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第4章 旧ラッセル辺境伯邸の怪異【3】

 辺りに啜り泣きが不協和音のように重なって響く。まるで、話に夢中に私たちの注目を集めるように。アンネッタが喉を引き攣らせる中、私は肩をすくめた。

「まあとにかく、この状況をどうにかしないとね」

 例え王室に何かしらの狙いがあったとしても、私がこの屋敷の怪異に飲み込まれでもすれば無意味な話。王室の思い通りにさせるつもりはないけれど、この屋敷に飲み込まれるようなことになるのは御免だわ。

 またロランのライトの魔法を頼りに進んで行くと、同じようなドアに突き当たった。慎重にドアノブに手をかけたロランが、ドアを開こうと押しながら怪訝な顔になる。

「開かないな」

「じゃあここから出られないんですか?」

 泣きそうになるアンネッタに、大丈夫よ、と私は微笑みかけた。

「こういうときは逆の方向に行くの」

「逆の方向、って……いまあたしたちが通って来たところを戻るってことですか?」

「ええ。そうすることで何か現象が起こるかもしれないわ」

「そういうもんですか……」

 ループものには、必ず元来た道を戻る展開がある。閉ざされた扉に到達することがフラグとなって新しいギミックに到達する、というのはよくあることだわ。

 元来た廊下を戻る途中、ロランが私たちに止まるよう合図しながら足を止める。その瞬間、天井からシャンデリアが床に落下し、激しい音を立てて粉々に砕け散った。

「掃除するものが増えたじゃない」

 溜め息とともに呟いて、私は宙に手を広げる。バチッ、という音がすぐそばで弾けた。相変わらず近くで私たちの様子を見ているようだわ。

「どうしてそんな冷静でいられるんですか……?」

 アンネッタは半泣きで私の腕にしがみつく。その手は小刻みに震えていた。

「決して冷静ではないわ。興奮しているわよ」

「そういう意味じゃないですけど……」

 アンネッタの言いたいことはわかるけど、きっと私まで怖がっていたらアンネッタも不安になってしまうわ。そもそも怖いとは思っていないし、興奮しているというのも本当なのだけれども。

 ロランがライトで前方を照らす。通って来たときはよく見ていなかったけれど、この粉々になったシャンデリアも、もともと綺麗ではなかったはずだわ。

「これはあとで片付けましょ。まずはループを抜け出さないと」

 私たちはまたロランを先頭に、元来た廊下を戻って行く。反対側もやはりドアがあるだけで、特にこれといって仕掛けが発動することはない。この地点のギミックはシャンデリアだけだったみたいだわ。

 慎重な手付きでロランがドアを開けた瞬間……まるで有名映画のお化けのような顔が飛び出て来たわ! それは実体を持たないもので、私たちのあいだを擦り抜けていく。お化けの顔が目の前に迫って抜けていくなんて、ジャンプスケアの中でも最高の演出だわ!

 興奮する私の傍ら、ひい、とアンネッタが喉を引き攣らせる。アンネッタにとっては最悪の演出でしょうね。

「凝った演出ね」

「うう……心臓が破裂しそうです……」

「ん?」

 ロランが何かに気付いたように呟いて、足元に手を伸ばす。真っ赤なドレスに縦ロールの金髪の女の子の人形がドアのそばに落ちていた。それを躊躇いなく手に取れるんだから、パパも大概、肝が据わってるわ。

「これもどこかに置くギミックみたいね」

「また廊下のドアを調べてみよう」

「いつまで続くんですか、これえ……」

 アンネッタはもう泣き出しそうな顔をしている。それでも半泣きで済んでいるのは、きっとルヴィがオカルト話をよく聞かせていたことである程度の耐性ができているみたいだわ。

 私たちはまた廊下のドアをひとつひとつ確認していく。そうして、ひとつのドアに行き着いた。ロランが慎重に開いたドアの先に見えたのは、血塗(ちまみ)れになった床だった。

「ふたりはここで待て」

 冷静な声で言い、ロランが人形を片手に室内に足を踏み入れる。そのとき、固唾を飲んで見守る私とアンネッタと引き裂くように、勢いよくドアが閉ざされた。それと同時に、子どもの笑い声が辺りに響く。

「ロラン! ドアから離れて!」

 私の声にロランのくぐもった声がドアの向こうから聞こえた。ロランは無事みたい。私は宙に手をかざし、大きく振り下ろす。光の槍を放ち、激しい轟音とともにドアを突き破った。ドアは粉々に砕け散って、崩れ落ちる。その向こうで、ロランが感心したような呆れたような笑みを浮かべていた。

