アリアの最後
「燃えた村の村人か?ざっと50人は居たな。ああ、俺が運んだぜ」
ようやく、見つけた。
アリアは王国で三番目に栄えた宿場町の賭博場で、全身にタトゥーを入れた男と対峙していた。
色々な場所で黒い噂を集め、やっとたどり着いた人物だ。
男は自らを掃除屋と名乗り、ニヤニヤとアリアの全身を眺めまわしていた。
アリアは男のその瞳の奥にある、よくある汚い色の意思を確認して、小さく鼻を鳴らした。
(こういうのは難しくないわ)
この男のように信念の無い意思の色をした人間は大抵、弱みを突くか欲を刺激すれば簡単に思い通りの動きをしてくれる。
アリアは男の前に座り直し、賭博場の給仕から買った瓶に入った酒を男に手渡した。
「単刀直入に聞くわ。村人たちをどこへ運んだの?」
「しりてえか?」
「知りたくなかったら聞いていないわ」
男は「そりゃそうか」とアリアからひったくるように受け取った酒をグイ―っと煽り、プハアと息をついた。
「でもねえちゃん、タダで教えてもらおうとは、甘すぎねえか」
「分かったわ。いくら欲しいの」
「うーん、情報はプライスレスだからなあ。そういえば、ねえちゃんさっき自分は農家の娘だって言ってたが、本当は違うんだろ?俺の見立てでは貴族……しかも伯爵以上と見た。俺はこう見えて貴族令嬢の女と遊んだ事ねえんだよな」
「私が貴方の相手をすれば情報をくれる、と」
「そういうことだ。どうだ?」
「じゃあ私からも交渉するわ」
「お前、俺に交渉できる立場かよ。教えてもらいたいんだろ?」
男は巨体を使って威嚇してきたが、アリアは涼しい顔で受け流した。
「貴方、心臓が悪いのでしょう」
「!?」
「そして、貴方の主治医は先月、貴方に恨みのある者によって殺された。貴方と直接やり合っても貴方に勝てないとでも思ったのでしょうね。貴方のような人の治療をしてくれる、腕のいい闇医者なんてそうそういないでしょう?貴方はもってあと数ヶ月くらいかしら」
「な、何で知ってんだ……」
「調べたからよ」
「調べただと……?」
男はアリアの冷たい声と表情を見て、ギョッとしたようだった。
「まさかお前……!お、おかしいと思ってたんだ、このタイミングであの医者が殺されるなんてよ。お前、俺に病気があることを犯人に流して医者を殺すよう仕向けたな!」
(あら?)
アリアの見た目がいかにも悪女な所為か、最近はやってもいない悪事を疑われる。
しかし、ここで頷いておけば益々男を脅せると思ったアリアは、わざと見せつけるようににやりと笑ってみせた。
「でも大丈夫よ。貴方、もう少し生きたいでしょう。酒場のジェニーはもう少しで口説けそうだし、来月は大口の仕事が来る。しばらくは遊んで暮らせるお金がたくさん手に入るわ。この世には楽しいことがまだまだたくさんあるものね」
アリアは板についてきた悪女の微笑を顔に張り付け、首を傾けた。
「腕のいい闇医者を紹介してあげるわ」
「う、腕のいい医者……ほんとかよ……」
「本当よ」
「わ、分かった。紹介してくれるんだな。じゃあ俺の仕事も教えてやるよ」
「交渉成立ね」
アリアはそのまま口だけで微笑んだ。
そして「医者の紹介はするわ。でも、彼は助ける命を選ぶわよ」とアリアは小さく付け足したが、男には聞こえていないようだった。
「それで、貴方は村人たちをどこに運んだの?」
「サンドワームの巣さ」
「場所は?詳しく教えなさい」
「ザンザ砂漠の南端だ。昼間のうちに砂漠に運んで、縛って放置。それで奴らは夜に綺麗さっぱり掃除される。簡単なお仕事だ」
「……」
「さすがに堪えたか?顔が青いぜ」
