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魔法使いと剣士の卵 ーうすら笑いと仏頂面のカイとディートの物語ー  作者: 花時雨
第三章 魔物

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第十八話 呼び出し

第三章の始まりです。

 収穫祭の後も、カイはディートとともに森の沼で魔法の練習を続けていた。

 ある日の午後、カイは練習を終えてディートと別れ、家に帰ろうと一人で歩いていた。

 道々は、今日の成果を頭に浮かべて反芻する。土魔法も水魔法も日に日に上達し、出せる砂や水の量が少しずつ上がってくる。一昨日は地面の土を砂に変えることができたし、今日は土を固めて硬い石礫(つぶて)にして飛ばすことにも成功した。身の内に溜められる魔素の量も練り上げられる魔力の大きさもどんどん増えているように思える。だが、制御はなかなか難しいので、魔力の全てを一度に放出するような威力の高い魔法を放つことはしないようにしている。魔力切れになると体がつらいし。

 一方で火魔法と風魔法にはまだ成功していない。とくに風は目に見えないだけに、頭の中で具体的に思い描くのが難しい。


「(とりあえず、火をよく観察する機会を増やさないとな)」


 そう頭の中でつぶやいて顔を上げたときに、家の前に小さな子供がいるのに気がついた。ハンスだ。


「どうした?」


 つい尋ねるとハンスはカイの顔を見上げたが何も言わない。

 カイは「しまった」と思った。ハンスは口がきけないのだ。曖昧な尋ね方をしても、喋れず字もかけないハンスがうまく答えられるはずがない。迂闊な、心無いことをしてしまったとカイは後悔した。急いで問いを変える。


「何か用があるのか?」


 だが、ハンスは気にした風もなく、うなずきながらこちらに手を突き出した。見ると、その手には紙片が握られている。ハンスはにこにこといつもの笑顔で、手に持った紙をカイのお腹にぐいぐいと押しつけてくる。


「俺にか?」


 カイが尋ねると、ハンスはぶんぶんと首を縦に振った。受け取ると、ほっとしたような顔でまたうなずく。

 誰からのものかを尋ねようとしたときには、ハンスはもう身を翻して駆け出していた。「おい、待て」と呼んでも、振り向かずに走り去ってしまった。


「まあ、いいか」


 そう独り言を言って、渡された紙片を見る。そこには、読みにくい殴り書きの字で『ティーヒ池に来てください』と書いてあった。

 署名はない。日付の指定もないということは、今すぐに来いということだろうか。


 ティーヒの池は、町の東の外れにある。池の周囲は草原が広がっており、その付近にあるヒツジ牧場の放牧地にもなっている。ところどころには灌木が茂る起伏があり、その向こうは深い森だ。牧場以外には人気(ひとけ)が少ない場所だ。


 たぶん、最近多いあれだ。人目を避けての頼み事だろうと、カイは一人合点した。


 収穫祭の次の日から、カイがディートフリートと親しいことを知った町の少女たちが、憧れる保安官の息子への手紙やら贈り物やらを仲介して欲しいと、カイに頼みごとをしてくるようになった。


 これまでは彼女たちはカイのことを『みすぼらしい格好をしてへらへら笑っている気味の悪い男』と怖がって近づかないようにしていたのだが、収穫祭でカイがディートフリートと一緒にジョッキ運びをしているところを見て、二人が親しいことを知ったのだろう。

 それに、祭の踊りの輪に加わり、町長の娘やミエリ、それに他の娘たちとも普通に話したり楽しく笑い合ったりしたことで、『ちょっと変わったところのある青年』ぐらいには評価が上がったらしい。一緒に踊った娘たちだけでなく、それ以外からも頼まれた。


 カイはもちろん「直接渡したほうがいい」と断る。それで諦めてくれればよいのだが、断っても言うことを聞かず、無理やりにでも押しつけて走り去ってしまう少女も多い。

 やむを得ずディートに取り次いでも、彼は決して受け取らない。「手紙ぐらい読んでやれば」と言ったこともあるのだが、「読んだら返事をしなければならない。一人でも返事をしたが最後、全員に返事をしなければならなくなる」と、断固として受け取らなかった。

 仕方なく、頼んできた少女の所へ行って返却すると、ふくれっ面で「役立たず」とか言われる。何と言われようと気にはならないが、面倒なことこの上ない。


 カイは「ふうっ」とため息をついた。

 どうせ今回も同じようなものに違いない。紙片に書かれた字は女性のものとしては随分と(つたな)いが、中には書くのが下手な娘もいるのだろう。無視してしまおうかとも思ったが、もう夕方が近い。放っておけばすぐに暗くなってしまう。そんな時間に若い娘を町外れに一人でいさせるのもよくないだろう。

 我ながらお節介なことだと心の中で自分を(わら)いながら、カイは指定された池へと向かった。



 途中で草原から小屋へとヒツジの群れを連れ帰る牧童を何人か見かけたが、彼等は仕事で手一杯で、カイのことなど相手にしない。「何をしに来た」とか尋ねられると面倒なのでむしろ有難いと思いながら、カイは池のほとりに生えている木にもたれて牧場の建物の方をなんとなく眺めながら、呼び出した相手を待った。



 だが、いくら待っても誰も来ない。やがて日が傾き、落ちそうになっても、結局誰も来なかった。

 からかわれたのか、悪いいたずらか。それとも、相手の都合が悪くなったのか。

 わけがわからないが、これ以上待っていては暗くなってしまう。


 カイは「やれやれ」と独り言をこぼすと、どんどん暗くなっていく帰路をたどった。

 叔父の家に帰りつくと母屋に裏口から入り、台所から夕食をねぐらである納屋に運ぶ。味わうような代物ではないのでさっさと食べ、さっさと片付ける。

 幸い、叔父の家族とは誰とも顔を合せなかった。ギエリにでも出くわしていたら、帰りが遅かったことをああだこうだと言われていただろう。

 疲れていたので都合がよかったと思いながら、寝床に入るとすぐに寝入ってしまった。

 その夜は何の夢も見なかった。




 翌朝、カイが早くから起き出して畑仕事をしていると、七、八人の男たちが走ってくるのが見えた。

 男の一人がカイを見つけると、こちらを指差して叫んだ。


「いたぞ! 捕まえろ!」


次話に続きます。引き続きお読みいただけますように。

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