「お前の前に恐怖演出は意味がないようだ」

「無事でよかったわ。何かあった?」

「特に何も。何か起きる前にドアが破壊された」

 ロランは不敵に笑う。もし部屋の中に隔離されたのが私だったら、この恐怖演出を存分に楽しんだものだわ。それも、無事で出られることが前提だけれど。

「私がドアの内側に閉じ込められたかったわ」

「正気ですか?」アンネッタが顔をしかめる。「お嬢様が閉じ込められたらどうなってたか……」

「おそらく内側からも破壊できた」と、ロラン。「ルヴィにはどんな現象も無意味だ」

「それは買い被りだわ。たまたま上手くドアを破壊できただけ」

 ロランは部屋の中にあった暖炉の上に人形を置く。これでフラグが立って、きっと次に進めるようになったはずだわ。

 部屋を出ると、廊下の向こうの電気がいた。それは手前から順番に、奥に向かってひとつずつ灯っていく。

「誘われてる」私は言った。「きっと進まないとループを抜け出す方法はわからないわ」

「いつ脱出できるんですかあ……」

 アンネッタは半べそかきながら私の腕にしがみつく。アンネッタには悪いけれど、私はこの状況を楽しんでいる面もあった。怪異に魔法が効くことがわかったし、ギミックも力業で打破できることもわかった。この状況もどうにかできるはずだわ。

 ロランのライトが照らす廊下に、ひとつ、またひとつと奥に向かって電灯が点いていく。ひと際、明るく灯った明かりに照らされるドアは、これまでのものと意匠が違った。

「待って」

 ドアノブに手をかけようとしていたロランを私は止める。それからドアに近付き、手をかざした。

「この先は危険だわ。嫌な魔力が溢れてる」

「そんな……」アンネッタがか細い声を漏らす。「じゃあ、この廊下からは出られないんですか?」

「もう一度、反対側に向かいましょ。向こうのドアが開くといいんだけど」

 踵を返した私たちを嘲笑うように、赤ん坊の泣き声が辺りに響き渡った。何かに気付いた様子でロランが身を屈める。拾い上げたのは赤ん坊の人形だった。泣き声の発生源ではないようだわ。ロランが持ち上げると、それは砂のようにぼろぼろと崩れてしまった。

「もしかしたら……」私は顎に手を当てる。「この怪異は、ラッセル元辺境伯の家族構成を表しているのかもしれないわ」

「ラッセル元辺境伯には子どもがふたりいた」ロランが言う。「もしかしたら、ラッセル夫人は懐妊していたのかもしれないな」

「そもそも」と、アンネッタ。「ラッセル元辺境伯一家はなぜお亡くなりになったんですか?」

「虐殺されたのだ」ロランは苦々しく言う。「犯人はまだ捕まっていない」

 ラッセル辺境伯家の殺人事件は随分と昔のことだけれど、私も話には聞いたことがある。家中の金品がほとんどなくなっていたらしい。一家は強盗に殺害されたのだ。どこにでも金に困る民はいる。サフォーリア侯爵家も他人事ではないのだ。

「それじゃあ……」アンネッタが言う。「ラッセル家の人たちは、まだこの屋敷に……?」

「その可能性はあるわね。この屋敷は呪いを溜め込みすぎているわ」

 アンネッタの表情が曇る。心の中は不安でいっぱいのはずだわ。

「大丈夫よ。私とロランがいるんだもの。アンネッタには傷ひとつ付けないわ」

「ルヴィにも傷ひとつ負わせるつもりはない」

 背筋を伸ばすロランは誇りを懐いている。実に頼もしいわ。

「あたしも早く慣れるようにします……」

「無理をする必要はないわ。アンネッタは私について来てくれただけだもの」

 アンネッタは小さく頷く。私について来たことは後悔しているかもしれない。それでも、アンネッタは私に忠誠を誓ってくれている。私にはアンネッタを無事に帰らせる責任があるわ。

 入って来たドアの向こうには、気配や嫌な魔力を感じることはない。ロランが慎重に中を覗きつつ、ドアを開けた。そこは寝室のようだった。

「ここは夫婦の寝室かしら」

 室内を見回した私は、ベッドの横に置かれていたチェストの上の物に気付く。それは女性の手を模したオブジェクトだった。

「この手に指輪を嵌めるのかもしれない。どこかにあるはずだわ」

「それをクリアできれば」と、ロラン。「ループから抜け出すことができるかもしれないな」

「ほんとですか?」

 アンネッタの表情が少しだけ明るくなるので、私は力強く頷いて見せた。これで少しでも希望を取り戻せるといいのだけれど。

 私は探査魔法を辺りに巡らせた。指輪はキーアイテム。きっと探査に引っ掛かるはずだわ。

「うーん……この部屋にはないみたいだわ」

「そもそも、この屋敷には強盗が入った」ロランが言う。「盗まれている可能性もある」

「そうね……」

 そうだとしたらこのループから抜け出すのは難しいかもしれないわ、と言いかけてやめた。そんなことを言ったら、アンネッタは泣き出してしまうわ。さっき格好付けたばかりなのに、そんなことを言うのも情けないもの。

