また、会えるなんて(2)
「たまには、ゲーム以外で癒されてぇな……」
ある日の午後、そう呟くと、気づけば水族館に向かっていた。
子どもの頃から、動物園や水族館に行くと妙に心が落ち着いた。フリーパスはいつも財布に入っている。
薄暗い館内に、青く揺らぐ光が静かに満ちている。水の中でだけ響く、かすかな鼓動のような泡の音が、現実の喧騒を遠ざけていた。この水族館の非日常な雰囲気が俺は堪らなく好きだった。
大水槽の前のベンチに腰掛ける。深い蒼が広がる水の中、大きさも様々、色とりどりにきらめく魚の群れが行き交っている。ぼんやりと水の中を眺めながら、これからの実況スタイルについて考えていた。
(最近、ちょっとワンパターンか……構成、進め方、見直した方がいいか? あと、GG4の次の公開実況で……)
「まもなく閉館30分前となります——」
思考の海に沈んでいた頭が、機械的なアナウンスによって、引き戻された。
時計を見ると、意外と時間が経っていたことに驚く。
(帰るか……)
ゆっくり立ち上がると、隣のベンチでも女性が立ち上がる気配がした。その拍子に、彼女が膝に置いていた小さなペンギンのぬいぐるみのキーホルダーが、ぽとん、と床に落ち、俺の方に転がってきた。
「あっ」
反射的に拾い、手渡す。
「あっ! ありがとうございます!」
真っ直ぐに向けられた彼女の顔を見て、言葉が出なかった。
月平 菜緒——だった。
「……え?」
互いに、一瞬の静寂。
どこかで見たことがある、と首を傾げる彼女。
その仕草が可愛くて、思わずまた見惚れる。思わず言葉が出ていた。
「あの、鈴木の甥です。この前まで入院してた。叔父の」
文脈、めちゃくちゃな自覚はある。
「あっ……! あぁ! 先日退院した!」
ぱあっと彼女の顔が明るくなった。
何となく、出口まで一緒に向かっていた。
「その後、鈴木さんの体調はいかがですか?」
笑顔で話をしてくれるその姿に、またしても胸がきゅっと音をたてる。
「おかげさまで。だいぶ元気です」
「びっくりしました。こんなところでお会いするなんて」
「俺も驚きました。今日は、お一人ですか?」
「ええ、ちょっと息抜きに。水族館、好きなんです。年パスもあるので」
「奇遇ですね。俺も、年パス持ってます」
そんな何でもない会話が、なぜか妙に嬉しくて、浮かれてしまう自分がいる。
退館のエレベーターにはすでに人だかりができていた。混雑したエレベーターの中、自然と身体が近づく。向かい合って、距離がつまる。
(この感じ……)
あの日の、あの満員電車と同じ体勢だった。
「…あの……、間違ってたらごめんなさい。もしかして…」
しばらく黙っていた彼女が、顔を上げて俺を見た。
「前に、電車で……私を、助けてくれた人って……」
(覚えていてくれた……)
ゆっくりと、頷いた。知らないうちに口元が笑っていた。
***
「本当に、ありがとうございました。あの時は……すごく怖くて。でも、ああして守ってくれて……」
エレベーターを降りたあと、歩きながらそう言って、彼女は笑った。あの日と同じ、あの笑顔。どうしようもなく胸が締め付けられる。
「お礼…したかったんです。あっ、別に変な下心とかなく。すごく……助かったので。」
(こっちはめっちゃ下心あるんですけど)
少しだけ、考えるふりをして、思い切って口を開いた。
「じゃあ……今度、一緒に動物園、行ってもらえませんか?」
彼女は一瞬ぽかんとしたが、すぐに小さく笑って、「……はい」と頷いてくれた。
その場で、連絡先を交換した。
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