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第4章 旧ラッセル辺境伯邸の怪異【1】

 翌日は気持ちの良い快晴となった。愛馬に跨ったラヴァンドは、少し名残惜しそうな表情で私を振り返る。ラヴァンドとルヴィは幼い頃からの付き合いだから、少し寂しく思うのも確かね。

「また来るよ。次はモンドエルのお菓子でも持って来る」

「それは嬉しいわ。気を付けて帰ってね」

「ああ。またな」

 ラヴァンドは軽く手を振り、颯爽と去って行く。さすが攻略対象。その穏やかな笑みが世の乙女たちを歓喜させるのも納得がいくわ。私も悪役令嬢でなければ、誰かと淡い恋をすることもあったかもしれない。そう思わせる世界ね。

「無事に帰ることができるでしょうか」

 アンネッタが少し心配そうな表情で言う。来ることが簡単にできたとしても、帰りもそうであるという保証はない。心配になるのも無理はないわ。

「一度は越えられたのだから大丈夫よ。聖騎士だし」

「そうですね……。もし越えられなかったら、またこの屋敷に戻れるでしょうか」

「きっと大丈夫よ」

 攻略対象だし、と私は心の中で呟いた。悪役令嬢がここにいるのだから、攻略対象であるラヴァンドが無事で済まないはずはないわ。この世界において、攻略対象は重要な存在なのだから。

 私はロランとアンネッタを振り向き、ぽん、と手を叩く。

「掃除の続きの前に、畑を作りましょうか」

「畑ですか」

「ええ。食糧を確保しないと。ラヴァンドが持って来てくれた食糧でしばらくはもちでしょうけれど、街に買い出しに行けないとなると、自給自足するしかないわ」

「はあ……。ですが、あたしたちは畑作りの知識がないですよ」

 それは当然ね。私は貴族で、ロランとアンネッタは貴族に仕える使用人。畑仕事の経験があるほうが不思議というものだわ。

「大丈夫。幸い広い庭があるし、こんなこともあろうかと、畑作りに関する参考書を持って来たわ」

「お嬢様が畑仕事なんて……」

「この際、しょうがないわ。なんでも経験よ。経験は積んだら積んだだけ何かの役に立つのだから」

「まあ、それはそうですね」

「じゃあ、まずは庭を整えるところからね」

 この屋敷は長年、暮らす人がいなかっただけあって、庭も荒れ放題だ。けれど、畑を作るのには充分な広さで、三人分の食糧を確保するのは難しいことではなくなるはずだわ。

 まずは雑草の処理が必要。私は庭の真ん中に立ち、地に手をかざしてぐるりと回る。私の動きに合わせて立ち上がって炎が雑草を焼く。もちろん、私に燃え移ることはない。ルヴィは名門サフォーリア侯爵家の娘だけあって、これくらいの魔法ならなんてことないわ。

「さすがお嬢様」アンネッタが言う。「確実に雑草だけを焼いていますね」

 この魔法は対象だけを焼く炎で、屋敷に燃え移る心配もない。魔法は本当に便利なものだわ。

 それに……何より、魔法の存在しない世界で生きていた私には、これだけ高い能力値の魔法を持っていることには興奮せざるを得ないわ。頭の中に入っている魔法の数はかなり多い。使う機会が来るのが楽しみだわ!

 それから私は、剥き出しになった土に手をかざした。同じように魔法を発動すると、私の手の動きに合わせて土が掘り起こす。土魔法で、畑として機能するように土壌を整えていった。その光景に、ははあ、とアンネッタが感嘆を上げる。

「魔法って本当に便利ですね。あたしも使えたらよかったのに」

「覚えれば応用も利くわ。この屋敷では積極的に使っていきたいわね」

 ルヴィの知識によると、この体は私が充分に楽しめるほどの魔力を持っているみたい。私がもと居た世界に魔法は存在しなかった。魔法を使えるなんて、すべてのオタクの憧れ中の憧れ。この先、いろんな魔法を使うのが本当に楽しみだわ!

「さ、あとは苗を植えていきましょ」

「苗はさすがに手植えするしかないな」

 ロランは馬車から苗を取り出す。こんなこともあろうかと、少し多めに苗を持って来た。彩が欲しくなることも見越して、花の種も持って来たのよね。

 ドレスで畑仕事をするわけにもいかないから、私とアンネッタは動きやすいワンピースに着替えをする。ロランもジャケットを脱いで、傍から見れば、貴族と貴族の使用人には見えない仕上がりだわ。いまはそんなことを気にする必要はないのだけれど。

 もちろん全員、畑仕事の経験はない。参考書を見つつ、丁寧に苗を植えていくと、どうしてかしら。なんだか清々しい気持ちになるわ。

 少し腰が痛くなってきた頃、アンネッタが遠慮がちに口を開いた。

「ラヴァンド様の仰る通り、王室がサフォーリア侯爵家との繋がりを断絶したのは、あたしでも不自然に思えます」

 それはきっと、誰の目から見ても明らかだったに違いない。疑問を持つ者は少なくないだろう。それについて王室が何を考えているか、それは私たちには知り得ないことだ。

「何か裏があるんじゃないですか? 王室とサフォーリア侯爵家が何か取引をしてるとか……」

「そんなことあり得ないわ。もしそんな提案をされたら、お父様は迷いなく断るはずよ。サフォーリア家にとって得なことはないもの」

「まあ、そうですけど……」

「それに、いまの私には関係ないわ。しばらくサフォーリア家に戻るつもりはないし、この屋敷での暮らしを堪能しなくちゃ」

「ほんとに逞しいですね……」

 こんな機会、きっと二度とないわ。いずれサフォーリア家に戻るかもしれないし、満足いくまで堪能しないともったいないというものよ。本物の幽霊屋敷で暮らせるなんて、それこそ異世界転生しないと経験できないことだわ!

