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15/22

悪女 VS 酒豪



カン!と軽い音を立て、同時に空になったショットグラスがテーブルに置かれた。

2人が飲み切った酒は、これで丁度11杯目となる。

アリアと男、双方はテーブルを挟んでお互いを睨みあった。


「中々やるな、嬢ちゃん。顔色一つ変えないとは。俺の飲み方に付いて来れるような女は初めてだぜ」

「この程度飲んだうちに入らないわよ」

「なんだ、嬢ちゃんは本当に面白いな。こんなに楽しい勝負久しぶりだぜ」


男の顔は少し赤くなっていたが、言葉通りまだまだ飲めるようだ。

次のショットを2つ注文して、男は楽しそうにガハハと笑った。


(この男、ショット10杯以上も煽って平気なんて信じられないわ)


内心では飲んでもいないのに吐き気を催しつつも顔は平然としているアリアは、運ばれてきた12杯目を手に取った。

目の前の男は12杯目を手に取るやいなや、ぐいーッと飲み干した。

そして空のグラスを、まだ飲んでいないアリアに見せつけてくる。


「嬢ちゃん、俺もまだまだいけるぜ?」

「そう。精々頑張りなさい」


男に続き、アリアがショットをグイッと飲み干したので、アリアたちを遠目に観察していた客の一部から「おおっ」と感嘆の声が上がった。


「こんなに空のグラスがある。ねえちゃん強いんだなあ」

「すげえよな。こんなに飲む女の人初めて見たぜ」


アリアと男の様子を見て、酒場の客の視線が段々と2人に注目し始めている。

何か面白いことをやっていそうだ、と席を立ってアリアたちに近づいてくる者まで現れた。


「見世物ではないわ。邪魔よ。失せなさい」


アリアが冷たく睨むと客たちはヒッと声を上げた。

しかし男が「ギャラリーがいた方が楽しいだろうが」と後ずさりした客たちを手招きして呼び戻した。男は楽しそうに笑っている。

「余計な真似を」アリアは舌打ちをしそうになるのを誤魔化して、フードを深く被りなおした。


(あの男はまだピンピンしてるし、おまけにギャラリーも増えるなんて面倒ね)


アリアは誰にも悟られないように、小さく自らの腹の部分を撫でた。

小さくチャポンと音がする。


(あと入れられるとしても数杯かしら)


ローブの外側から撫でるだけで、残りの空き容量がどれくらいあるか、なんとなくわかる。

これが何の空き容量かというと、運ばれてくる酒を飲まずにぶち込むための袋の容量だ。

実はアリアは、ぶかぶかのローブの下に、特製の袋をこっそり忍ばせていた。

飲み比べで正々堂々勝負なんてしたら絶対に負けてしまうので、アリアは運ばれてくる酒は全て、飲み干すふりをして器用にこの袋の中に注いでいたのだ。

しかしいくら袋があるからと言っても、袋の容量を超えた酒を飲まれた場合、アリアは負けてしまう。


(袋の限界も遠くはないわ。お酒が溢れる前に勝負を付けなくてはいけないわね)


アリアは男が次の酒を頼む前に、脇を通りがかったウェイターを捕まえた。


「お酒が薄すぎるわ。この店で一番度数のあるものを出しなさい」

「か、かしこまりました」


アリアからの注文を受けたウェイターが、ショットに並々注がれた茶色の濃い液体を運んできた。

アリアはウェイターから酒を受け取り、男に手渡した。


「どうぞ。少しでも酒の味がすることを願うわ」

「ガハハ。嬢ちゃんはほんとに酒豪だな」


アリアから酒を受け取った男はこれまた余裕そうにショットをあおった。

豪快な男の飲みっぷりに視線が集まる隙を突いて、アリアも素早くローブの中に酒を流し込んだ。

その時「こっちのねえちゃんはやけに静かに飲むな」と呟く客と目が合ったので、アリアはトリックを悟られないように口元に着いた酒を拭う仕草をで誤魔化した。


13杯目をこうして飲み終わり、14、15杯目が来て、16杯目。

アリアは自らの手の中にある茶色の液体を覗き込んだ。先ほどと量は変わらないはずなのに、やたらと重く感じる。


(16杯目なんて。もう袋に流し込むのは限界よ)


