悪女と闇魔法
それからのアリアは、恐ろしさのあまり完全に部屋に引き籠っていた。
……ように見えるように細心の注意を払って、街の徘徊を続けていた。
アリアは、先日王子と王女に会って改めて思った。
やっぱり王家は非道で恐ろしい。その上巧妙で、ずる賢い。
アリアの母親やカイゼル、村の若者のような善良な者では、絶対に彼らに太刀打ちできない。
心の優しいものは騙されて付け込まれて、搾り取られる。
いいように利用されて、擦り切れるまで使い古されて、邪魔になったら捨てられる。
だから確信した。
あの王家のような悪党どもとやり合える者がいるとすれば、きっとやつらと同じ悪党だろう。
目的のために手段を択ばず、誰でも冷酷に利用し、時には犠牲も厭わない。
たとえば、あの王家の兄弟と血を分けた悪女のような。
(そうね。私は元々悪女と呼ばれてきたのだもの。あの王家に噛み付けるのは私くらいのものではないかしら)
弔い合戦をするつもりはない。
しかし、このまま引き返す気もない。
アリアは悪女だ。悪女なのだから、気に入らないものがあれば、邪道な方法を使ってでもそれを貶める事は十八番だ。
王家が気に入らないから、とことん邪魔をしてやる。
王家がどれほど恐ろしかろうが構わない。別に、アリアなんかが死んだところで悲しむ人などいないのだから、やりたい放題だ。
ということで、アリアは汚いローブで顔をすっぽり隠して、外へ出た。
王家を潰す為の材料を探し、王家を失墜させる手がかりを見つける為だ。
アリアは、頻繁にスラムや闇市へも通った。
血の匂いのする傭兵集団や、目の焦点があっていない闇医者やブローカーにも接触し、人々が匿名でする黒い噂を集めた。
古い新聞や号外を集めた。発行されずもみ消された記事も執拗に追った。
人の弱みとなるような情報も誰彼構わず買い漁った。焼かれた村にも再び訪れた。時に人に嘘の話を聞かせたり半場脅したり、考えられる事はやってみた。
それから他人に成りすまして、禁書庫や立ち入り禁止の資料庫にまで忍び込んだ。
しかし、どれだけ際どいことを繰り返しても、決定的な証拠や有力な情報は無かった。
流石に噂や新聞なんかだけで、答えに辿り着くことは難しい事はアリアも分かっていた。
(きっと、王宮の中に入っていけば新しく分かることがあるのでしょうけど。一か八か、アルセリオ派に下ってみましょうか)
「……なんて。あの男の下についたら、それこそどうなるか分からないわね」
フーッと息を吐き、頬杖をついた。
アリアはここ最近毎晩外出していたのだが、今晩は塔にいるメイドの数が一人多かったので、念のために部屋に籠っていた。
「何か、手はないかしら。悪女がすることだもの、今より邪道でも構わないわ」
窓の外に目をやる。月が不気味なほどに丸い。薄い月明かりが差し込んでくる部屋の中で、アリアは机に置いていた本を手に取った。
少し前に禁書庫で引っ掴んできた本だ。
黒い皮の本で、見た目よりもずっしりと重い。
「人からの支持が無くても使える禁忌の魔法、闇魔法ね……」
手持ち無沙汰だったので、ページを開いて文字を目で追ってみる。
統率者でもない人間が使える魔法など、この世に在る訳が無いと思いながら、アリアは目次を読んだ。
「まつ毛を伸ばす魔法、黒猫に変化する魔法、性別を変える呪い……」
どうでもいいわね、なんて思いながらダラダラと読み進める。
「水を破裂させる魔法、それから、死に戻りをする魔法……?」
死に戻りをする魔法。
そこでアリアの視線は一瞬止まったが、フルフルと首を振った。
「死に戻りが出来るなんて魔法、有る訳ないでしょう」
しかし何となく興味が湧いて、死に戻りの魔法のページまで、一気に捲った。
そこにはびっしりと文字が書かれていて気が遠くなりそうだったが、読みこんで要約すると、やることはシンプルだった。
まず自らの血で魔法陣を書いて、その中にひも状に結った髪を一房置いて、人に殺されることで魔法が成立するらしかった。
「物騒ね」
しかしまあ、自らの血で魔法陣を書いて、その中にひも状に結った髪を一房置くのなんて、結構お手軽だ。やってできないことは無いので、気休めにもならないと思いつつやってみた。
準備はモノの一時間ほどで完了したが、虚無感だけが残る結果となってしまった。
「私、なにやってるのかしら」
針で刺した指に包帯を巻きながら、我に返ったアリアは呟いた。
目の前の、血で描いた魔法陣と結った髪は滑稽で、本当に気休めにもならなかった。
しかし、その日は暇だったのでついでに、まつ毛を伸ばす魔法と、黒猫に変化する魔法もやってみた。
それらの魔法にも同じく血液とまつ毛やら爪やらが必要だったので、いそいそと準備してみた。
まつ毛に関しては、最後に逆立ちをすることで伸びるらしいのだが、まつ毛は微動だにしなかった。
黒猫に関しては、最後に猫になりたいと思って「にゃー」と鳴くことが必要らしいのだが、心を込めて言ってみても猫にはならなかった。
「まあ、そうよね」
ちょっと血迷ったかしら。そう思って、アリアは溜息を吐いた。
別に民衆から好かれる他の兄妹に憧れていた訳ではないが、少しだけ、たとえ闇魔法だったとしても自分も魔法を使えたらという気持ちが、アリアにあったことは否定できない。
だけど、それ以上に自分は魔法なんて使えなくて当たり前と思っているから、特にがっかりすることもなく、闇魔法の本をパタンと閉じて、その日のアリアは眠りについたのだった。