親友(仮)のお節介(1)
「んで、どーいうことかなぁ?」
公開実況の幕が下りた直後。周りの空気は達成感に満ちている。
しかし俺が控室のソファでペットボトルの水を一口飲んだ瞬間、四宮の訝しげな顔が間近に迫ってきた。
「……近い。……なにが。」
「俺のカン、舐めんなよ? どんだけ一緒に実況やってると思ってんの。ラストの人狼、完全に上の空だったじゃん。あれ、集中してる顔じゃなくて“フリーズしてる”顔、だからね。で? 何があったの、羊くん?」
井口さんの所には奥さんとお子さんが来ている。
齊藤さんは会場スタッフと談笑中だ。
逃げ場はない。
観念して、俺は一息吐いて静かに言葉を継いだ。
「……俺のセクションに、知ってる人がいて。たぶん、目があったんだ。……この前、……ちょっと、話した人で」
「ふぅん?」
四宮の目がぎらっと光る。
「“ちょっと”で、あの動揺はないっしょ? んで?」
「いや、だから……思ってもなかったっていうか……まさか来ているとは思わなくて。しかも隣に……男がいて…」
「……おっと。なんか話が見えてきたぞ。ってことはさ、もしかして、その“知ってる人”って……お名前は?」
「……月平さん――」
「はっ! よし、追おう!」
「は???」
「羊くんの担当セクションの観客は混雑対策で出口Cしか使わないって裏方さんが言ってた。行くよ、Cゲート!」
そう言うや否や、四宮は俺の腕を引っ張って立ち上がらせる。こいつ、やたら行動が早い。
四宮の素早い判断と行動力に背中を押された。反論する間もなく、俺たちは控室を飛び出した。
関係者用通路を抜け、Cゲートへ急ぐ。初めは急ぎ足だったのに、気がついたら走り出していた。
出口のちょっと手前で、月平さんを見つけた。
知らない男に話しかけられている。距離がやたら近い。彼女が困ったように少し後退り、男が彼女の肩に触れようとしたのを見た瞬間——
「月平さん!」
無意識に声が出ていた。
振り返った彼女の顔が、一瞬で緩む。驚きと安堵の入り混じった、なんとも形容しがたい表情。
「今日はありがとうございましたー! 月平ちゃん、探したよー」
四宮が人懐っこい笑顔で彼女の腕を自然に取り、こちらに引き寄せた。
(……俺だってまだ触れたことないのに)
妙に場違いな感情が湧き上がるのを、苦笑いでごまかした。
「さっ、行こっか。こっち、関係者通路」
相手の男は何も言えず、立ち尽くしていたが、俺と四宮はそのままスタッフ用の通路へと彼女を誘導した。
***
「初めまして! 羊くんの大・親友の、セイでっす!」
四宮がいつものテンションで明るく自己紹介する。
「……いつから大親友だよ。何時何分何秒にそうなったんだ」
「もうぅ~、照れなくてもいいのにぃ?」
彼女はまだ混乱しているようだった。俺と四宮の顔を交互に見て、少しして状況を理解したのか
「あの、ありがとうございます。助かりました。」と言ってぺこりと頭を下げた。
目は合わない。
でも、明らかにホッとした空気が伝わってくる。
「女の子が困ってたら助けるのが紳士ってもんでしょ~。それに俺、菜緒ちゃんには会ってみたかったんだよね! なんたって羊くんのひとめb——」
ダンっ!!
「いったぁ! 羊くん、足! 踏んでる! 踏んでる!!」
「……あぁ、わりぃ。気づかなかったわ」
口調は淡々と答えたが、内心は真っ赤だった。
お前、今“一目惚れ”って言おうとしたよな。何、本人の前でバラそうとしてんだ。
あと、「菜緒ちゃん」って。俺だってまだ名前呼びしたことないのに!!
ふと、彼女が一人でいることに気づいた。
「あれ? 一緒に来てた人、いませんでしたっけ?」
「……あぁ、弟のことですか? あの子は当直の時間が近くて、先に出ましたけど」
「……弟?」
思わず言葉を漏らしてしまった。その言葉になんとなく、胸が少しだけ軽くなった。
沈黙が広がる。そこに、明るく切り出してきたのは四宮だった。
「でさ! 菜緒ちゃん、この後用事ある?」
「いえ、特には……」
「じゃあさ、よかったら打ち上げ、来ようよ! ぐっちさんの奥さんや娘さんもいるし、内輪だけの飲み会だから! 気軽に!」
「えっ、でも……」
「いいのいいの! 来ちゃいなよ! ね、羊くん!」
「……ああ」
そうして気がつけば俺たちは、彼女と共に打ち上げ会場の居酒屋の個室にいた。
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