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第4章 旧ラッセル辺境伯邸の怪異【2】

 ややあって見えてきたドアを開けると、また同じような廊下が続いていた。ループを抜けるには何か手掛かりを探さないといけないわ。

「うう……」アンネッタが唸る。「気が狂ってしまいそうです……」

「大丈夫よ。いつかは終わるわ」

 アンネッタを安心させようと微笑みかけ、私はまた宙に手をかざした。広範囲魔法を発動すると、バチッ、と軽い音が響く。それと同時に、低い唸り声のような音が聞こえた。

「攻撃はよく効いているようだ」

 どこか呆れたように言うロランに、私も小さく頷く。先ほど同じ攻撃を食らったばかりなのに、また攻撃を避けていない。警戒心が薄いのかしら。

『……こっちを見て……』

 囁き声に、ひっ、とアンネッタが喉を引き攣らせる。それは先ほどの唸り声と違い、鈴を転がすような可愛らしい女の子の声だった。

「相手にしなくて大丈夫。ただの脅しよ」

「脅しでも怖いものは怖いんですよお……」

 アンネッタは私の腕にしがみつく。アンネッタをひとりにするようなことは絶対に防がなければならないわ。そうでないと、アンネッタはいま以上に私に付いて来たことを後悔することになる。アンネッタは必ず守らなければならないわ。

 ふと、ロランが足を止めた。魔法の明かりが照らす先を見ると、ドレスを着た女の子の人形が廊下にぽつんと倒れている。ループを繰り返す廊下に置かれるにはあまりに不自然な存在ね。

「なんですか、あの人形……」

「あれがキーアイテムかもしれないわ」

 ロランが人形に手を近付ける。人形はぴくりとも動かない。ロランは慎重に人形を持ち上げた。

「これを正しい場所に置けば道が開かれるかもしれないな」

「人形がいる正しい場所、ですか……」

「どこかに置く場所があるはずだわ。探しましょ」

 その人形が倒れていた先にまたドアが見える。次の廊下の中に、人形を置くべき場所があるはずだわ。

 アンネッタには申し訳ないけど、私はどうしてもワクワクしてしまう。ループものなんてそれこそ異世界でないと遭遇できないし、明らかに不自然なギミックなんてこの屋敷でないと体験できなかったかもしれない。この転生は、私を喜ばせるご褒美として与えられたのかもしれない、なんて思ってしまう。こんなこと、前世では経験し得ないことだもの。心が躍ってしょうがないわ!

 ロランが先を窺いつつドアを開く。また同じ廊下が続いていた。その廊下には、いくつかの部屋のドアがあった。

「ひとつずつ中を見てみましょ。どこかに置く場所があるかもしれないわ」

 ロランが最も近いドアに手をかける。けれど、ドアノブを回してもドアは開かなかった。鍵がかかっているのではなく、ドアそのものが封じられているように見える。

「ダミーのドアがあるようだ」

「その人形があったってことは、その人形を置ける場所がある部屋だけ開くのかもしれないわ。開くドアを探しましょ」

 それから私たちは、ひとつひとつドアを確認しながら廊下の奥に向かった。ドアはたくさんあるけれど、ドアが開く部屋はなかなか見つからない。もうすぐ次の廊下のドアに辿り着いてしまいそうだわ。

「この廊下のドアは開かないんでしょうか……」

「そんなことはないと思うけど……。仕掛け同士はそんなに離れていないはずよ」

 と言っても、私も本物の怪異に遭遇したのは初めての経験。これまで培った知識がすべて通用するとも限らない。この屋敷の怪異が私の想像を超えている可能性は、少なからずある。そう考えると、また心が躍ってしまうのだけれど。

 廊下のドアに最も近い部屋のドアが、カチッ、と音を立てて開いた。ロランは私に目配せをして、慎重にドアを開く。どうやらジャンプスケアは用意されていなかったみたいだわ。少し残念。

 その部屋は旧ラッセル辺境伯邸とは思えないほど綺麗で、暖炉には火が灯っている。まるでここだけ別の空間のようだわ。

「あの暖炉の上が人形の定位置かもしれないわ」

「試してみよう」

 ロランは室内を見回したあと、暖炉の上にそっと人形を置いた。途端、人形がカタカタと震え、少女の笑い声が響く。それは次第に恐ろしい声へと変貌を遂げ、不快な音が耳の奥を震わせた。アンネッタがまた私の腕に強くしがみつく。

「これだけじゃ終わらないみたいね」

「そんな……。どうしたらいいんですか?」

「もう一度、廊下を調べてみましょ」

 ループはとにかく進んでみるしかない。ギミックが発動するための条件もあるかもしれない。しっかり探索する必要がありそうだわ。

 ロランがまた先頭に立ってドアを開いたとき、とすっ、と軽い音が聞こえた。視線を下げてロランの足元を見ると、細いペーパーナイフが床に突き刺さっている。

「当然だと思うけど、この屋敷の怪異は私たちを歓迎していないみたいね」

「でも、あたしたちはしばらくこの屋敷で暮らしていくんですよね……」

「和睦まではいかずとも」と、ロラン。「敵視されることがなくなるようにしなければならないようだな」

「この先、共同生活する相手だものね」

 アンネッタの表情がまた曇る。本当はラヴァンドと一緒に街に帰ることも検討したけれど、アンネッタは私に付いて行くと言って聞かなかった。私としてはとてもありがたいことだけど、アンネッタにとって良い生活とは言えないはずだわ。嫁入り前のお年頃のアンネッタには、侯爵家に戻ればもっと安定した生活を送れる。こんなに毎日、怯える必要もなくなる。私には、アンネッタを守り抜く責任があると言えるわ。

