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従者ヴァルド



「それでは失礼します」


サロンから退出し、玄関ホールで見送るアリアに、カイゼルが頭を下げた。


「礼はいいからさっさと行きなさい」


アリアは、真面目な表情のまま、深く礼をするカイゼルを冷たくあしらった。

騎士道か何だか知らないけど、そんなに恭しくされたら逆に嫌味に見えるわ、と、ハアと呆れた表情をしてやった。


アリアが早く帰りなさいと急かすと、カイゼル一行はようやく背を向け歩き出した。

これでカイゼルとは暫く会うことは無いでしょう、とアリアが思ったのも束の間。

カイゼルの傍に付いていた護衛の一人が突然、「やっぱ俺、最後に王女さんに言いたい事あるわ」とパッと振り返ったのだ。

何事かと思って見ていると、カイゼル一行から離れて逆行しアリアの目の前までズカズカとやってきた。

顔の横に三つ編みを垂らした、整った顔のお洒落な男だった。


「王女さん、ちょっといいすか」

「なに?」


男はその見た目通りの、軽い調子で口を開いた。

しかし、目が全く笑っていない。


「言いたいことがあるんす。いいすか」

「私には貴方に構っているような時間なんてない、と言いたいところだけど。この後の予定は部屋に引き籠るだけだから聞いてあげるわ」

「ありがとうございます」


特に感謝が感じられない口調で礼を言った男は、息を吸ってから本題に入った。


「俺、カイゼルにはずっと世話になってるんですよ」

「そう」

「こいつ感情表現は上手くないけど実はめちゃくちゃ良い奴で、強くて頼りになる奴なんです」

「ふうん」

「口下手なところとかあるし、変に真面目だし、不器用なところもあるけど、人のために動ける優しいやつです」

「……で、何が言いたいの?」

「王女さん。カイゼルの事、頼んでいいですよね?」


男はアリアを値踏みするように見ている。除け者にされてきたとはいえ王女に向かって啖呵を切れるとは、無謀なのか仲間思いなのか。

アリアはやれやれと肩を竦め、男の瞳を冷たく覗き込んでやった。


「貴方もしかして、私に彼を好きになれと言ってる?」

「いや、強制ではないですけど、まあ、折角結婚するんだから、もう少し歩み寄ってもいいんじゃないかって言う話で……」

「無駄ね。私が誰かに歩み寄ることは一歩たりとも無いわ。そもそも、政略結婚に感情を持ち込む馬鹿は初めて見たわ」

「なっ……」


男はアリアの冷たい表情に一瞬たじろいたが、すぐに反撃に出ようとした。

しかしそれは男を追ってやってきたカイゼルによって止められた。


「ヴァルド、やめろ」

「カイゼル、止めてくれるな!」


カイゼルがバタつくヴァルドを抑えて、アリアに向かって深々と頭を下げた。


「殿下、大変失礼しました。この非礼をどうかお許しください」


アリアはカイゼルとヴァルドと呼ばれたカイゼルの側近を見下ろした。


「早く帰りなさい」


アリアは眉間にしわを寄せ、カイゼルとヴァルドの目の前でバタンと玄関扉を閉めた。

数人しかいない塔の使用人は呆れたような顔をして持ち場に戻っていき、王宮からの使者はアリアの態度の悪さを報告すべく、玄関ホールで何やら羊皮紙に書き留め始めていた。

そんな彼らを無視して、アリアは予定通り自室に引き籠ろうと思い、そのまま階段を上っていった。


しかし、アリアは階段の途中でハタと足を止めた。


「そう言えば、あの側近のヴァルド……」


どこかで聞いた名のような気がする。

偶々耳にしたとか、よくある名前とか言う訳ではなくて、もっと大事な場面で知った名前。

アリアの中で、何かが頭に仕えたような感覚があった。


(ヴァルド、ヴァルド……)


どこだろう。

多分、カイゼルの処刑についての情報を集める中で、どこかで出くわした名前の気がする。

アリアは、ヴァルドという名前を死に戻る前の記憶の中に探してみた。

手繰っていくと、アリアはすぐに名前の出所に思い当たった。


思い出すが否や、アリアは階段を小走りに降り、バンと玄関扉を開いた。


「待ちなさい!」


アリアが声を上げると、さびれた庭の中で歩を進めていたカイゼル一行が振り向いた。


アリアはそのまま立ち止まったカイゼル一行に近づき、ヴァルドの目の前でピタリと止まった。


「ヴァルド・ロックウェル」

「なんすか」


名前を呼ぶと、ヴァルドがブスくれた顔で返事をした。


「貴方、カイゼル・グランフォードの幼馴染のヴァルドよね」

「はい、そうですけど……って、なんすか、いきなりそんな真剣な目で。……いやいや、近いですって。そんなに近づかれると俺でもさすがに緊張するっていうか……!」


ぐいぐい。ヴァルドに迫ると、ヴァルドは身じろぎをして後ろに下がる。

逃げるヴァルドに迫ったアリアは、ヴァルドを枯れた蔦が這う煉瓦作りの囲いまで追い詰めた。

アリアはヴァルドを逃がさないように、ダンと彼の耳横に手をついて、一言言った。


「思い出したわ。貴方の忠誠心」

「え?」

「私の計画には貴方が必要だわ」

「はい?」

「貴方、次のオーホエンの砦への遠征に私も連れて行きなさい」


ヴァルドは勿論、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていたが、アリアは完全に思い出していた。

この軽薄そうななりをしている癖に瞳の中に忠誠の意思を持つカイゼルの部下は、カイゼルが最も信頼している男だ。

そして彼はカイゼルを助けるため、次の一か月が過ぎる頃には自ら命を投げ出している。


この記憶を思い出した瞬間、アリアは思いついた。

決して裏切ることの無い忠臣は、これからのカイゼルを生かす戦いで貴重な駒になりうる。

ならば、このヴァルドを助けない手はない。



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