彼女に会いに行く
メッセージは送った。けれど、既読はつかない。
(きっと仕事中なんだろう)
そう自分に言い聞かせても、心は落ち着かない。じれったい。焦れる。あんなに話したいと思っていたのに、言いたいことは何ひとつ伝えられず、時間だけが無情に過ぎていく。
スマホを見つめながら、俺は大きく息を吐いた。どこかにぶつけたいような衝動が、抑えきれずに体の中を巡っていた。
「……会いてぇ」
吐き出した言葉に、自分でも驚くほどの感情が滲んでいた。気づけば、車のキーを手に取っていた。何も考えずに。まるで身体の奥から突き上げてくるような衝動だった。こんな激しい気持ちが自分にあることに驚いた。
行き先は彼女が働く病院。彼女に会える保証なんてないけど、きっと、一番会えるのはここだと思った。
近くのコインパーキングに車を停めて、病院の前にあるガードレールに軽く寄りかかる。
病院の前に立つ俺に対する行き交う人たちの視線が痛い。でも、そんなことはもうどうでもよかった。
「ストーカーか、俺は……」
自嘲気味に呟く。
けれど、それでもいいと思った。ただ、もう一度だけ彼女に会って話がしたかった。
どれくらい待っただろうか。ふと、自動ドアが開き、大きな荷物を抱えた女性、月平さんの姿が見えた。
(——いた)
反射的に立ち上がり、近づこうとしたその時。
白衣姿の若い男性が、彼女の後ろから走り寄ってきた。
「姉ちゃん、大丈夫? 熱あるって聞いて……!」
前に一度、公開実況の時に見かけた顔だった。たしか弟だと言っていた。改めて見ると確かに似ている気がする。
「大げさだなぁ、大丈夫。ホテル取って休むから」
彼女の声は明るいが、力はない。
「じゃあせめて送るよ」
「今夜当直でしょ? あんたの準備が先ー」
そう言って踏み出したその瞬間。彼女の体が、ふらりと傾いた。
「菜緒さん!」
反射的に名前を呼んで、体が動いた。地面に崩れそうになった彼女の身体を、しっかりと胸の中に抱き留める。
柔らかくて、細い身体。鼻をかすめるのは、消毒薬の匂いと、シャンプーの香り。
心臓が激しく音を立てる。この人に触れている。それだけで、全身の血が沸騰しそうだった。
「姉ちゃん! 大丈夫!? って……えっ!? 誰? ……あれ? 羊さん!? え、羊さんですよね? 実況者の!? なんで……姉ちゃん知ってる!?」
パニック気味の弟くんに「ちょっとした知り合いなんだ」と説明する。彼女の現状について尋ねると、彼は困ったように事情を話してくれた。
話を聞けば、彼女は今、マンションの漏水で家に戻れず、病院に泊まり込んでいるという。ただでさえ休みが少ないなか、他人のシフトの穴埋めまで引き受けてしまい、とうとう今日、過労で発熱したらしい。
「診察も受けたし、どこかで休んでもらいたいんですけど……。俺は寮暮らしなんで、家族でも女性を泊めるのはちょっと…。本人はホテルに……って言い張るんですけど」
俺は腕の中で荒い呼吸をする菜緒さんの様子を見つめながら、はっきり言った。
「ありがとう。そしたら俺が、面倒見るよ。車で来てるし、家に連れて帰って休ませる。弟くんの連絡先、聞いてもいい? 状況、逐一報告するから」
弟くんはじっと俺を見つめてきた。大事な姉を任せられる相手なのか、慎重に見極めようとする視線。真っ直ぐにその視線を受け止る。
そして、優しく大切に彼女を抱き上げると、頼んだ。
「悪いけど、荷物だけ、車までお願いできるかな」
その瞬間、彼の表情が少しだけ緩んだ。そして軽く頭を下げて言ってくれた。
「よろしく、お願いします。姉ちゃんのこと…」
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