「青くなんてないわ」
「動けないまま食われるのは残酷だろう。ま、食べられるときは頭からガブリだし、骨も残らねえよ」
ガハハと笑う男を見て、アリアは小さく唇を噛んだ。
「誰に、依頼されたの?」
「ヘラヘラした男だった」
「名前は?」
「ハロルド・フィッチ……とか言ってたな」
「そう」
アリアはその名前を記憶しながら、次に打つ手を考えていた。
確実にこの名前は偽名だろうし、また何人もの下請けを辿っていかないと依頼主まで割り出せないだろう。
アリアは男から聞けるところまで情報を引き出して、医者への紹介状を書いて渡した。
「医者は王都のスラムにいるわ。赤毛のロキは何処かと聞けばすぐに会える」
「王都か。マシな闇医者がいそうだ」
「だといいわね」
男と別れ、アリアは賭博場を出た。
ぶ厚いローブに、たばこや薬のにおいが染みついてしまった。
気休めにパンパンと払いながら、アリアは馬車の停留所まで向かった。
薄汚れた馬車の停留所に着くと、王都行きのものはすぐにやってきた。
「王都行きー、王都行きー。もう出発するぞ、乗客は早く乗れ」
乱暴な御者に急かされるようにして、アリアはぎゅうぎゅう詰めの乗り合いの馬車に乗り込んだ。
そして乱暴に出発した馬車の中、疲れた顔の人々に挟まれたまま、アリアは小さな窓から外を見た。
少し田舎だからか、王都よりも星が良く見えた。
「次はハロルド・フィッチを探さないとね」
いつ王家の喉元に手が届くのかは分からないし、そもそもこのやり方であっているのかもわからないけれど、今アリアが持つ手掛かりはそれだけだ。
それを頼りに、動くしかない。
深夜、ボロ馬車がガタゴトと王都に着いたのでアリアは住処まで歩き始めた。
流石の王都でも、深夜ともなれば人はいない。
街灯が薄暗くついているが、静かなものだ。
アリアはハロルド・フィッチをどう探すかについて考えながら歩いていた。
かたん!
しんとしていた夜闇に突然小さな音が響いて、アリアはバッと振り返った。
暗闇に目を凝らすが、何も見えない。
猫だろうか。それとも鼠?
アリアはしばらく暗闇と向き合っていたが、そこに何もないことを確認すると、踵を返して足早に歩きだした。
よくある物音に、必要以上に神経を尖らせる必要はない。
しかしアリアが大通りの角を曲がったところで、いきなり視界一杯に黒い人影が映った。
驚きで声もでなかった。頭で考えるよりも前に、全身が戦慄く。
確実に、この人影はアリアを待ち伏せていた。まずいと直感が叫んでいる。
護身用の短剣を抜き出すよりも、驚いて逃げるよりも、ましてや叫ぶよりも早く、アリアの首はその黒い人影に捕まった。
「っ!」
アリアは首を掴まれたまま、ドンと壁に打ち付けられた。
アリアはあらん限りの力で黒い人影の腕に爪を立てたが、黒い人影の力は強く、びくともしない。
しかしアリアが渾身の力で藻掻いた一瞬だけ、黒い影の相手と目が合った。
そしてにやりと笑ったその目の中に、一瞬だけ意思の色を見た。
それは自我の無い服従の色をしていた。
(不気味な色ね)
アリアが最後に思ったのはそれだけだった。
黒い人影が手馴れた動作でナイフを振り上げたので、その他のことを感じる時間は、もうアリアには与えられなかったのだ。
第二王女アリアの死は、数か月経ってから発表された。
死因とされたのは引き籠って外に出なかったことによる衰弱死。
王家は皆黒い喪服に身を包み、兄妹が一人亡くなったことに対して涙を流していた。
そしてこの時の国民はアリアの死ではなく、悪女の為に涙する王家の家族愛に心打たれていたのだった。