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アリアの生い立ち



アリアの生い立ちは、一言で言うと悲惨なものだった。

アリアはリヴァンデル王国の、6人の兄妹の次女、第二王女として生まれた。

第二王女ということで元々地位はそんなに高くはなかったのだが、一時期は兄弟の中で一番可愛がられていた。

母親に似て天使のように可愛いと褒められ、国王に似て勇敢で賢いと持て囃された。

しかし、そんな人々の態度も、所詮は全てはりぼてだった。

アリアの母親が、おかしな術を使うと不気味がられている少数民族の出身だということがバレてから、アリアを取り巻く環境が一変したのだ。


まず、母親が処刑された。

怪しげな魅了の術により、国王陛下を誑かしたことが罪状だった。

母親は最後まで「そんな術は使えない」と抵抗したが、王はあんなに慈しんでいた筈のアリアの母親をいとも簡単に殺した。

怪しい魅了の魔法を使って卑しくも人の心を操り、己の野望の為に王に取り入った「悪」は王家の「正義」に成敗されたとして、民衆はアリアの母親の処刑を喜んだ。


母親がいなくなり、アリアは完全に一人になった。

いくら王の血が流れているとはいえ、半分は卑しい民族の女の血。

今まで嫌というほどチヤホヤされてきたのに手のひらを返されて、アリアは悪女の娘として王宮の北の端にあるじめじめした塔に放り込まれた。

アリアが外に出るのは年に数回、王族が全員出席を強制される式典や行事のみだった。

それ以外は、ずっと部屋に篭って死んだように生きていた。


人は全て醜く、利己的で、己の利益の為なら簡単に人を陥れる。

人は人を助けない。愛さない。誰も信じられない。


「……そうよね、お母様」


アリアは毎朝、一人そう呟いて暗い北の塔の部屋で目を覚ましていた。


優しかったアリアの母親は、夫だった国王を心から愛していた。

彼の為に生まれ育った自らの村を抜け、彼女は見知らぬ国に来た。

違う文化の中で心細くても、地位の低い側室であっても、王の妻なのだからと、国の為になることを探して積極的に動いた。

皆に受け入れてもらいたいと必死に努力をした。

その時は、国王もアリアの母を大変に慈しんでいて、アリアのことも可愛がってくれていた。


しかし、その幸せも長くは続かなかった。

国民もアリアの母親に心を開き始めた頃、アリアの母親が国王に魅了の術をかけていたのだと告発された。

この国の国母、王の正室がそう言って乗り込んできたのだ。

国一番の呪術師と名乗る者が王の情愛はまやかしであると断言し、アリアの母親は王を愛してなどいないと叫んだ。

そして、アリアの母親は自分の少数民族を復興させるために王国を乗っ取るつもりだったのだと言った。

これを聞いた国王は、大層激怒した。

愛していたと思っていた女への気持ちはまやかしで、しかもその女は自分を裏切って国を乗っ取ることを考えている。

アリアの母親の弁解は、何も聞き入れてもらえなかった。

そして愛した人に憎まれて、アリアの母親は死んだ。

悪女が成敗されたので、民衆は王家を讃えた。

清廉で、高潔で、水の女神に代わって「正義」を執行する選ばれし一族である王家は、家族の一人を殺しても称えられるのだ。


こうして母親が王家の掲げる「正義」の名の元に無残に殺されて、卑しい混血だと言われて惨い仕打ちを受けるようになった時、アリアは人の意思の色が、人の瞳の奥にはっきりと見えるようになった。

不思議な力だった。

だが、見えたからといって特にいいことは無かった。ただ、その人が何を信念として生きているかが何となくわかるくらい。

でも、アリアの周りにいた人間たちは誰も彼も、おぞましい欲望の強い色か、濁った弱い意思の色しか持っていなかった。


そして、そんな人たちの意思の色を汚いと思いながらも、アリア自身の意思の色が汚く変化するのもすぐだった。

アリア自身の意思の色は他人を拒絶し、全てを諦めて閉ざした冷たい黒い色だった。

もう、誰かの痛みを思いやるような優しさも、悲しむような慈悲の心も持たない方が良いと思った。


こうして、ずっと塔の中に閉じ籠ったアリアは、拒絶し続けた。

時々やってくるメイドも冷たく追い払うし、年に数回の行事で外に顔を出しても、にこやかに微笑む他の王族とは対照的に無表情でぶっきらぼう。更に口も態度も良くなかったので、いつの間にかアリアは悪女と呼ばれるようになっていた。


どこかの辺境伯との婚約が決まった時も、アリアは部屋から一歩も外に出なかった。


「私のような引き籠りの悪女と婚約させられるなんて、何の罰ゲームかしらね」


アリアは見たことも会ったこともない、不憫な人物を嘲笑った。


悪女と結婚という罰ゲームを受けることになったのは、先の戦で邪龍を退けて大きな戦功を挙げた辺境伯らしい。

英雄と呼ばれて民たちの間で人気もあるし、その功績もあるしで彼に公爵位が与えられることになったので、最初は第三王女が降嫁することになった。

大層可憐だと評判で、男たちに絶大な人気がある第三王女エリーネは、どんな男も喉から手が出るほど欲しい褒美だろう。

だが彼女は、辺境伯との婚約を猛烈に拒否した。

そして、同盟国の王子との縁談を進めている第一王女を降嫁させるわけにはいかない王宮が、苦肉の策として第二王女のアリアと辺境伯を縁組させたという成り行きだった。


「エリーネに振られたのね、可哀そうに。辺境伯はどんな不細工ゴリラ男なのかしら」


きっと辺境伯は血に飢えた暴力的な男で、物凄い不細工ゴリラに違いない。

大層な男好きである第三王女エリーネが、そこまで猛烈に拒否しているのだ。十中八九、辺境伯はモテない男なのだろうと予想ができる。

可哀そうに、辺境伯は憧れのエリーネに拒否されてさぞがっかりしただろう。

そして、アリアのような引き籠りの悪女を無理やり宛がわれて、更に絶望しただろう。


(ふふふ。頑張って邪龍を退けたというのに、可哀そうな辺境伯)


一人で、嗤ってやった。





それから間もなくして、アリアのいる北の塔に王宮から使者が到着した。

アリアは出迎えもしなければ、部屋の外に一歩も出ることは無かった。

痺れを切らしたらしい王宮からの使者に、「扉の前に辺境伯をお連れした」と言われて、辺境伯らしき男がドア越しに挨拶をしてきた。

(エリーネじゃない、こんな悪女に会うのも嫌な癖に、しつこいわね)アリアが思ったのはそれだけだった。


「王女殿下、もしよければ扉を開けていただけませんか。挨拶をさせてください」

「……」

「王女殿下」

「……」

「いらっしゃるのなら、挨拶を……」

「挨拶は要らないわ。貴方も時間を無駄にしたくないでしょう、早く帰りなさい」

「しかし」

「しかしも無いわ。早くこの塔から出ていきなさい」


初の面会になる筈の日にアリアが理不尽な態度をとったせいか、辺境伯がアリアを訪ねることは無くなった。

当たり前だ。あんな態度を取れば、誰だって嫌になる。

ただ、婚約が無くなっていないかと期待もしたものの、婚約自体はまだ生きているらしかった。




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