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王家の血筋




村は、全滅したはず。

アリアが眉間にしわを寄せて黙っているのを見て、若者は震え始めた。


「お、お嬢さん、皆が生きていないなんて、変な冗談はよしてください」

「……」

「皆、あの騎士様が守ってくれたんでしょ。そうに違いないですよ」

「……」

「ねえ、何とか言ってくださいよ。ねえ、お嬢さん」


アリアは青ざめていく若者から目を逸らした。

カイゼルが救ったはずの半数以上の村人は何処へ行ったのか。カイゼルの領地で保護されているという話は聞かないし、どこか別の場所へ避難しているとも聞いていない。


(彼が言うように、おそらく村人の大半はカイゼルの部隊の奮闘によって人狼の襲撃を免れているわ。でもここにその村人たちはいない)


村人が半数以上も生きていれば、カイゼルは大量殺人の罪に問われなかっただろう。

そもそも、生き残った者が口々にカイゼルが村を救ってくれたと言うのであれば、カイゼルは更に英雄として、皆を守る存在にまでなっていたかもしれない。


(だけど、そんな事実は村人ごと消されたのね)


アリアは今思いついた可能性を、そうであって欲しくないと願いつつ、しかし諦めの面持ちで飲み込んだ。

相手は、そういう事を息をするようにやってのけるやつらなのだ。アリアは自然と、奥歯をぎゅっと噛んでいた。


「貴方」

「な、なんですか」

「ひとつ、忠告よ」

「は、はい」

「今後誰が相手でも、この村の生き残りだと言わない方がいいわ。人狼に襲われた時、辺境伯が救ってくれたとは口が裂けても言わない方がいい」

「それはどういう……?」

「その通りの意味よ」

「なぜですか?」

「それは、ここがそういう国だからよ」


アリアは不安げに揺れた若者の目を見ないようにして、くるりと石に背を向けた。

そしてその場から動けなくなっている若者を残して、歩き出した。




「本当に腐った国だわ」


リヴァンデル王国王家が持っている「正義」は、偽りだらけのはりぼてだ。

自らを「正義」として支持を集める為には、「悪」を作ることも厭わない。

王家はなりふり構わず、民衆からの支持を維持することだけを考えている。


王家が頂点にこだわるのには理由がある。

何故なら、この地に住まう人々から多くの支持が得られた統率者には、力が与えられるからだ。

その力というのはただの権力や金だけではなく、本当に特別な力、水の魔法だ。

これは、リヴァンデル王国を統べる水の女神との盟約によるものだ。

実は女神との盟約は、この大陸の主要な国々に存在する。

同盟を結んでいるリーリッシュ王国は風の女神、孤立した雪国エレンローズは氷の女神、敵対するイゼルリオン帝国には炎の女神、などだが、盟約の内容は何処も似たり寄ったりで、一定以上の支持がある統率者となれば、対応する魔法が使えるようになる。

この魔法は、まるで支持者たちから目に見えぬ力を寄せ集めて発生でもしているように、人から支持を集めた分だけ強力になる。

十分な支持を得た統率者になれば、誰よりも特別になれるし、誰よりも強くなれる。


リヴァンデル王国の王家は、ずっと昔に水の女神を崇める宗教を上手く使って、長年、魔法が使える王族という地位を守ってきた。

特別で、強大な力を維持するために彼らは何でもやってきた。

そしてアリアは、なにより醜悪な色をした彼らの意思を、その目でずっと見てきた。

だが彼らの本性を知るのはアリアだけで、何も知らない民衆たちは王族を心から信頼している。


今の国王は賢王として有名だし、次期国王候補と名高い第一王子のアルセリオは、「完璧な王子」として民衆から一番の支持を集めている。それ故に、彼の持つ魔法は王族の誰よりも強力だ。

