ランドエア
「うっし、ラーメン行くぞ!」
そう俺に呼びかけたのは、同学年の荒川であった。5時間目の授業の終わりと同時の発言であった。
荒川は如何にも不良であると言った粗暴さで、ノートを適当に机の中に押し込んでは、俺の席にズカズカと歩み寄ってきた。
「早く行くぞ!」
荒川は人に手を上げるような人間では無い。
授業を妨害するような輩でもない。
しかし、机に長時間座り続けることが相当ストレスな様で、クラスの中では常にイライラしているように見える。
その為その積極的な性格の割に、彼が持つ友人は、俺を含めても片手で収まる程度である。
「仕方ないな。」
「ラーメンなど苦手だ」といった様な内容の発言をした覚えがある。
この話をすると大抵の人間が驚く、「あんなに美味い料理を!」と。
そして荒川はそれに輪をかけたリアクションを見せた。
その結果がこれだ。
俺たちは昇降口に向かい、靴を履き替えて駐車場に向かった。
俺の機体は《ラグマ》、荒川の機体は《ブランカ》である。
ブランカの製造元であるソノダは、黒とビビッドな単色を絡めた機体デザインがウリで、機体性能もピーキーなものが多い。
そして半グレの様な存在がいつも乗り回しているイメージがある。
というより、俺の経験則的には半グレ御用達といったメーカーだ。
「そんな物に乗っていると更に評判が落ちるぞ」と警告しても、「これがカッコイイんだ」と荒川はいつも聞かない。
対して俺の《ラグマ》はどれも平均的な性能で、価格も手を出しやすい代物だ。
白い機体には艶消しが施されており、そのマットな質感が柔らかさを連想させ、なんとも間抜けな印象を抱かんでもない。
製造元のアストラ社は農業や工業系の機体製作に力を入れている為、ピーキーな性能よりも、持続性のある安定感をウリにしている。
自分の母方の祖父も田植えで愛用していたらしい。
俺たちは生体認証デバイスを兼ねたロックを解除し、ハッチを持ち上げてコクピットのシートに腰を下ろした。
機体の操作は免許は要るものの、小学生でも操作が可能なほど簡易的だ。
高度なOSが直観的な操作を可能にしている。
UIも視認性とわかりやすさが同居しており、燃料や速度のチェックも容易だ。
俺は飛行に十分な燃料があることを確認し、スラスターを吹かせ、既に高く飛んでいるブランカの背を追った。
「おせーよ」
「そんな初速出してると事故るぞ」
「ハイハイ」
軽く流す荒川に不安を覚えつつ、俺もスピードを上げた。
あんなに高くにあると思っていた雲がもう眼前に近づいていた。
俺たちは空に疎らに散りばめられた雲の間隙を目指した。
迫り来る雲のゲートが一瞬だけラグマと同じ目線で並列になり、そして見る見るうちに俺たちの眼下へと遠ざかっていった。流し目で見た雲は地上から見上げる雲とは違って、立体的な構造を持っていた。
そのことに今更ながら新鮮さを覚える。
そんな頃には、俺たちが目指す空は既に青くはなかった。
日が傾いた訳ではない。
空は段々と灰色の雲で埋め尽くされていき、二つの機体に影を落として薄暗く染めてゆく。
《コンクリート・クラウド》と呼称されるそれは、高度約2500mに浮かぶ人工都市だ。
何年も昔に、各国から同一の思想を持った民衆が既存国家からの独立を一方的に宣言し、
《新政浮遊国家》と自らを呼称して、自国の領土に主張したのがこの空に浮かぶ土地だ。
同様の浮遊都市は日本に留まらず、世界各国にも存在する。
「43番ポートから入るぞ!今空いてるみたいだ。」
「わかった。」
俺たちはコンクリート・クラウドの底面に空いた穴から中に進入した。
このタイミングが一番追突事故が多いのだ。
慎重に速度を落として、背部カメラにも目を通した。
係員に誘導されて俺達は機体を停止させた。
ハッチをゆっくりと開けると、コクピットから解放された空気が勢いよく外に逃げていく。
思わず身を震えさせた。
やはりこの高度だと、いくら管理された空間と言っても少し寒いな。
「痛ってぇ...」
隣を見ると耳を頻りに抑える荒川が居た。
「だから急にハッチを開くなっていつも言ってるだろ。急激な減圧で耳が痛くなる。」
「え、何?耳キーンってしてて聞こえない...」
パーキングエリアから抜けて歩いていくと少しずつ賑やかな喧騒が漏れ聞こえてきた。
徐々に荒川の耳も回復していき、そのことは彼の態度からも伝わってきた。
「あ〜!やっぱ良いな!
