焼け落ちた村
アリアはこの日、酷い田舎道を馬車に揺られていた。
目的地は、辺境伯が人狼の餌にしたことで壊滅した村。
乗せてきてくれた馬車の御者は震えながらしきりにアリアを心配していたが、アリアは別に恐ろしいとは思わなかった。
「お、お嬢さんほんとに行くんで?」
「ええ。貴方は逃げ帰らないで頂戴ね。帰りの足が無くなるわ」
青い顔をした御者のボロの馬車から降り立つと、炭と埃と血の匂いがした。
ローブのフードを深く被ったアリアは表情を変えず、廃墟の中に踏み込んだ。
ぱき、と黒い炭が足元で折れた音が聞こえる。
村の道だったものをなんとか辿りながら歩いていくと、人狼に食われた人の跡やバラバラに壊された建物も至る所に見受けられた。激しい戦いの後もあった。
嫌な臭いもした。折れた剣や、人狼族のものと思われる毛皮の死体もあった。酷い有様だった。
だが、進むうちに違和感にも気が付いた。
荒らされて壊されただけではなくて、村が異様に焼け焦げている。
アリアは炭になった一軒の家の前に立ち止まり、顔をしかめた。
「戦いのさなかで燃えたと言うより、燃やす気で燃やしたような印象ね」
念入りに燃やされたように跡形もない内部の様子を観察して、アリアは呟く。
「でも、人狼族が食事の終わった村に火をつけるかしら」
この大陸には人狼族や吸血鬼のような人を食らうバケモノや、邪龍のような恐ろしい存在が闊歩している。
邪龍には火を噴いて村を焼失させてしまうような恐ろしいものもいるが、人狼族や吸血鬼のような捕食者は人間を襲って食べはすれど、証拠でも隠すように食事後の村に火を放ったりはしない。
この国は水の魔法を操る者しかいないし、騎士が主に用いる武器に銃火器は少ない。
「……人狼族でも騎士でもない誰かが、故意に村に火をつけたという事かしら」
炭になってしまっているが、村や家の隅々まで観察して、ふと脇道に目をやったアリアは、はたと立ち止まった。
破壊されて跡形を殆どとどめていないが、墓地だったような場所があった。
そこに新しい石が立っていて、小さな花が供えられているのに気が付いた。
アリアは無言でその石に近づいた。
大きめだが、ただの石。
文字がひっかき傷のように彫ってある。製作者が不器用だったのか文字が読めないが、即席の弔い石のようだった。
しばらくその石を見つめて立っていると、アリアの背後でじゃりっと砂を踏む音がした。
「誰?」
振りかえると、今にも倒れてしまいそうなボロボロの若者が杖に支えられて立っていた。
脇には小さな野草の花束を抱えている。
「驚かせてしまいましたか、すみません。見かけない顔の、綺麗なお嬢さんですね。村の者ではなくて騎士様の関係者かな。可哀そうに、元気のない顔をしていますね。恋人でも失くしたんですか。わたしもです。妻を亡くしました」
アリアは騎士の関係者でもないし、ましてや恋人などではないと言おうとしたが、よいしょと石の前に屈んだ若者の声に遮られてしまった。
「お嬢さん、あなたはどうか泣かないように。騎士様たちはよく戦ってくれました。恐ろしい人狼共にも怯まず身を挺してわたしたちを守ってくれましたよ」
「そうだったの」
「そうです。家はみんな焼けてしまったようで無くなってしまいましたが、騎士様たちのおかげで村人はみんな助かった。わたしの父と母と嫁と、隣の家族とエリン以外は、ですけど」
「……皆?」
思わず、アリアは若者を二度見した。
今、若者の父と母と嫁、それから数人のみが被害を受けて、あとは無事、と言ったか?
だが、おかしい。
たしか村は全滅したはずではなかったか?
小さいとはいえ村の全員を人狼に食わせても何とも思わない残虐な男として、カイゼルは処刑されたのではなかったか。
青い顔をしたアリアに気づかない若者は、ポリポリと頭をかいた。
「ああ、ええと、名前を何と言ったかな、あの騎士さん」
「……カイゼル・グランフォードのこと?」
「そうそう。わたしはこんな村人ですから、貴族の方の名前にはテンで疎くていけませんが、あの方のお名前だけはもう覚えました。指揮を執って最前線で戦ってくださった方。村人殆どが助かったのは、あの方のおかげだった。男のわたしから見ても惚れ惚れしてしまうような人でしたね。今度、会って直接お礼を言わなければ」
若者は少しだけ笑って、石に花を添えた。
意思に掘られた文字は相変わらず解読できないが、10行程度のその文字の羅列が示しているのが死者の名前だとすると、被害はたったの10人ほどだったということになる。
村人全員が死んだ大事件だったのに、どういう事だろうか。
「……村は、全滅したと聞いたけど」
「え?いいえ、そんなはずありませんよ。だってわたしは人狼にやられて重傷でしたが、意識が無くなる寸前に、騎士様に匿われた皆と会いましたから。皆、助かったって言ってました」
「それで?」
「わたしはその後、一人国境の病院に連れていかれて、生死を彷徨っていました。でもこうして回復して村に来ました。今まで皆とは会えていませんが、あの騎士様が皆を守ってくれたはずです。ええ……こうして村で数日待っても誰も来ませんけど、でも、皆、生きているはず……ですよね?」
「そんな話は聞いてないわ……」
アリアは口籠った。
アリアが王都で聞いたのは、やはり確実に村の全滅の話だった。しかも、生き残りがいるなど聞いていない。