第二王子のシュナイデルはその見た目の麗しさから女性からの人気が抜群に高く、「美貌の王子」なんて呼ばれている。

そして、第一王女ルゼリアは王国一の才女として民たちの憧れだけでなく、「才色兼備の姫」として他国からの信頼も得ている。

第三王子のエリオルトは「慈愛の王子」として有名で神殿の神官長も務めており、水の女神を信仰する信者たちから熱狂的な支持がある。

そして第三王女のエリーネはその可憐さと天真爛漫さで「純真無垢な姫」なんてもて囃されて、特に若い男からの支持率をうなぎ登りにさせている。


王を欺いた悪女の血を引く第二王女であるアリアを除けば、リヴァンデル王国の王家は、彼らがそう仕向けたように、民たちに大人気だった。





焼け落ちた村で死にそうな若者と話してから、アリアは益々頻繁に街に出るようになっていた。

この日も、アリアは街の古本屋を何件も回って焼け落ちた小さな村の広報誌を買い漁り、裏路地の酒屋で囁かれる根も葉もない噂を集めて、夜遅くに帰路についた。


アリアの住処である北の塔は特に見張りがいないので、夜の出入りもしやすい。

アリアは身をかがめて北の塔に繋がる門をくぐり、難なく塔の扉の前に到着した。

固く閉ざされた重い扉を開ける。

いつもなら湿った暗闇と、弱く灯ったに三本の蝋燭だけが出迎えてくれるはずなのに、今日は全く様子が違った。


「……っ!?」


まぶしい。いきなり、目をさすような光がバッと辺りを覆った。

眩しさにアリアが思わず目を瞑ると、前方からコツコツと高いヒールの音が聞こえて来た。


「御機嫌よう。お姉さま」

「……エリーネ?」


北の塔の玄関ホールに現れたのは、金の豊かな髪を揺らし、これでもかと着飾った第三王女エリーネだった。

その顔には、まるで絵に描かれた乙女のような優し気な微笑み。


「お元気ですか、お姉さま。こんなに汚れてお可哀そう。ちゃんと食べているのですか?お体を大事になさってね。エリーネの大切なお姉さま」

「……」

「お姉さま、エリーネにお返事をしてくれないの?エリーネ、悲しいです」

「エリーネ、ここは民衆の前ではないわよ」


アリアの腕に伸びてきたエリーネの手を払い、アリアは不法侵入者に冷たく言い放った。

碧の目を縁取った、エリーネの長いまつ毛がパチパチと瞬く。


「たしかにそうね、じゃぁいっか」

エリーネは唇に指をあて、ぱっと笑顔になった。


「ここ、埃くさーい。陰気臭ーい。薄汚ーい。こんなところに住める人なんているのね!エリーネ驚いちゃった。調子はどぅ?悪女のお姉さま」

「貴女の顔を見るまで調子は最高だったわ」

「お姉さまったら、陰気な悪女の癖にエリーネの可愛さに嫉妬して死にたくなっちゃったぁ?」

「そうね。苛々して死にそうだわ。早く帰りなさい」

「実はエリーネもお姉さまとお喋りするのちょぅ苛々してるの。相思相愛ね」


エリーネは豪華なレースで飾られた腕をアリアの腕に絡め、こてんと頭を傾げた。

自分が可愛いことを知っている者の仕草だ。

王族の例に漏れず汚い本性を上手く隠すこの女に、大体の男は騙される。カイゼルでさえもエリーネに惚れていたらしいのだから、もはや流石というべきか。それとも、人間はみんな馬鹿だと言うべきか。

まあ、エリーネがモテようとモテまいと、アリアにとってはどうでも良いが。



「お姉さま、城下で流れてぃるお姉さまの噂知ってる?」

「そんなもの微塵も興味がないわ」

「まぁ、お姉さまの噂は良いものなんて一つもないから耳を塞ぎたくなるのもゎかるわ。それでね、今回の噂は、お姉さまの塔に深夜も明りが点いたままなのは、夜な夜なメイドを折檻しているからだって言われてるの」

「そう。それで、それを咎めに来たの?貴女にそんな正義感が残っていたなんて驚きだわ。着飾ることしか考えていないお猿さんだと思っていたから」

「やだぁ睨まないで。でもお姉さま、本当は違うんでしょう?だってお姉さま、メイドに嫌がらせされる側だもんねぇ……。ねぇ、なんでいつもいつも灯りがついているの?まるで、必死に探し物をしているみたぃに」

「別に。寝られないだけよ」

「本当にそぅかしら?」


エリーネがきゃははと笑った。

一方のアリアは、あまり良くない状況だ、と眉をしかめていた。

アリアがいろいろ情報を集めて夜も部屋の明りを点けていることを、エリーネが訝しく思っている。


(反王家……まではバレなくとも、怪しい動きをしていると王宮に感づかれるのは良くないわ)


アリアがさっさとエリーネを追い出そうとすると、エリーネが再びアリアに問いかけた。


「ねえお姉さま、本当のこと正直に言った方がいいゎよ。そうしたら、きっと許してもらえるゎ」

「何によ。もういいから早く出ていきなさい」


しつこいエリーネを力ずくで追い出そうとすると、音もなく、アリアは後ろからポンと肩を叩かれた。

驚いて振り向くと、そこには全く予想していなかった人物が立っていた。


「アリア、あまり感心しないな。姉妹は仲良くするものだよ」

「……?!」

「アリア、挨拶は?」

「御機嫌よう、アルセリオ……お兄様」


麗しい身のこなしと上品な表情。高貴そのものの金の髪と、碧い瞳。着ている物は派手過ぎないが、この上なく上質で、背が高く、整った顔立ちの男。


「元気にしている?……いいや、最近は元気すぎるようだね」


普段は王宮の最上階にいる第一王子のアルセリオが、じめじめした北の塔にいる。

アルセリオはその塔には到底場違いな、整いすぎた笑顔で微笑んだ。



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