コンクリート・クラウド!!
この秘密基地感?
ゴツゴツとした岩肌の様な黒い内壁...
賑わう人混み...
乱立した商店のカオス感...
地上じゃ味わえないぜ!!」
「それについては同意だな。
増築を繰り返した経緯を見ても、九龍城砦を連想させる。実にいい建造物だ。」
コンクリート・クラウドは俺たちでも自由に行き来できる。
俺たちが歩を進めていくと、暖かな湿気と出汁の香りが立ち込み、黒い内壁に押し込まれた飲み屋街が現れた。
仕事を終えたサラリーマンやOLの姿が散見できるが、その中でも一際目立つこの長蛇の列は、あまり考えたくなかったが、やはり俺たちの目的の店へと続いているようだ。
「結構並ぶな...30分くらいか?」
1時間並んだ。
その間俺たちは他愛も無い話や、《ランドエア》のカタログを見たりして過ごした。
やはりアステラ社が性能も価格帯も一番安定している。
しかしそれでも荒川のブランカが羨ましいのは、初速が出るからではない。
毎月クーポン券が配られるからだ。
ソノダの系列店にソノダ製の機体で向かうと、メニューが半額になったり、ダブルのアイスがトリプルになったり、エナドリの試供品が貰えたりすることがある。
隣にいる俺はいつも辛酸を舐める羽目になるのだ。
そんなこんなで時間を潰し、漸く店内へ入店できる運びとなった。
赤の背景に白い字で『風雲軒』と書かれた看板が光っている。
隣に提灯までぶら下げて、飲み屋街という印象を他の店に負けじと醸し出している。
席に着くと、やはり皆一様に忙しなくラーメンを啜っている。
何故、男というものは口を開けば二言目には「ラーメン!ラーメン!」と、馬鹿の一つ覚えの様に言うのだろうか。
別に不味くは無いが、そこまで頻りに食べたくなるかと言われればそうは思わない。
「ここはシンプルに焼豚麺と頼むのが良いらしいぜ!」
「ほう。ならばその定石に則ろう。」
暫くして運ばれた丼は俺の知るラーメンではなかった。
丼の上にはただただもやしの森が生い茂ってるだけであった。
俺は店主に飛びかかり、「貴様を焼豚にして盛り付けるのだな?」と脅しにかかろうとしたが、落ち着いて見ると、もやしの森の底に、焼豚が眠っているではないか。
「成程。ハイカロリーをもやしで中和しようという浅はかな魂胆か。」
「うるせー!静かに食え!!」
口に入れた。
おかしい。
俺はラーメンを食っているはずなのに何故もやしを口いっぱいに頬張っているのだ...
もやしを取り除くと、漸く俺の知るラーメンと対峙することが出来た。
その感動は一入で、さしもの俺も待ちきれずに焼豚を頬張り、麺を勢いよく啜った。
風雲軒 ★★★☆☆ 3.0
友人に誘われて、仕方なく付き合いました。
私は近所のラーメン屋さんかなと思っていたのですが、彼は何故か空の上の店を紹介してきました。
まず立地が悪いです。
わざわざランドエアに乗らないと行くことができません。
そしてこの後ギトギトの足でコクピットに入ると思うと嫌で仕方ありません。
味はまあまあでした。
麺を啜った瞬間、地元の焼豚麺の味を思い出したので次からはそこに行こうと思います。
もやしは完全に盛りすぎです。
これが¥1200なのはちょっと理解できません。
本来は星2.0と付けたいところですが、店員さんが私の好きなバンドのTシャツを着ていたので星1個おまけです。
それにしても微妙な味だ。
不味くは無いが、とびきり美味いわけでもない。
荒川は微妙な顔を見せる俺とは対象的に、「これだよこれ!」と言った様な顔で麺を啜っている。
やはり、俺の舌はラーメンを迎合していないようだ。
「ところでさ...」
と荒川が口火を切った。
「お前、このコンクリート・クラウドの何処かに、幻のOSがあるって噂知ってるか?」
「OS?OSってランドエアのか?」
「そう!何でも《ドグマ・インストーラ》って言うソフトウェア?があって、そいつを使うと超高性能なOSをインストール出来るらしい。」
「眉唾だな。こんな時代にまだそんな噂話が跋扈しているとは。
それにどのメーカーに対応してるかも分からんのに導入するわけないだろ。」
「あくまで噂だ!噂!
