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魔法使いと剣士の卵 ーうすら笑いと仏頂面のカイとディートの物語ー  作者: 花時雨
第二章 魔法使いと剣士

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第十話 収穫祭の踊り

 その日の午後、昨日の原っぱにはカイが先に着いた。

 カイは昨日ディートと別れてからも、自分にとって初めてできた同年代の頼もしい友人が言っていた魔法書はどんなものだろうかと、ずっと考え続けていた。夕食も上の空で、スープで流し込むように食べた。もっとも、味を楽しむような代物ではないので、むしろ幸いだった。夜はわくわくしてよく眠れず、朝も早くに目が覚めてしまった。

 こんなことは生れて初めてのことだった。

 いや、都にいた幼いころにはあったように思える。あのころは両親もまだ健在で、家族で遊びに出かけるのが嬉しくて眠れない日もあったような気がする。


 カイは父母との思い出の微かな記憶を探ったが、そんな感傷も畑仕事や水汲みなどの家の仕事を終えるころにはすっぱりと消え去っていた。ヤギはいつもより早くに散歩に連れ出され餌を与えられて面食らっていたかもしれないが、味の良い青草を少し多めにふるまったのでそれで勘弁してもらおう。


 約束の場所に先に着いて、魔法のことをああでもない、こうでもないと考えているうちに、向こうからディートがやってくるのが見えた。

 カイが手を挙げて大きく振ると、ディートも軽く振り返してきた。


「よう、カイ」

「おう。ディート、どうだった? 借りられたか?」


 ディートがそばまで来るのを待ちかねて、カイは急き込んで尋ねた。

 だが、ディートはカイの前に立つまで答えなかった。顔色はよくなく、顔つきは険しい。それを見て、カイの声が低くなった。


「……だめだったのか?」

「いや。借りられた」

「そうか! ありがとう」


 カイの声が弾む。だが、ディートの声は低いままだ。


「本は借りられたが、条件がある」

「条件? どんな? 金だと、俺は払えないぞ」

「いや、そんなことじゃない。あの裕福な町長が、今さら、俺たちから金を取ろうとするわけがない」

「それはそうだな」


 カイはうなずいた。町長は金だけでなく人徳もあり、貧しい人々を助けるのに私財を投じることを惜しまない人物だ。若者から本の貸し賃を取るようなせせこましい金儲けはしないだろう。

 ディートフリートはカイの顔色を見ながら続けた。


「町長じゃなくて、お嬢さんからの条件だ。収穫祭(エルンテフェスト)の踊りに参加しろということだ」

「祭の踊りに?」

「ああ。命じられたのは俺だが、お前も一緒に参加するよな?」

「いや、俺は……」


 カイはその先の言葉を()んだ。

 去年までは自分も収穫祭はもっぱら見物する側だった。どちらかと言えば嫌われ者である自分と踊りたがる娘はいないだろうとも思う。できれば断りたいと思ったが、目の前のできたての友人の引きつったような表情の理由に気がついた。


 これまでの五月祭(メイフェスト)や収穫祭で、ディートが娘たちと踊っているのは見たことがない。

 そういえば、こいつは普段から町の娘たちと関わらないようにしている。たぶん、武術や保安官助手見習の修行の妨げになることをおそれて避けているのだろう。

 その男がこんなことを言い出したということは、きっと、俺のための本を借りるのに無理強いされて、受けざるを得なかったんだろう。こいつは俺のために、気の進まない踊りを踊ることを決意してくれたんだ。それを一人で放り出すことなんて、できるもんか。


「ああ、わかった。俺もお前と一緒に参加する」

「そうか、よかった」


 カイが答えると、短く応じるディートの顔から力が抜け、見るからにほっとした顔つきになった。

 なんだ、こいつ、いつも無表情を取り繕っているようでも結構気持ちが顔に出るじゃないか。怒っていた肩も下がってるし。

 少し面白く思いながら、カイは言葉をつけ足した。


「俺は今まで、踊ったことはないけどな」

「俺もだ。お嬢さんにこれを渡された」


 ディートはそう言って、肩から下げていた鞄から一冊の本を取り出してカイに向けて差し出した。


「これに踊り方が書いてあるそうだ」

「そうか。読んでみようぜ」


 二人は木陰の草の上に座り込んだ。

 ディートが本のページをめくって広げて指で差す。


「ここだ」

「ああ。簡単な絵もついてるな。……向き合って右に三歩動いて、次に反対側に二歩か」

「それから……内側に二歩下がって手を叩いて、今度は外側に二歩出てまた手を叩く、と」

「えっと、つないだ両手を軸にして、右回り、左回り」

「そして相手の手を取って持ち上げて、女性がその下を右に一度回って、逆回りで戻る」

「読んでいたら、なんとなく思い出してきた」

「ああ、見物したことは何度もあるからな」

「じゃあ、後で二人で練習するとするか」

「いいとも。何回かやれば、それらしい形にはなるだろ」

「男役と女役は交互だぞ。いいな?」

「わかってる」


 カイはそう答えた後に、うつむいてぽつりと言った。


「わかってるけど、お前と踊っているところは、誰にも見られたくないな」

「俺もだ。とくに、女性役をやっているところはな」


 応じるディートの声も低い。カイは思わずその姿を頭に思い描いてしまった。

 背の低い自分がディートの手を取る。体の大きな相手に何とか合わせようと精一杯に背伸びをし、つないだ手を掲げる下を、スカートをはいて女装したディートが窮屈そうに体を縮めてくるりくるりと回りながら(くぐ)ろうとする。だが、いくら想像を豊かにしても潜れず、頭を腕にぶつける姿しか浮かばない。