「でも……」アンネッタが窺うように言う。「それなら、攻撃するのはまずいんじゃないですか……?」

「殴られたら殴り返す」私は言った。「それが鉄則よ」

「そんな強気なお方だったとは……」

 私の意識が宿る前のルヴィも知っているアンネッタにとって、その違いは顕著に思えるでしょうね。

「怪異は人間であれば見境なく襲うわ。舐められたら終わりよ」

「ほんとに逞しいですね……」

「それに、私たちが怪異に呪われるようなことがあってはならないの。もしアンネッタがそんな目に遭ったら、私は一生、後悔することになるもの。だから、どんな怪異であっても負けないわ」

「頼もしいです。でも、お嬢様は前世でもそんな感じだったんですか?」

 アンネッタがロランを見上げる。私がホラー好きになったのはパパの影響が強いから、ロランももちろん私がホラーに強いことを知っている。

「怪異に対する耐性はあるだろう。実際に対峙した経験はないがな」

「どう対処すればいいかは、その都度で確かめるしかないわね」

 私は幽霊の存在を心から信じていたわけではないけれど、夜道を歩くときは期待していたものだわ。もちろん、その期待に応えてくれる者はなかったわけだけれど。

「特に、ループものは解かなければ一生、迷い続けることになるわ。アンネッタを無事に帰さないと、アンネッタの両親に顔向けできなくなってしまうわ」

「もし追放されたのがお嬢様じゃなかったら、どうなってたんでしょう……」

「一緒になって怯えていたでしょうね。でも、私の両親は侯爵領でもいいと言ってくれていたし、私じゃなかったらここに来ることもなかったはずだわ」

「本当にそれで済んだでしょうか」

「どうかしらね。王室がサフォーリア家を手放そうとしていたとは思えない。クリスティアン王子の独断なんだとしたら、目先の欲に気を取られすぎているわ」

 もし(ルヴィ)が物語通りの悪役令嬢なら、王家もサフォーリア家との繋がりを絶とうと考える可能性は充分にあり得た。悪役令嬢ルヴィの行いは犯罪まがいのものだった。それに加えて、ヒロインのアスタは聖女。ルヴィとの婚約破棄は意味のあることになっていたかもしれないわ。

「ロランはどう思いますか?」

「王室が本当にサフォーリア家との断絶を受け入れたのだとすれば、この旧ラッセル辺境伯邸は選ばなかっただろう」

 確信をはらんだロランの言葉に、私とアンネッタは顔を見合わせる。

「どういうこと?」

「王室は、旧ラッセル辺境伯邸の怪異を知っていたのではないか? つまり、外部から断絶される呪いがかけられていることを」

「……であれば、私はここに幽閉された、ってわけね」

「王室はお嬢様を手放すつもりはなかったってことですね」

 何か隠されているだろうとは思っていたけれど、王室も王室で汚いことをするわね。(ルヴィ)が物語通りの悪役令嬢だとしたら、サフォーリア家がルヴィを見限る可能性もあった。そうだとしても、王室はルヴィを手放すつもりはなかったのだわ。

「けれど、王子との婚約が解消されれば、王室とサフォーリア家との繋がりは断たれるわ。いくら私を幽閉しても、サフォーリア家との繋がりを保つことはできないはずよ」

「今回のことで、王子は何かしら処罰を与えられる」ロランは冷静に言う。「王室がもとから王子の廃嫡を狙っていたのだとしたら?」

「アスタはその目論見のために利用された、ってことね」

 いくら聖女と言えど、アスタの身分は低い。ティボール子爵家との繋がりも、王室にとって特になるとは言えないわ。

「その可能性は否めない。聖女であることが、都合が良かったのかもしれない」

「でも」と、アンネッタ。「ふたりの婚約は成立しないとラヴァンド様は言っていました」

「それはラヴァンドくんがそう思っているだけだ。王子は廃嫡となるが、アスタとの婚約は解消されないだろう。時期を見てルヴィを連れ戻そうとしているのかもしれない」

「本当にそんなことがあり得るんでしょうか」

「憶測でしかないがな。あの王室なら考えそうなことだ」

 ルヴィがクリスティアン王子と婚約していたのは、サフォーリア侯爵家の後ろ盾が王室にとって利点が大きかったことにある。サフォーリア侯爵の権力は王室にも匹敵する。その後ろ盾は王室の権威を確かなものにするでしょうね。

「私は王室に利用されるつもりはないわ。この屋敷から出られないなら、出ないまでよ!」

 あっけらかんと笑う私に、アンネッタは苦笑し、ロランは不敵に微笑んでいる。

 他の攻略対象もヒロインであるアスタに夢中のはずだわ。なぜかラヴァンドはそうでなかったみたいだけど、ラヴァンドは権力を持っているとは言えない。ラヴァンドにできることはそう多くないはずだわ。アスタは王子を選んだけれど、他の攻略対象がどう出るかはわからない。いまは慎重に見守る必要があるわね。




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