夢があっていいだろ!宝探しみたいでよ!
そうだ、今度探そうぜ!!」
「全く...ラーメンの次はお宝探しか?」
冗談で言っているのか、本気で言っているのか分からなかったが、ラーメンを食して満足した荒川はそそくさと地上に戻ってしまった。
俺も帰る予定だったのだが、途中で母親から「折角クラウドにいるなら、これ買ってきて!」と連絡が入ったので今からおつかいだ。
コンクリート・クラウドでは地上と違う税率のものが存在しているので、その分安い日用品も多いのだ。
大袋を両手に抱え、俺はラグマの元へ戻った。
おつかいのお駄賃として少しばかり菓子を買ったが、咎められる量では無いだろう。
俺はラグマを発進させ、大空へと飛び出た。
ラーメンの口直しにチョコをつまんでいた。
すると、突然モニターに通話要請のアラームがなり始めた。
誰だ?なぜ俺の通話番号を知ってるんだ?
荒川か?
いや、もう随分前に地上に降りたはず...
それにこの番号は非通知だ。
取り敢えず、通話して確かめてみるか。
「あ、あの...どちら様...」
「お!おお!繋がった〜!」
荒川の声ではなかった。
低い男の声だ。
紳士のような落ち着いた声色の割に狂気のある抑揚を感じる。
「おめでとう!
君は見事、《ドグマ・インストーラ》に触れ、我々から選ばれた!」
「は!?ドグマ・インストーラ!?」
さっき荒川が言っていたホットな話題だ。
それに今、この俺が接触しているということか?
タイミングが良すぎる。
「そしてサプラーイズ!!
右見て!右!」
モニタの声に不審がりつつ、その方向へ顔を向けると、大剣を振り下ろしながら、こちらに突進する機体が一機いた。
「うわぁああああああ!!!!」
俺は操縦桿を慌てて握り直し、間一髪、その振り下ろしから退くことが出来た。
「あ、危な...
なんなんだコイツ!!
おい、お前答えろ!なんなんだよ!!」
「安心しろって!もうすぐそこに行くから。」
「は?」とモニタの非通知と書かれた画面を見た。
そしてそのウインドウの陰に隠れたダウンロードバーを見つけた。
94%...95%...と見る見るうちに何かしらのファイルのダウンロードが進んでいた。
『幻のOSがあるって噂知ってるか?』
と先程の荒川の声が再生された。
もしや、あの時言っていたOSとは...
「お前まさか、噂のOSか...?」
96%...97%...
「フハハハハ!!ご明察!その通りだよ!!」
98%...99%...
「お、お前何者だ!!何が目的だ!!」
「フハハ!俺か?俺の名は...」
...100%
バチンという音とともにコクピット内が真っ暗になった。
プーンという音とともにファンが停止した。
機体は制御が不能になり、明らかに落下し続けている状況で、俺は暗闇の中、先程の敵がまだ近くにいることに恐怖した。
永遠に次ぐ長さの静けさ。
そして沈黙していたファンの動作音が微かに聞こえ始めた。
その音は次第に大きくなり、モニタにはコードの羅列が流れ始めた。
....
Uninstalling old OS [astla OS v24.125] data... [OK]
Installing new OS[Rebellion]data...[OK]
....
眩い光がコクピット内を照らした。
やはり大剣を片手にした機体が今にも掴みかかろうと、こちらに迫っていた。
俺は離してしまっていた操縦桿に手を伸ばしたが、この距離ではもう間に合うはずもない...
と目をつぶって身構えた。
しかし、いつまで経っても機体は一刀両断にはならなかった。
俺の手は相変わらず操縦桿には触れていなかったが、何故かモニタの向こうのラグマの腕は敵の大剣を掴んでいた。
「俺は....《死語辞典》が一人...
...《反逆》だッ!!
フーハッハッハッハ!!」
正体不明のOSは自らをそう名乗った。
「《反逆》...だと...?」
俺は思わず固唾を飲んだ。
「どこのバンドマンに名付けられたんだ...?」
ごめん大賞のロボット物用にめっちゃ急いで書いたから変なとこあると思う。めちゃギリ投稿。タイトルも仮でお願い。
お願い受からせて下さい!ね?ね?
お願いお願いお願い!!
そして免許持ってないっす。