奈喜と血縁
「ただいま~」
階段を上る音とともにお父さんの声が聞こえた。ゴミ箱をひっくり返して、ちゃっかり座る奈喜。
(これをどう説明すればいいのか。)
優奈は夕食をほおばりながらそんなことを考える。
「優奈~塾は大丈夫かぁ」
お父さんが部屋に入ってくる。優奈はドキドキしているのがわかった。
「!?優奈が二人⁉」
「やっぱり」
優奈は不機嫌っぽく言った。お父さんは息が止まらんばかりに驚いている。
「なるほどそういうことか」
優奈が事情を説明した後、なぜかお父さんはしっくり来たらしく、何度もうなずいている。いや、自分で納得しようとしているのかもしれない。
「で、なんで奈喜はここに来たんだ」
「なんかいいったらわかるの?」
それでも優奈はめげずに何度も説明した。
「にゃにゃにゃにゃんにゃー」
奈喜は飽きてきたのかそんなことを言いながら優奈の部屋に飛び込んだ。
「もう!」
優奈はお父さんのことはほっぽりだして、奈喜についてきた。
「なぁに」
奈喜は本当に何を言われているのかわかっていないようだ。
「私のこと知りたいんだったらこれでも読んで」
奈喜が投げてきたのは、
“内海奈喜 自分と世間のノート”
「なにこれ」
「見ればわかるよ」
優奈はそっと開いた。
“内海奈喜 2057年7月6日生まれ AB型
多動症で、行動をすぐに起こしてしまう。
名前の由来 母親、奈月と父親、友喜から名付けられた。
家族関係 母親 内海奈月 父親 内海友喜 姉 内海 友月
母方の祖母 平野優奈 祖父 平野大翔
父方の祖母 内海穂希 祖父 内海俊太郎“
「うん?ちょっと待って。母方の祖母優奈ってどういうこと?私三永だし。」
「だから、おばあちゃんって言ったでしょ。父子似た者同士だね。結婚すると名字変わるじゃん」
それはそうだけども、と優奈はもごもごした。
「じゃあ、私って、嵐座に受かる?」
「嵐座?」
「私立嵐座中学校」
奈喜はちょっと考えた。
「わかんない。普通おばあちゃんに中学のことなんか聞かないでしょ」
奈喜はへにゃんと笑った。
「じゃあ私は今も生きてる?事故とか」
「15歳の時に階段から落ちて一回腕と足骨折してるけど命に別状なしだよ」
そんな笑いながら言うことじゃないと優奈は頬を膨らます。
「っていうか、未来のことそんなにべらべらしゃべっちゃっていいの?」
「はぁ?あなたが聞いてきたんじゃん」
奈喜はつまらなさそうに言う。
「まあいいってことね。」
奈喜は最初から持っていたリュックから本を取り出し、読み始めた。
優奈は何かに引っ掛かり、その本を凝視する。
「待って、それってアニドレの?」
アニドレとは私が読んでいるアニメのドレミという声優の半生を描いた小説で、最新でも2巻だった。
奈喜が持っているアニドレは⓳の文字が入っていて、60年くらいたったと考えるとあまり進んでいないようだった。
「そうだけど…もしかして持ってるの?この桜庭道湖って人、18から小説はじめてるとは聞いたけど、」
「そう!私2巻まで持ってるよ」
そういうと奈喜の顔がパァッと輝いた。
「嘘!1,2,3,巻って、今の時代めちゃ髙くてさ、途中からでも読めたから持ってるけど、読ませてよ!」
確かに、60年も前の小説となると貴重なのかもしれない。
「いいよ、これこれ」
優奈は本棚の一番上から背伸びして2冊の本を取った。
「へぇ。こんなきれいなの写真でも見たことないや。そういえば、20巻でおしまいらしいよ。作者も結構年だし」
奈喜は感心深そうに眺めた。
「私が生まれた年に、アニメ化もやってるし、5年前に実写版もやってるよ。やっぱり原作が一番だけどね」
優奈は別の小説を思い出した。おととしに映画化されたものが地上波放送され、見る前に原作を読んだら、ずいぶんと良いシーンがカットされていて、おもしろくなかったのだ。
「それは未来の世界でも変わらないんだ。」
気づいたら、時計は10時を回っていた。
「もう寝よ。」
優奈は大きなあくびをしてベッドにもぐりこんだ。
「おい!」
「ぎょへっ!」
奈喜が優奈の上に飛び込む。
「私のべっどは!」
「知らないよ。お母さんにでも聞いたら?私は明日、塾だから」
体にかかっていた重荷が消えた。
階段を下りていく音は聞こえなかった。ふてくされたのかもしれない。
「勝手に来たのはそっちでしょ」
