出会いは電車の中で(2)
翌日、予想外の再会は唐突にやってきた。
「叔父さんが入院だってさ。叔母さんも足が悪いからさ。悪いんだけど、ちょっと病院まで送ってくれない?」
叔父が骨折して入院したという連絡を受け、智士は車を出して病院に同行することになった。
入院の荷物を持って叔母の後に続き、ナースステーションの前で足を止めたその瞬間。そこにいる人を見て、心臓が一つ、音を立てた。
そこにいたのは——あのときの彼女だった。
ナース服に身を包み、髪をまとめて、真剣な顔でカルテを見ていた。
智士たちの来院に気づくと、こちらに向かってきた。にこやかに微笑みながら、叔母と会話を交わしている。
(間違いない、あの女性だ……)
しかし彼女は、智士が昨日電車で会った人だとは、まったく気づかなかった。
こんなところで会うなんて、予想できるはずもない。しかも今の自分は、患者家族の付き添いというモブ中のモブだ。
ほんの少し、残念だった。でも。
名札が目に入る。
《月平 菜緒》
(名前、わかった……)
それだけで、心の中に、ふわっと光が灯るような気がした。
***
月平菜緒は、くたくたになって帰宅していた。
整形外科病棟は毎日が慌ただしい。患者の層もバラバラ。通常の看護業務に加え、緊急入院、手術準備、リハビリへの対応。次から次へと仕事がある。今日も手術時間が伸びたせいで、定時を大幅に過ぎての退勤だった。
そして、やっと家にたどり着いたというのに、洗濯物が干せていない現実がのしかかる。
「……はー……もう無理……」
それでも、なんとか身体を動かす。
別に誰に見られているわけでもない。しかし、長女として「しっかりしてるね」と言われて育ってきた反動で、何もしないと罪悪感に押し潰されるのだ。
実家を出て数年。一人で生活する大変さも身に染みていたし、ふとしたときの寂しさもあった。こんなとき、誰かが側にいてくれたら、なんて思うこともあるけれど、そんな相手もいない。
洗濯機を回し、シャワーを浴びてさっぱりしたところに、冷蔵庫から缶チューハイを取り出す。
テレビをつけず、タブレットを起動する。
そして動画投稿サイトから、お気に入り登録チャンネルのページを開いた。
——“羊のゲーム実況”
昔、付き合っていた彼氏からは「ゲーム実況なんて観てるの!?」とバカにされたこともあった。あの時は本当にイラッとしたな、と思い返す。
でも。
あの、秀逸なコメント。ゲーム内でキャラクターの行動に突っ込み、時にボケる。それだけでそのゲームの魅力が何倍にも膨れ上がるように感じる。何度見ても笑顔にしてくれて、時に涙さえ出てくる実況動画。そして低音癒しの羊ボイス。
『はーい、じゃあ今日も始めていきますねー』
『え、ちょっと待って? なに今の? テンション上げるべき? たぶん今、魂が3メートルくらい浮いてるわ』
羊の声が部屋に響く。決して派手じゃない。でも再生していると、なんとなく心が落ち着く。癒される。クスッと笑えて元気になれる。
動画の向こうにいるはずなのに、不思議と距離が近く感じる声だった。
疲れてヘトヘトの心が、その声にふわり、とほどけていく。
(……羊さんの声、好きだな)
(……羊さんって、どんな人なんだろ)
そんなことを思いながら、菜緒は今夜も、羊の実況を眺めて過ごすのだった。
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