1話
鉄の臭いが漂う戦場、紅の空に照らされた大地は真っ赤に染まっているが、それが夕陽によるものか兵士から流れたものなのか、誰にもわからない。
数刻前の、怒声が蔓延り金属音がけたたましく鳴り響いたこの地は当時の騒騒しさがまるで嘘のように静まり返り、戦場の中心となった国境沿いの丘陵地。
その場所で一組の強者が対峙していた。
一方は白銀のフルプレートを纏っており、帝国の紋章が描かれたマントを背負っている。もう一方は浅黒い肌をした筋肉質の巨漢であり、魔族の象徴ともいえる角を両耳の上から生やしていた。防具は付けていないが鍛え上げられた肉体は鋼のようだ。
「どうやらここまでのようだな」
手に持った大剣をこちらに突きつけながら魔将が語りかけてきた。
魔族と帝国、双方大軍を率いて戦った結果、数は劣るが個の戦力では勝る魔族側の勝利は決定的であった。途中、帝国側は敗北を悟ったが、それでも退くことは出来なかった。
長時間に及ぶ戦闘で魔族側はその数を大幅に減らしたが未だ集団を保っている。対して帝国側は騎士団長の彼一人だ。大勢いた部下は倒れ、大地に沈んだ。かろうじて生きている者もいるが、戦える者は誰一人残っていない。
「ふん、見くびるなよ お前たちが幾ら束になろうが私一人で十分だ」
そう言い返し、両手で剣を構える。
「威勢はいいが満身創痍のその体で何ができる?」
奴の言う通り、体は既にボロボロだった。白く輝いていた鎧は血と土でくすみ、あちこちに傷や凹みが見られた。鎧を貫通した穴からは血が流れでており、深手を負っているのは誰が見ても明らかだ。
しかし、ここで弱みを見せる訳にはいかない。
「なに、お前の頭をかち割ることぐらいは簡単だ」
そう言いながら勢いよく踏み込み、下から滑らすように剣を振るう。
"ギィン"
だがそれは奴の持つ大剣によってはじかれる。
それでも常人では目に追えない速さで剣を振るい続けるがそのいずれも奴には届かない。
時間はかけられない、長引けば長引くほど血は流れ消耗していく。このまま続ければ先に倒れるのはこちら側だ。
だんだんと焦燥に駆られていく。
焦りは禁物だと頭では理解しているが、迫り来る死の恐怖がそれを許さない。
一刻も速く決着を付けようとするその心が冷静な判断を鈍らせる。
そんな中、チャンスがやってきた。
窪地に足を取られ、相手の体勢が乱れのだ。
ここぞとばかりに剣を振るう。しかし剣先が魔将に届く前にその後ろから飛んできた魔法の矢に邪魔された。
クソッ!
そうだ、向こうにはまだ複数の兵士が残っている。
それまで静観していた彼らだったが自分たちの将がやられそうになっては黙っていない。ひとたび援護が入るとそれに続いて他の者たちも次々に同じ魔法を放っていく。
普段なら簡単に避けられる攻撃だが、今は防ぐだけで精一杯だ。
飛んできた矢の数本が防ぎきれずに鎧に当たる。そのうちの一本が膝に突き刺さり、膝から崩れてしまった。
しまった!
視界に体制を立て直した魔将が大剣をこちらに向かって大剣を振り下ろすのが見えた。
"ザッ"
"ドゴンッ!"
なんとか横に回避したが、続いて繰り出された蹴りを横腹に受けて地面に転がった。
転がりながらも剣は離さずに済んだがもう立ち上がれそうになかった。
「これで終いだ」
再度魔将が大剣を振り下ろしてくる。
絶体絶命の中、先に死んでいった仲間たちとの記憶が脳裏をよぎる。
皆、すまない
死を覚悟したそのときだった。
全身が淡く光り始め、温かい何かに包まれたような感じがした。
この現象に身覚えがあった。回復魔法だ。傷が瞬く間に塞がっていく。
だが誰が?と疑問に思うよりも早く、再び闘志が湧き起こるのを感じた。
一気に立ち上がり、動揺している相手の胸に一撃負わせた。
「ぐぁっ!」
たまらず魔将は後退する。
剣を構え直し、
「俺はまだまだ戦えるぞ!!!」
そう、吼える。
「「「ウォーーーッ!!!」」」
その言葉に続くように、
誰もいないはずの後ろから複数の雄声と足音が聞こえてきた。
後ろから聞こえた足音は徐々に大きくなり、両脇を通り過ぎていった。
それは倒れたはずの兵士たちであった。
突如復活した兵士たちは怒濤の勢いで、魔族軍へと突進していく。
突然のことで状況を飲み込めていない魔族軍は鬼気迫る表情で迫り来る帝国兵士たちに対応出来ず、次々と倒されていった。パニックに陥った魔族軍はあちこちに逃走し、統率を失って瓦解した。
「クソッ!撤退だ!」
その様子を見て魔将は不利だと判断したのか、撤退していった。
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戦いはなんとか終わった。
魔族側を追い返すことには成功したが、それはとても勝利といえるものではなかった。
辺りを見渡したがその悲惨さは思わず目を背けたくなるものだった。
「多くの犠牲者が出てしまいましたね」
生き残った部下がそう語りかけてきた。
「ああ、今回のことは急だったからな。
参加した兵士たちは付近の村や町の者がほとんどだ。
魔族の相手をした経験のあるものは少ない。だが、これはひどいな。」
「ええ、彼らの家族にどう説明したらいいのか」
魔族侵攻の報は突如としてもたらされた。この地は魔族領と帝国の国境沿いに位置するが険しい山に囲まれており、まさかそこを大軍で攻め込むなど誰も予想だにしなかった。
戦いに敗北することは周辺に位置する多くの村や町が滅ぼされるだけで無く、この地に眠る豊富な鉱物資源が奪われることを意味した。鉄の加工を主産業とする帝国にはなくてはならないものだ。
当時、付近の駐屯地で帝国の第三騎士団が演習を行なっていたことは不幸中の幸いであろう。
だがそれだけでは足りず、戦える者を片っ端から徴兵した。中にはろくに戦ったことのない者や武器も満足に扱えない者もいた。
そうして集められた彼らのほとんどは故郷に帰還することが叶わなかった。
「それにしても、一体誰が我々を回復させたのでしょうか?」
「それは俺も気になっているところだ。
・・・各国の戦地で戦闘中に突如回復魔法をかけられたという報告があったそうだ。
今回のこともそれと関係しているのかもしれんな。
だが今はこれからのことを考えるとしよう。
まだ息のある者たちを治療し、撤収を急いでくれ」
「はっ!それでは失礼します。」
部下は駆け足で去っていく。
」
もう既に日は暮れ月が顔を出している。明日は戦後処理が待っている、忙しくなりそうだ。そう思いながら静寂と哀愁に包まれた戦場を後にした。
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「・・・」「・・・」
少し離れた場所からそんな彼らを見つめる影があった。
初連載です。週一くらいのペースで更新を頑張りたいと思います。