アンハッピーな予感
「なあカイゼル、ちょっと遠回りしないか」
王宮の敷地内にある北の塔からの帰り道、ヴァルドがカイゼルに声をかけた。
カイゼルはヴァルトの顔を見て、彼が話したいと思っているのは先ほどの王女に関わることなのだろうと直感した。
あまり気は進まないながらも、カイゼルは次の予定までにまだ時間があることを確認し、ヴァルドの提案に頷いた。
カイゼルとヴァルドは少し飛竜を飛ばすと言って護衛を先に帰らせ、遠回りして領地へ向かうことにした。
「で、あの王女さんの話だけどさ」
「やっぱりその話か……」
「そりゃそうだろ、あの王女は噂以上にヤバい!」
空の道にはカイゼルとヴァルド以外いないので何を喋っても誰にも聞かれないとはいえ、その話はやめようとカイゼルは窘めたが、ヴァルドは益々語気を荒げただけだった。
「あの、にこりともしない冷酷な悪女面!しかも初対面で堂々と、浮気OK・離婚する宣言したんだぞ!あいつはヤバい匂いがプンプンするぜ!」
「あいつって、彼女は王女だぞ。せめて敬称を」
「王女って呼べるのかも実際怪しいぜ?あの性格だから王家でももうお手上げらしいし、民の支持も無くて魔法は一切使えないらしいしさ。お前も実際会ってみて、絶対ヤバいと思っただろ?!」
「いや、そんなことは」
「正直に言えよ。ヤバかっただろ?」
「別にそこまでは思っていないが……」
カイゼルは言葉を濁し、言及を避けるように、乗っていた飛竜の横腹を蹴って更に上空に飛ばした。
しかし、興奮しているヴァルドは逃がしてはくれなかった。
「なあ。そもそも、お前が褒章なんて何でもいいとか言うから、あんなヤバいやつが来たんだぜ?」
「正確には、褒章なんていらないと言ったんだがな」
「その細かいとこはこの際もういい。今からでも遅くはねえよ。婚約者を第三王女に変えてもらえないか交渉しに行こうぜ。第三王女なら可愛いし優しいし純粋で素直だし、ボンキュッボンだし!絶対第三王女の方がいい!」
ぼいん、と音が出そうな手つきで、ヴァルドは自分の胸の前で丸く空を切った。
どうだ?という目でカイゼルを見るが、カイゼルは呆れたジト目で返しただけだった。
「……まあたしかに?第二王女はブスだブスだって言われてるから、どんな豚が出てくんのかと思ってけど普通に美人で、俺ですらドキッとしたけどな正直言うと!てか普通に顔は好みだったわ、真紅の目の銀髪でさ!でもそれとこれとは話が別だ!あの悪女、可愛げの欠片もねえ!噂通りの性悪だぜ。あの悪女と結婚なんてしたら、お前絶対不幸になるぞ!」
「ヴァルド、声が大きい」
「別に誰も聞いてねえよ」
言い切ってから、「ハー」とヴァルドは大きく溜息を吐いた。
「俺は、カイゼルには幸せになってもらいたいんだよ」
「気持ちは有難いよ。だが、彼女が言うようにこれは政略結婚だ」
「じゃあお互い他人みたいに過ごすのか?結婚するのに?」
「まあ、彼女がそうしたいのならそれで構わないと思っている」
「はあ!?政略結婚でも何でも、結婚だぞ。少しは可愛げがあった方が両方ハッピーだろうが」
「だが、彼女は望んでもいないのに褒賞とやらの為に無理やり婚約させられたんだ。彼女が一番の被害者だよ。もしかしたら想っていた相手が既にいたのかもしれないし、彼女に何かを強要するのは間違っているんじゃないか」
「ハー。あの悪女が誰かに惚れてる姿なんて想像できないけどな。というか、あんな悪女に惚れられても絶対願い下げだろ」
ヴァルドはそれからもしばらくああだこうだと文句を言っていたが、しばらくストレスを発散するように飛竜を飛ばしていたら、少し落ち着いたようだった。
先ほどまで話していたから進みはゆっくりだったが、ぐんぐんと飛ばして、あっという間に領地の近くまで来た。
カイゼルが城主を務める城塞リヴァンデルと、その城下に広がる領地だ。
カイゼルとヴァルドの二人は、見慣れた丘の上に差し掛かったところでスピードを緩めた。
ブオンと羽ばたいた飛竜が、領地を見渡せる丘に着陸した。
時刻は既に夕暮れ時で、広くはないが住み心地の良いカイゼルの領地は夕暮れ色に染まっていた。
カイゼルは、ここから歩いて領地まで帰るのも良いだろうと考えていたところだったが、カイゼルの横に降り立ったヴァルドが、「なあカイゼル」とまた含みを持たせた声で話しかけてきた。
どうやら、役に立たない思い付きをしたようだった。
「あの悪女との婚約をどうしても解消できないっていうなら、こういうのはどうだ」
「またくだらない思い付きか」
「なわけないだろ、超冴えてるぜ。お前はさ、可愛い恋人でも作ればいいんだよ。それで、最悪な結婚は無かったことにするんだ。あの悪女もそうしてくれって言ってただろ」
「はあ」
「おい、溜息で返事するなよ」
「いや、ヴァルドらしいよく分からない思い付きでつい」
「何だよ俺らしいって。女にだらしないって言いたいのか?俺はお前と違って女の子が大好きなだけなの。可愛い女の子はいいぞ。……そうだ、今度仮面舞踏会にでも参加してみるか。お前なら仮面してても選り取り見取りだぞ」
「いい、一人で行けよ」
「なんだよ、俺とお前の仲だろ。一回くらい付き合えよ。楽しいぞ。今王都でも流行ってるんだぞ」
カイゼルはヴァルドを置き去りにしてすたすた歩きだした。
ヴァルドの方は、モテるくせに浮いた話を一つも聞いたことがないカイゼルのことを呆れた顔で追いかけながら、カイゼルに聞かせるように特大の溜息を吐いた。
そうこうしながら領地に到着する直前、カイゼルが思い出したように振り返った。
「そう言えば」
「お?なんだ?」
「最後、王女殿下がお前に何か囁いていたようだったが」
「ああ、庭で壁ドンされた時か?次の遠征に連れていけって言われた」
「連れていけ?」
「そうだ」
「オーホエンの砦にか?」
「ああ、次の遠征がオーホエンの砦であることを知ってたのは驚いたが、いきなり何のつもりだよって感じだよな」
「何故そんなことを」
「さあね」
「悪女ってだけじゃなくて、何考えてるかもわからない女だぜ」とかなんとか、最後までヴァルドはブツブツと文句を言っていた。
しかしカイゼルは領地に付いた途端、「あ、カイゼルさまが帰ってきた!」という子供の声に反応した人々にワッと取り囲まれ、それどころではなくなってしまった。
「坊ちゃん、これ持ってく?今日隣町に売りに行った帰りなんだけどね」
「カイゼルさま、正門の堀の修理を進めていたところ、迷い犬が」
「カイゼル様、至急確認をお願いしたい書類が」
丁度隣町から帰ってきたところらしい農家の夫人に葡萄を貰ったり、迷い犬を保護した衛兵に屯所で犬を飼ってもいいかと聞かれたり、城を守る執事長から書類のサインを頼まれたり。
こうしてカイゼルが、これ以上婚約のことを考える時間は無かったのだった。
アリアが、思いもしなかった行動に出て、再び目の前に現れるまでは。