 カイが笑いをこらえていると、ディートも同じことを思っていたのか、いきなり立ち上がるとその場で変に腰をかがめ、くねくねと体を妙な具合にうねらせながら回り出した。


「こんな感じか? もっと小さくならないと無理か」


 そう言いながら、大きな体をさらに小さくする。その無理な仕草と真面目くさった仏頂面と声に、カイは我慢できなくなった。「くっくっく」とこらえきれない声を洩らしながら体を二つ折りにする。「ディート、やめろ、やめてくれ」と言いながら顔を上げると、友も小さくした姿を震わせ両手で腹を押えている。

 その姿に、さらに笑いが止まらなくなる。

 ディートもこちらに顔を上げ、目と目が合った途端に二人とも大声を上げて笑い出した。

 二人はしばらくの間、笑いながら草の上を転げまわっていた。



 思う存分に笑った後にようやく落ち着くと、ディートがまた鞄を開いて別の本を二冊取り出した。


「踊りはさておいて、これが町長から借りた魔法の本だ」

「二冊も借りてきてくれたのか」

「ああ。もっとあったが、お嬢さんに捕まってしまったからな。取りあえず、手近にあった二冊を借りてきた」


 そう言いながら差し出された、二冊の本をカイは受け取った。一冊は薄く、もう一冊はやや厚い。カイは革製の濃淡二色の茶色い表紙を交互に見ながら礼を言った。


「ありがとう。両方とも読んでみるよ」

「もしこれが役に立たなければ、また他の本を借りてくるからそう言ってくれ」

「手間をかけてすまない。助かるよ。恩に着る」

「借りてきただけじゃないか。気にするな」

「早速、ここで読んでもいいか?」

「そう言うと思っていた。もちろんだ。俺はあっちで剣術の一人稽古をしているから、何かあったら呼んでくれ」

「わかった」


 そう答えるなり、カイは早速に立木の根元の据わり心地のよさそうな場所に座り込んだ。まだ日も高く、枝葉の影はカイの姿を覆っている。軟らかな光と風の中、いかにも読書がはかどりそうだ。一冊の本を腿の上に置き、もう一冊の表紙を開く。自然と顔が緩み、いつものうすら笑いとは異なる微笑みが浮かぶ。

 わくわくという擬音がしそうなその様子を見て、ディートは静かに離れて行った。彼も、自分の両方の口角も上がっているのには気がつかないままだった。



 二十分ほどして、ひとしきり準備運動を終えたディートがカイの所に戻ってきて声をかけた。


「どうだ?」


 カイは顔を上げた。友を見るその顔の、眉の間に皺が寄っている。今まで読んでいた一冊目の薄い本を閉じて片手で持ち上げて見せながら答えた。


「こっちの本はだめだな。ざっと目を通してみたんだが、書いた自分がいかに凄い魔法使いであるかの自慢話と他人の魔法の悪口しか書いていない」

「そうなのか」

「ああ。前書きで、自分は風火水土の四魔素すべての大魔法が使えて、その威力は竜巻、噴火、洪水、地崩れと同じぐらいの、ただ一人の本物の魔法使いだと言っている。竜やシルフと遭遇したこともあるらしい。戦おうとしたら、相手がこちらの魔法を怖れる気配をみせたので、意思疎通を図って人里近くから追い払ったそうだ」

「それは凄いな」

「ああ。だからすごく期待したんだ。ところが肝心な中身は、これまでにいた有名な魔法使いと、その人たちがどんな魔法を使ったかを書き連ねてその欠点をあげているだけなんだ。それも、魔法の発動方法とかは書いていない。しかも、書いた本人の魔法のことは名称も効果も具体的なことは何も書いていない。この著者のアルヴィセントっていう人、本当に魔法を使えていたのか、疑わしくなるぐらいだ」

「要するに、その本は役に立たないってことか」

「そうだな。全然というわけでもないけど、あまり参考にはならないかな。まあ、仕方がないさ。こっちはどうかな。同じような内容じゃなきゃいいんだけど」


 カイは腿の上に置いていたもう一冊の本を取り上げ、今まで読んでいた薄い本を置いた。

 表紙を開いて、今度は疑わし気な目で読み始める。だが、少し読み進んでページをめくるころには顔つきが変わり、食い入るように見つめる視線が忙しく行を追って横に流れては戻る。その様子を見て、ディートは一人稽古に戻った。


次話に続きます。引き続きお読みいただけますように。

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