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第二話 ロズラムの町、グリンティルの峠

 カイが住んでいる町の名はロズラムという。人口は4000人程度の、ありふれた規模の町だ。


 この町は、プラウズベルグ王国の辺境の山の辺にある。王都から見ると、国を横切って連なる山脈の南側に隔てられており、広い街道をたどると随分な距離がある。鉱山があるわけでも特殊な産物を出しているわけでもなく、本来なら大勢の人間が集まり住むような場所ではない。


 そんなところになぜ町があるかというと、ロズラムの北で山脈が少し低くなっており、国の南部から王都や北方の他国への近道となる山越えの道の起点となっているからだ。

 町から続く山道を登っていくと、東の王都と北や西の他国への道の分岐点となるグリンティル峠に至る。だから、王都や他国へ徒歩で往来する旅人がこの町を通っていく。

 細くて険しい難道であるため、馬車では通れない。荷馬車で商品を運ぶような商人は遠回りになっても山脈を避けて広い街道を行くか、あるいは、町よりさらに南の方で山脈からの水を集めて流れる大河の水運を用いる。この山道を通るのは身軽な旅人や背に担げる程度の商品しか扱えない零細な行商人だけだ。

 道が険しく峠を越えるのは一日がかりになる。野宿の危険を避けたい旅人はロズラムの町で泊まり、朝早くに出発する。峠を越えてきた者も、この町で泊まって峠越えの疲れを癒すのが普通の旅程だ。


 近道となるのに、なぜ細いままにされているのか。この町から先は大型の荷馬車が悠々と通れ、小型ならすれ違うことのできる程度の街道になっているのに。

 誰でもが思うであろうその疑問の答えはそれほど難しいことではない。町の人々が道を広げることを諦めたからだ。


 実は何十年か以前に、山越えのこの道を広げ、(なら)し、勾配を緩めて馬車が通れるようにして欲しいと町から王都に請願し、政府の肝煎(きもい)りで工事が始められたことがある。

 だが、その工事の最中に魔物が現れて工事に携わる人夫が襲われ、何人かの死傷者が出てしまう事件が起きた。魔物は護衛の国軍や雇われていた傭兵によって退治されたのだが、人夫となっていた町の住民は怖がって、もう工事に携わろうとしなかった。それで工事は打ち切りとなってしまったのだ。


 皮肉なことに、工事が中止になった後には魔物が出ることはなくなった。しかし町の住民が再度王都に願い出ても、「お前たちが自分で工事を捨てて現場から逃げ出したのであろうが」と、もう二度と取り合ってもらえなかった。

 町の住民たちで多額の工費をまかなうことは到底できない。住民たちは諦め、それきり、道の改良工事の話は住民たちの口からも出ることはなくなった。

 それでも、町から先の道はそこまでの工事でそれなりの街道となったため、町は周辺の村や集落からの農作物やら木材やら木炭やらの集積地となり、大きく栄えはしなくとも寂れることもなく、それなりの町として存続し続けているのだった。



 今でも、徒歩で峠を越えてくる旅人は途切れていない。彼等は町の宿屋に収まると、ほっと緊張を(ほど)き、酒場でエールのジョッキを掲げて魔物や嵐に出会わなかったことを神に感謝する。そして一杯やって足の疲れを癒しながら、酒場に居あわせた人々に、異郷の便りとともにグリンティルという名のその峠からの眺めも伝える。

 (いわ)く、四方の遥か彼方までが見渡せ、あたかも(おのれ)が過ごしてきた長い年月の来し方行く末が見えるかのようだと。遮るものの無い空を行方も知らず飛ぶ雲は、人生の当所(あてど)なさを思わせるかのようだと。

 酒に酔った町の人々は、意味のない相槌を打ちながら、その話をただ聞き流すだけだ。

 この町で生まれ、暮らし、死んでいくことに満足しているほとんどの住民には、そのような話になど何の興味もない。ただ景色を見るだけという酔狂で峠まで汗水たらして登る者などいないのだ。


 だがカイはいつかはその景色を見てみたいと思っていた。

 いつかは今の暮らしを離れて自分の足で山道を越えて峠に(いた)り、自分の眼で異郷を遥か彼方まで見渡し、そしてその空気を自分の胸に思う存分に吸い込んでみたいと思っていたのだ。

 いつかは。


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