あなたが見つけてくれたから(1)
真っ赤になった菜緒さんと俺の間に微妙な沈黙の時間が広がる。
と、そこに彼女のスマホが震えた。電話のようだ。出ていい?——そんなふうに、言葉の代わりに彼女の目が聞いてきた。
「いいよ、大丈夫」
軽く笑って頷くと、ほっとしたように微笑んでから、通話ボタンを押した。
どうやら相手は彼女のマンションの管理人のようだった。電話を終えた菜緒さんの話によると、漏水工事は今日の夕方には終わるらしい。
「そしたらさ、それまではここでゆっくり休んでいればいいよ。まだ身体も本調子じゃないでしょ?」
そう言うと彼女は少し迷った後「じゃあもう少しだけお世話になります」と言ってぺこりと頭を下げてきた。どこまでも真面目な人だ。その姿に、またふわっと心が持ち上がった。
通知の件は一旦、後回しにした。
菜緒さんの熱は下がっているようだった。汗もかいているし、着替えたいだろうから、とシャワーを貸すことにした。
しかし——
浴室から響いてくるシャワーの音。
それだけのことで、俺の思考はとっ散らかっていた。妙に心臓の音が早い。
冷蔵庫の前で腕を組み、キッチンの端を意味もなく片付けて、リビングのソファに座っては、すぐ立ち上がる。テレビもついてはいたが、その内容は全く頭に入ってこなかった。
“好きな人が、今、自分の部屋で、シャワーを浴びている”
事実としてはそれだけ。なのに、感情はもう、そんな単純な言葉では片づけられない。
変な期待を抱いてるわけじゃない。けど、意識しないでいるなんて無理な話だ。
この状況で、冷静でいられる男がいたら会ってみたい。
「……はあ」
顔が赤くなるのを感じながら、それを少しでも冷まそうと冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぎ、一気に飲み干した。その動揺は全く鎮まる気配がなかった。
***
しばらくして、シャワーの音が止まり、続いてドライヤーの音、そして洗面所の扉が開く音がした。
俺は思わず立ち上がった。
着替えた菜緒さんがそっと顔を出して尋ねてきた。
「あの、シャワー、お借りしました。ありがとう。使ったタオル、洗濯機横のカゴに入れておけばいいのかな?」
「うん、全然。ていうか……体調、大丈夫?」
菜緒さんは少しだけ笑って、「うん、さっぱりした」と言ったけれど、その顔にはまだ疲れがにじんでいた。
シャワー後の火照った頬。うっすら湿った髪。柔らかい石鹸の香り。先程までの緊張が蘇ってくる。目のやり場に困って、視線を宙に泳がせた。
「えっと…とりあえず、何か、飲む?」
そう言って、ソファに座った菜緒さんに清涼飲料水のペットボトルを手渡した。
「ありがとう」と受け取ったペットボトルを開けると、ゆっくりと口にした。「おいしい。なんか生き返った感じ」と微笑む。
それだけで、また心拍数が上がる気がした。
そうして彼女はぽつり、と言った。
「日辻さんには……助けてもらってばかりですね」
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