私は布団の中で誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「私の家で好き勝手しないでよ」
奈喜への不満は、いつしか眠気にまけてどうでもよくなったきてしまった。
―翌朝
目が覚めると、奈喜が床に布団を敷いて寝ていた。
「結局お母さんに頼んだのね」
優奈は大きくため息をつくと布団をたたんで部屋を出る。
「おはよー」
「おはよう、奈喜ちゃんは?」
お母さんが卵焼きを作っていた。
「まだ寝てるよ。あ、あと、奈喜の布団用意したのお母さんだよね。ありがとう」
「うん」
そういうと、お母さんは慌てて火を止める。
「宿題はやった?」
おかあさんが聞いた。
「うん、…簡単だったよ」
無理やりの笑顔を作った。
「そう、よかったね。」
それ以上の会話はなかった。お母さんとの嘘の会話。何も面白くなかった。
浅い溝があるのは、中学受験のせいだった。受験をさせたいお父さんと、失敗したらストレスだとやらせたくないお母さん。
離婚してしまうのではないかというほど喧嘩する日もあったが、優奈はお父さんのほうについた。結局は日和見だった。
「もう、なんで起こしてくれないのよ」
奈喜が走ってきた。
「おはよう」
「おはようじゃないよ、聞いてるじゃん」
「あぁ、それは気持ちよさそうに寝てたから」
本当はめんどくさかっただけのことを黙っておいた。
奈喜は「えぇ」とぶつぶつ言っていたが、だれも気に留めなかった。
「そういえば、奈喜ちゃんは未来から来てるんだよね。帰れる方法ってあるの?」
お母さんが私のお皿に卵焼きをのせた。
「私がここに来たのは多分、なんかバスが通り道になったんじゃないかな。他のみんなも来てるかも」
「でも、探すのは難しいんじゃない?東北はこんなに広いんだもの」
私は手を大きく広げた。
「うーん、でも走ってた場所はみんな一緒だし」
「そっかぁ、みんながいるなら近くってことね」
「はいはい、優奈?今日塾でしょ。宿題はやったの?」
お母さんがせかす。
「やったよ。おととい」
「そう」
私は仕方がないので卵焼きを口に入れた。
朝ごはんを食べ終わって、塾の用意をしていると、奈喜が寄ってきた。
「私もついてっていい?クラスメイト達がいるかどうかもわかんないし」
優奈は手を動かしながら言った。
「だめに決まってるでしょ?道だけならいいけど、来たばっかりだし、一人で帰れないじゃん。」
「そんなぁ」
奈喜は優奈に懇願したけど、結局ダメだった。
優奈は塾までの道を歩いて行った。
途中まで奈喜がついてきているような気がしたけど、気にせず進んだ。
むこうの空には白い絵の具でべっとりと塗ったような立体感のない雪雲がみえた。
優奈が息を吐くと、白くなってはかなく消えた。
「おはよーございます」
自転車10分のところにある塾にはもう数人が来ていた。
「三永さん遅いよ。もう1か月後は受験なんだからあ、そういえば理科の宿題できた?あたしぜんぜんわかんなくてさぁ」
入室早々話しかけてきたのは香織。
「私はできたよ。めっちゃ時間かかったけど」
「そうだよね」
香織は私の机に顎を乗せる。
「入試は時間制限もあるし、一応受かる判定になってるけど、本当に受かんのかなぁ」
優奈は頬杖をつく。
「やばっテスト勉強しないと、殺されるぅ」
香織は前を向いてしまった。
「やっぱり幻覚だったのかな」
「ん?」
「いや、なんでもない」
優奈はもやもやした気持ちのまま、勉強した。
7時になると、解散した。
「えっ?奈喜⁉」
ガラス窓から見えた人影に目を疑う。
私は荷物も置いて飛び出す。
「なんで来てるの!」
「えへっ、来たかったんだもん」
奈喜は白々しい。
「もう、どいなことなの」
なんでもニコニコ笑う奈喜を見ていると、どうでもよくなってくる。
「あっ、荷物」
優奈は塾に駆けていった。
「早めにねー」
奈喜はキャハキャハと笑った。
優奈は荷物を取るとまた奈喜がいるところに行った。
「おかえり」
奈喜は私の自転車に乗った。
「それ私の。ていうか、奈喜はどうやって来たの?」
「歩いてきたよ。結構時間かかったけど。」
「帰りどうすんの」
奈喜は困った表情をした。
「二人乗りするの?」
「えっ?それ犯罪じゃないの?」
「えっ?」
優奈と奈喜は顔を見合わせた。
「そうだわ」
優奈は思い出した。
「あぁよかったぁ。過去でもそれは変わらないよね」




