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こじらせた幼なじみ

 ペンデンテ商会の前につけた馬車へ旅行鞄を載せ、ドゥランは同行する娘を見やった。不安が押し寄せる。

 結局ニルダに押しきられダルドへ伴うことになってしまったのだ。自分のヒゲが憎い。娘にはまだ教えたくない、大人のあれやこれやな事情が出てきたらどうすればいいだろう。


「いいなー! ぼくもお兄さまに会いたーい!」

「わたしも会いたーい!」


 母の腕から抜け出した双子たちが、ニルダにギュッとする。ニルダは姉ぶって妙に分別くさく言いきかせた。


「みんなで出掛けたら、お母様が寂しいでしょ? 二人とも留守をよろしくね」


 ルチェッタが寂しがるようなタマかと、夫であるドゥランは苦笑した。

 妻はいつも生命力にあふれ、商売のネタという名の娯楽を見つけてはペンデンテ商会に寄与してくれるのだ。もう少しひっそり暮らしてくれても嬉しい。


 はああ、とため息が出たドゥランの肩を、今回馭者を務めるリクがポンポンとなだめる。ドゥランは弱々しく笑った。

 リクはペンデンテ商会の中でも武闘派だ。がっしりした体躯に違わず膂力に優れ、剣の心得もある。そんな従業員を連れて行くなんて不測の事態に備えているのかと思いきや、リクの腕力はニルダを押さえ込む方向で期待されているだけだったりする。


 父親の不安をよそにニルダは少し浮かれていた。少女の身でアデルモを出ることはなかなかないのだ。

 そろそろ出発しようと思ったら、後ろから少し上等な造りの馬車が来た。通り過ぎずに商会の前で停まる。


「ニルダ、おはよう」


 扉を開けて降りてきたのはフィルベルトだ。ニルダがパアッと笑顔になる。


「フィル、おはよう! どうしたの?」

「僕、これからダルドに行くことになって。ニルダもだよね?」


 ニルダは目を丸くした。見れば馬車の後ろには伯爵家の騎士が一人、馬で従っている。護衛だろう。


「フィルが行くんだ?」

「うん。知らない? ダルド侯は僕の伯父上だよ」

「知ってるけど……」


 フィルベルトの母は、ダルドの領主ヴィンツェンツィ侯爵の妹だ。隣のアデルモ伯リヴィニ家に嫁いできたのは政略結婚ということになる。

 その母からダルドにいる母方の祖母へ、便りと贈り物を届けるのだそうだ。孫であるフィルベルトが会いに行くことそのものが贈り物でもあった。

 どうせなら馬車をつらねた方が安全だから同行しようと提案し、フィルベルトはニルダに手を差し出した。


「ねえニルダ、こっちに乗ろうよ」

「え、いいの?」


 高級な馬車の乗り心地には興味がある。それに父親といるより、フィルベルトとの方が旅路も楽しいだろう。


「ドゥランさんが許してくれればだけど」

「かまわんですよ」


 ドゥランが笑ってうなずいた時、向こうから一人の男が急ぎ足で来た。アレッシオだった。


「ニルダ!」


 フィルの手を取りかけていたニルダに声をかける。アレッシオは軽く息をきらしながら、迷わずニルダの両手を握った。フィルベルトのことは無視だ。


「アレッシオ様、どうして」

「ダルドに行くのは、父の家令を調べるためだと聞いたんだが」

「そんなこと誰が?」


 突然現れた婚約者に手を取られて驚いたがアレッシオの方は頓着しない。眉根を寄せて気遣わしげだった。


「フィルベルト様だよ。ニルダと一緒にダルドへ行くからと護衛の件を騎士団に依頼しに来て。その時に言われたんだ」

「元々、行く予定はあったんだからね!」


 目もくれられていなかったフィルベルトが横から言い訳した。

 フィルベルトもニルダの事情について言いふらしたのではない。アレッシオ本人にチクリと嫌みを言ってみただけだ。それでアレッシオが見送りに駆けつけるとは計算外だったが。

 ドゥランが何とも気まずい顔をする。


「おまえ、そんなことまでフィルベルト様に?」

「あー、うん。フィルには、だいたい何でも話すじゃない?」


 しまったな、とニルダも少し後悔した。アレッシオに伝わってしまうのは誤算だった。


「私のために、ありがとう」


 視線を逸らせたニルダの頬に軽く指先を触れて、アレッシオは言った。

 ちょちょちょっとヤメて。

 ニルダはブワッと汗をかいた。その女性扱いみたいなの、慣れないんですけど。

 別にアレッシオのためにやっているんじゃなかった。むしろアレッシオの家を叩きのめすつもりなのに、たぶん誤解がある。アレッシオからじんわりと好意を感じるのは気のせいだろうか。気のせいだといいな。


「久しぶりに兄に会いに行くだけです」

「お兄さんがダルドにいるのか。いずれ私も挨拶しよう」

「い、いえいえ、いいんですってば」


 アレッシオ相手だと何だか調子が狂う。珍しく弱気なニルダの腕を、フィルベルトがグイと引っ張った。ふくれっ面だ。


「ほら乗ろう。遅くなるよ」

「あ、うん。じゃあアレッシオ様、参りますので。お見送りありがとうございます」

「うちの事で無理はしないでほしい。私からも父に強く言っておいたから」


 え。強くって、何を言ったの。

 ニルダは慌てた。家令が怪しいとか、まともに監査を入れて調べるべきだとか、今さらそんなこと伝えたら逃げられちゃうんじゃないかしら。

 確かめようと思ったのだが、フィルベルトに馬車に押し込まれた。意外と力があるな。


 馬車の外ではアレッシオがルチェッタに声をかけ、初めて会う双子を笑顔で両腕に抱き上げていた。和やかな空気だ。

 もういいか。ここで何を聞いても変わらない。諦めてダルドで調べをつけよう。

 走り出す車内からニルダが手を振ると、力強く双子を抱いたアレッシオが笑顔で見送ってくれた。一瞬で家族に馴染んだその様子に、フィルベルトは悔しそうに顔をしかめた。



 ***



 ダルドの街へと進む馬車の左には、時々海が見えた。

 丘を過ぎ、木々を抜けるたびに光る海。そちらを眺める座席に座らせてもらったニルダが景色にいちいち嬉しそうにする。フィルベルトはそのニルダを見ているのが楽しい。


 やっと二人になった。

 せっかくニルダとの旅を画策したのに、見送りに来たアレッシオの邪魔が入り出鼻をくじかれた。それがフィルベルトを苛立たせている。

 ニルダの手を取り、そうっと頬に触れたアレッシオ。

 金策のために親が決めた縁談にすぎないはずが、どうしてニルダに優しくする。ニルダは確かに可愛くていい子だけど、強気すぎて扱いが難しいんだぞ。

 フィルベルトは唇を噛んだ。ニルダとずっと付き合ってこれた男なんて自分しかいないのに。そして何より、アレッシオにまんざらでもなさそうなニルダに不安がよぎる。


「ニルダ……」


 フィルベルトは腰をニルダの方に詰め、真横から外をのぞいた。少し振り向くニルダの顔が近い。


「綺麗だね」


 ちょうど現れた海を見て言う。ニコニコうなずくニルダの瞳も、綺麗だと思う。


 アレッシオは、取り繕ったよそ行きのニルダしか知らない。それじゃニルダの本当の良さはわからない。

 悪い笑顔で金儲けを企み、大声で笑い踊るニルダを知っているのは僕の方だ。

 横から現れた騎士なんかに負けない、とフィルベルトは自分を鼓舞した。


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