ローブの中に隠した袋がもうタプタプな事を何度か確認して、アリアはちらりと目の前の男に目をやった。

あれほどの量を飲んだのに、男はまだ憎い程ニコニコとしている。


「俺はな、ショットだったら一晩で20杯まで飲んだことがあんだ。実は雪国エレンローズの生まれでね。酒はめっぽう強いのさ」

「……奇遇ね。私の母も雪国エレンローズの生まれよ」

「おお、嬢ちゃんとは同郷か。王国で同志と飲めるとは嬉しいねえ」


ちなみにアリアの母親は確かに雪国エレンローズの出身ではあるが、お酒を造らない少数民族の民だったので、アリアに酒に強い血など全く流れていない。

しかしそんな民族のことなど知らない男は心底嬉しそうに言って、ショットの中身を半分くらい飲んだ。


「おお、まだ飲むのか!」

「すげえな、二人とも雪国の血が入ってるんだってよ。そりゃ飲めるわけだ。あそこは一人残らず狩猟と酒が強いって聞くぜ」

「でもお嬢さんの酒、見てみろよ。大口叩く割に減ってないぜ。飲む素振りも見せないし」

「おや本当だ。いくら雪国の民でも流石に16杯もはきつかったか?」


集まっているやじ馬たちは、一向にショットに口を付けようとしないアリアを見て、男の勝利だろうか、とひそひそと盛り上がり始めていた。


「嬢ちゃん、飲まねえのか?」

「……飲むわよ」

「いや、さっきから全然進んでねえぞ。飲まねえと負けになっちまうぞ。嬢ちゃんはいい飲みっぷりだったから惜しいが、嬢ちゃんが負ければ本当に伯爵に売るからな」

「好きにすればいいわ。私が負けることがあったならね」


(ああもう。早く効きなさいよ……)


焦りを押し隠すアリアに対し、男は強気に迫ってくる。

男は、アリアの16杯目が全然進んでいないことに気が付いているようだ。


「どうやらこの勝負は俺の勝ちのようだな」と言った男は、半分酒の残ったショットに口を付けようとした。

しかし、「あっ」という声と共に、グラスを取り落とした。


「おっといけねえ、酒が、零れちまった……」


そして男はテーブルに零れた酒をかき集めるような仕草をしながら、いきなりがくんと姿勢を崩し、そのまま広がった酒に突っ伏した。

突然の男の異変に、やじ馬たちは騒然とした雰囲気に包まれた。


「え?まさか男の方がダウンか?!」

「そうみたいだぞ!見てみろ、いきなり酔いつぶれて寝ちまったみたいだ」


数分待っても、男が起き上がってくる気配はなかった。

アリアは男が突然ダウンしたその光景を見ながら、ふうと大きく息を吐いた。


(ようやく効いてくれたわね)




「男がダウンしたってことは、じゃあお嬢さんの勝ちか?!」

「いや、お嬢さんは16杯目に手を付けてない!今のままだと半分は飲んでいた男の勝ちだ」


男がもう飲めないことを認識したやじ馬たちはの視線は今や、全てアリアに注がれている。


アリアの最初の見立てでは、10杯も飲めば勝敗は決すると考えていた。だから忍ばせた袋に酒をぶち込むだけで勝負に勝つ算段だった。

しかしあの男が想定よりも飲めるようだったので、13杯目の時点で酔いを加速させる強烈な睡眠薬を、酒に忍ばせて飲ませていた。ウェイターが持ってきた酒を、アリアが男に手渡したあの時だ。

しかし男は薬を飲ませてもまだ飲み続けていて、袋の許容範囲をギリギリで越えてしまった。


(袋に入れたら溢れて全てバレるわ……。なら、飲むしかないわね)


明日にはこの酒の所為で死んでいるかもしれないと割と本気で思いつつ、アリアは立ち上がった。

そして、やじ馬たちに見せつけるように片手にショットを持つ。

「おおっ」という歓声が上がる中、アリアは目を瞑って一気に、そのショットの中身をあおった。


「私の、勝ちね」


16杯目。

飲み干したのは隠し持った袋ではなくて、アリア自身だった。


グイッと口元を拭う。

やじ馬たちから歓声が上がる中、アリアは男への言伝をウェイターに頼むと、綺麗に空になったショットグラスをテーブルに置き、さっと身を翻して真っすぐに酒場の出入り口へと向かった。


酒場を出るまでは何とか余裕の体を保っていたが、誰もアリアを見ていないところまで来てから走り、人気のないところに到達した瞬間、アリアは思いっきりぶっ倒れた。

そこは町の裏路地で、ごみが散乱しているような場所だったが、もう耐えられなかった。


(つらい、きもちわるい、もうらめ……)


視界がかすみ、手を伸ばしたかったが身体が痺れて動かなかった。こうしてアリアは勝負には勝ったが、強烈な気持ち悪さで、意識を失った。

しかし、得たものも大きかった。

これで、オーホエンの砦へ到達できる。




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