 持って来た苗を粗方、植え終えた頃、ロランが私とアンネッタを呼んだ。

「そろそろ昼食にしよう」

「ええ」

 私は、ロランの作った料理を食べられるのがとても嬉しかった。パパは本当に料理上手で、苦手なママの代わりにほぼ毎日、食事を作っていた。それがとても美味しかったことだけは絶対に忘れない。食材の違いはあっても、パパの料理は相変わらず私の舌を喜ばせてくれた。

 今日はなんだろう、とわくわくしながら屋敷のドアを開いた私は、思わず足を止める。畑を作っていた庭は厨房に繋がる裏口から出入りするため、ドアの先は厨房のはず。

「あ、あれ……どうして廊下なんですか……?」

 アンネッタの声が震える。私が開いたドアの先は、奥が見渡せないほど暗い廊下に繋がっていたのだ。

「これは……この屋敷の怪異みたいね」

 確信とともに呟く私に、アンネッタが怯えた表情で振り返る。

「そんな……どうしたら……」

「とにかく進みましょ。怪異の原因がどこかにあるはずよ」

 私は空間魔法のかけられたポーチから、ストロボ付きカメラを取り出した。ロランが光の魔法を灯し、辺りを明るく照らす。

 廊下、ということは、もしかしたら……。

 慎重な足取りで進んで行くと、魔法の明かりの中にすぐ別のドアが浮かび上がった。これはいよいよ、だわ。

 ロランがドアの隙間から向こう側を覗き込む。それからゆっくりとドアを開くと、その先にもまた廊下が続いていた。

「どういうことですか……?」

 アンネッタが胸の前で組んだ手を震わせる中、私はロランに目配せする。ロランも確信を持っているようで、ひとつ頷いた。

「この廊下はループしているのよ」

「ループ……」

 私が生きていた頃、最も有名なループゲームのオマージュ作品が何本も出ていた。ループを抜け出す方法は作品ごとに変わるため、私たちが巻き込まれたループの攻略法にどれが当てはまるのかは現時点ではわからないわ。

「ど、どうしたらいいんですか……?」

「とにかく辺りを調べてみましょ。何か手掛かりがあるかもしれないわ」

 攻略法がわからない現状、調査をしてみるしかない。ループを抜け出す方法のヒントが必ずどこかにあるはずだわ。

 けれど……怯えているアンネッタには本当に申し訳ないけど、ループものに巻き込まれるなんて、興奮しないほうがおかしいというものだわ! ループものなんて現実にはあり得ない世界に生きていたから、この怪異に出会えただけでこの屋敷に感謝したいくらいよ! ああ、ループものの攻略法の手掛かりを探すだなんて……本当にこの世界に転生できて僥倖だわ!

 心の中で興奮する私と正反対に、アンネッタは怯えた表情で辺りを見回す。ただでさえ薄暗い屋敷なのに、いまはさらに暗く感じられた。

 ロランが魔法の明かりで照らすと、進む先が曲がり角になっているのが見える。ホラーと言えば、曲がり角での恐怖演出よね! さあ、何が出て来ると言うの……!

 そのとき、耳の奥に響くような啜り泣きがどこからともなく聞こえ、アンネッタの肩がびくりと跳ねる。まるで廊下が泣いているかのように、音の発生源が曖昧になっていた。

「大丈夫。ただの脅しよ」

「うう……心臓が破裂しそうです……」

「ロラン、辺りを探査してみて」

「ああ」

 ロランは体の前で両手をかざす。微量の魔力が辺りに広がり、壁や家具で跳ね返って来ると、それに嫌な魔力が混ざるのを感じた。

「不穏な魔力の気配があるな。こちらに追随するように移動している」

「それなら……ちょっと試しに」

 私は軽く手を振り、魔法を発動する。広範囲の魔法攻撃だ。少し離れた場所で、バチンッ、と激しい音がする。魔法が何かに当たったのだ。

「こちらの攻撃は効果があるみたいね」

 私はもう一度、同じ魔法を放った。けれど、今回は反応なし。上手く躱されたみたいだわ。

「動き回っているな。意思を持つ亡霊のようだ」

「仕方ないわ。進みましょ。ループはとにかく繰り返すしかないわ」

「ループが終わらなかったら、どうなるんですか……?」

 アンネッタはすでに泣きそうな表情をしている。ある程度の知識がある私と違って、アンネッタはもちろん、こんな状況に陥った経験がない。抜け出せると確信することはできないかもしれないわ。

「大丈夫。ループは必ず終わるわ。私、アンネッタに嘘をついたことはないはずよ」

「……そうですね。お嬢様を信用します」

 小さく頷いたアンネッタは、すぐそばで聞こえた廊下が軋む音に、ひい、と喉を引き攣らせる。まだしばらくは我慢してもらうしかないわね。




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