蹴られ、イェウォンはドライブ気分な表情を浮かべながら道路を走っていった。

「いやー、重りがつくとエンジン回せて楽しいっすね」



 制限速度の標識などイェウォンの目には入っていないようだった。それでいてアイトはエンジンを回す口実のための重り代わりらしい。時空地区の連中はどういう頭してるんだ、アイトは揺られる後部座席でイェウォンとルフィナのふたりを見た。



 ガチガチのサスペンションによって石の上で跳ねてるような感覚を味わいながら数十分、躑躅つつじキョウがいる隣町に着いた。下校している生徒たちがちらほらといる。ルフィナは外に目線を置きながら、彼を探していた。後部座席で尻を痛めたアイトは前方のふたりに言う。



「なあ、そこのコンビニ寄れないか? 喉渇いたし、尻も限界だ……」



 ルフィナの「黙れ」に当たるイントネーションが出始める辺りで、イェウォンが遮り「そうっすね、自分のもお願いするっす。コーヒーで」路肩で停車した。これにはルフィナも反論することなく、アイトとルフィナは車から降りて、コンビニにへと入った。アイトがコーヒーを見ながら、ブラックか微糖どっちだ、と悩んでいるとルフィナがさっとブラックコーヒーを取った。レジで並んでいる最中にアイトは聞く。



「イェウォンさんとは仲いいのか」

「『とは』だと」

「イェウォンさんとも――でいいか」

「好きにしろ」

 なにが好きにしろだ、と心で呟いた。レジがひとつ進み、ルフィナは一歩前に進む。

「私の後輩にあたる人だ、イェウォンさんは大学卒業後に来たからな。彼女から声を掛けてきて――他の奴はあまり私に声を掛けないからよく覚えてる」手に持っているコーヒーを見た「自分は優秀じゃないから、と熱心にいろいろ聞いてきてな、私もそれなりに教えていたら――いつの間にか仲良くなってたんだ」



 イェウォンについて語っているときのルフィナは硬いかどみたいのが取れていたようなだった。気を許している相手にはこんなふうな顔をするのか、とアイトは見ていた。

 コンビニでの買い物も終わり、自動ドアが開いた先では、イェウォンは外に出ていて、赤い車ほどじゃないが、制服を着たオールバックヘアの赤い髪の男と話していた。



「へえー、いい車じゃないですか。馬力は?」男は言う。

「一七〇馬力っすよ、元は一四五馬力っすから、結構お金掛かっちゃいましてねー」

「おお、ターボなしでそりゃスゲェわ」

「ポンダはやっぱり自然吸気FFじゃないとって自分は思ってますから。ターボは邪道っすよ」



 ふたりは車のことで談笑していた。純粋に車のことで話が始まったような会話だった。邪魔するのものな、とアイトが思っているのもつかの間、ルフィナが男の前に立った。



「貴様――躑躅キョウだな」

「ああん? 人が話してるときによォ、しかも盛り上がってるときに声を掛けるなんてロックじゃねえな」

「事情など知るか。取り調べ、受けてもらうぞ」

 躑躅キョウは左右をそれとなく見渡し、嘲笑うかような顔をした。

「そうか、オレをつけているのとは違う奴らか。こそこそ嗅ぎまわってるのよりはいいがな」

「私たちは時空地区、時空保安局――SI5。抵抗しようが無理にだって取り押さえることが――」

「いいぜ、話ぐらいは聞いてやるよ」



 素直な反応にルフィナは一瞬言葉が止まった。そうか、なら場所を移そう、とルフィナがキョウを街の通りから違う場所に誘導しようとすると、キョウは動くことはなかった。



「嫌だね、信用できない。オレがこうやって話してやってるのは身の保証があるから、街中じゃ簡単に手は出せないだろ。ただでさえ警察に足元見られてんのに、今度は時空地区の保安官だって? 勘弁してくれよ、オレはP.G.として違反行為なんてしてねェぜ。柄が悪いだけだ」

「危害は加えないことは約束しよう。話を聞かせて貰えればそれでいい」

「無理にだって取り押さえることができる――そう言ったのはテメェだろ。信用ができねェって言ってるのがわかんねえらしいな。だが、オレをつけてる連中をやめさせてくれるなら、考えなくもない。気味が悪いからな」



 ルフィナは視線を歩道に向け、隠れながらキョウを見張っているSI6を見たあと、キョウに言う。



「ややこしいことだが、いま私が彼らに何を言っても簡単にできることではない。時間が掛かる」

「だったらそうしろ。一方的な駆け引きは好きじゃねェ」

 車のドアを開けたルフィナは「イェウォンさん、帰りましょう」と言い、アイトにも目を向けて車に乗せた。車に乗る前にルフィナはキョウに言う。

「明日までには話をつけておく、それでいいか」

「ああいいぜ。ここで待っといてやるよ。くだらねえストーカー行為なんてやめろって伝えておけ」



 イェウォンが車発進させ、ルフィナたちはその場を去り、アイトの家に向かった。「あの人が躑躅キョウって人なんっすね、いやー車に興味持ってくれたからつい楽しく話しちゃいましたね」イェウォンはそんなふうにルフィナと話をしていた。


 アイトの家でアイトとルフィナは降ろすと、イェウォンはマフラーからうるさい音を上げながら、暗くなった道路を走って行った。昨日と同じ料理を出され食べたあと、アイトは自室に行った。


 普段なら寝るとき以外はリビングにいるが、完全にルフィナが居座ってる状況もあり、一緒にいるのも居心地がよくはないので、部屋にいることにした。一階から、誰かと連絡している声が僅かに聞こえ、きっと躑躅キョウを尾行しているSI6の件の話だろうと推測できるものだった。


 静かになり、トイレにも行きたくなったアイトは一階まで降りて、トイレを済ましたあとに、明かりはつきつつも静かなリビングに顔を出す。片膝を立てて座りながら目をつぶりヘッドホンを耳につけ、コードの先には片手サイズの四角い機械を持ち、何かを聞いてる。四角い機械はレトロな音楽プレイヤーに見える。中心の透明なカバーにはカセットテープが入っていて、左右の穴は回転していた。アイトが一歩、足を踏み込むとルフィナは目を開く。



「何か用か」

「別に用ってわけじゃない。降りてきたついでだ」

 アイトは尋ねる。

「なに聞いてるんだ」

「貴様に言う必要があるのか」

「そうかよ、言いたくないならいい」


 ――聞いてるだけだ、とひと言出し、続けた。

「曲を聞いてるだけだ。両親の国のな」

「どこの出身なんだ。名前的にスペイン語圏っぽいけど」

「推測は正しい、コロンビア出身だ。私は時空地区出身だからな、すべてが人工的な場所――山も海もない。それが普通で、それが当たり前。だが何故だろうな、生まれたところでもない場所に思いを馳せてしまうのは。見えない海の香りを想像しながら、私は聞いている――。それだけだ」

「――これが終わったら、行ったらどうだ」


 ルフィナはリビングの入り口で立っているアイトを見る。

「前提として無事に終わればな」

「俺が『事』の元凶だったら、存分に撃っていいぞ」

 ルフィナはヘッドホンを外す。

「最初からそのつもりだ。楽しみにしておこう」

「あまり痛くない程度にしてくれよ。即死で頼む」



 アイトとルフィナはクスっと笑い「寝るよ」とアイトはリビングを出て、二階に行き眠りについた。


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