「あ、あの……」アンネッタが遠慮がちに言った。「この本棚、動かせるかもしれません」

 私とロランは顔を見合わせ、アンネッタが差す本棚に近付く。床を見てみると、何か擦ったような跡があった。

「よく気付いたわね、アンネッタ」

「えへ……」

 アンネッタはまだ怯えた表情だけど、少しだけ晴れたように見える。私とロランが平然としているから、アンネッタも落ち着いてきたのかもしれないわ。

 ロランが体重をかけて本棚を横から押す。重い音を立てて本棚がずれると、壁には空洞があった。空洞は下に向かう階段があり、覗いてみるとドアが見えた。近付いてみても、特に嫌な魔力は感じられない。目配せをするロランに私が頷くと、ロランは慎重にドアを開く。そこに広がっていた光景に、私もアンネッタも感嘆を漏らした。

「綺麗な寝室だわ」

 そこは、旧ラッセル辺境伯邸とは思えないほど清潔感のある寝室だった。

「不思議ですね……。まるでここだけ時が止まったみたいです」

「ええ、そうね。ここだけ切り取られたような空間だわ」

 私とアンネッタが室内を見回していると、ロランが何かに気付いたように振り向く。

「ルヴィ、これを見てみろ」

 ロランが差したのはチェストで、そこにあったのは宝石が散りばめられた質素な宝石箱だった。とても美しく、ここだけ別の空間ということを証明しているような綺麗さだった。

 私は少し緊張しながら宝石箱を開く。もういったものは、何か罠が仕掛けられている場合が多い。けれど、宝石箱はすんなりと開き、その中にひとつの指輪が輝いていた。

「これだけ盗まれなかったのね。家主はこれを探しているのかもしれないわ」

「家主なのに、この部屋を見つけられなかったんでしょうか」

「怪異に成り果てたことで、忘れてしまったのかもしれないわね。とにかく、これを持って行きましょ」

 私たちはまた階段を上り、埃と砂に塗れた寝室に戻る。こちらが現実世界なのだけれど、隠し部屋だけ綺麗に保たれているのは不思議でならないわ。けれど、まるで別空間のような場所があるのはホラーでは珍しくないわね。

 私は手のオブジェクトの薬指に発見した指輪を嵌める。どこかで何かが動く音も空間が変わった様子もない。

「何も変わっていないですね……」

 アンネッタが残念そうに呟く。これが何かのフラグになっていることは間違いないと思うのだけれど。

「とりあえず廊下に戻ってみましょ」

 ロランが廊下へのドアを開いたとき、わっ、と私とアンネッタは声を上げる。そこは廊下ではなく、掃除でだいぶマシになったエントランスだった。

「ループを抜けられたみたいね」

「よかった……」アンネッタは息をつく。「すっかり日が暮れてしまいましたね」

「ループものを体験できてよかったわ。そのうち異変探しも出てきそうね」

 私が喜べるのも、必ずループを抜け出せると決まっているからで、ループを抜け出せなければさすがの私も絶望したかもしれないわ。

「今日はもう休もう」ロランが言う。「アンネッタも疲れただろう」

「はい……ずっと緊張しっぱなしでしたから……」

「畑の続きはまた明日ね」

 すでに日は暮れているけれど、不思議とお腹は空いていなかった。あのループの中と現実世界では、時の流れが比例しなかったのかもしれないわ。体感としては一時間もなかった。けれど、ホラーでそういった現象が起こるのは不思議ではないわ。ループものって、そういうものよね。



   *  *  *



 湯浴み後、寝室に戻りながらアンネッタが口を開いた。

「こうして何も起きないときと起こるときで何が違うんでしょう」

「なんとなくだけど、怪異側をこちらを襲うのを楽しんでいる気がするわ」

 考えながら言う私に、アンネッタは首を傾げる。

「いまみたいな無防備なところを狙っても楽しくないんじゃないかしら」

「愉快犯みたいですね……。ひとりのところを狙われたら、あたしひとりじゃどうにもならないですよ……」

「ええ。なるべく私かロランと一緒にいてちょうだい。ひとりになれないように」

「言わらなくたってひとりになんてなりたくないですよお……」

 私には、アンネッタを守り抜く責任がある。アンネッタは私の追放について来てくれた。すでにそれを後悔しているでしょうけれど、せめて満足な暮らしができるようにしたいわね。私としては、この屋敷が幽霊屋敷でなくなるのは少し残念だけれど、アンネッタの安全で健全な暮らしのほうが重要ね。幽霊屋敷は、私が移り住んだ時点でその歴史を変えることになるのかもしれないわ。




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