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六匹

 金森から嫌がらせ。屋上でストレス発散。ペットショップで子犬を抱いて、またストレス解消。休日は一葉やクラスメイトたちと買い物をしたりカラオケに行ったり喫茶店でお茶を飲んだり。そしてアパートに帰るという毎日を繰り返した。

「じゃあ、また明日学校で会おうね」

 六時半頃、一葉と別れて暗くならないうちにと走ってアパートに向かった。その途中で、ふと足音が聞こえた。あまり気にならなかったが、翌日も翌々日も後ろから足音が聞こえるようになった。樹里が足を止めると音も止まる。歩き出すと、音が聞こえる。だんだんと冷や汗が流れ、まさかストーカーでもいるのかと不安になった。しかし樹里はそれほど可愛くはない。残念だが、告白されたことは一度もなく樹里が恋に落ちたのも一度もなかった。それなのに、なぜ突然ストーカーが現れたのか。里美に教えようかと携帯を取り出したが、逆に心配して帰ってこいと言われてしまう。もう一人暮らしはやめろと直樹も怒る。自由に過ごせる時間はなくなる。ずっと一人暮らしは続けたい。

「とりあえず、尾行されてるだけだし。おかしなことはされてないんだもん。気にしなければいいんだ」

 独り言を漏らし、一葉にも相談しなかった。

 二週間ほどで、足音は消えた。別の女に替えたらしい。ほっと安心し、また平穏な日々に戻った。

 ある日、ペットショップから出ると、目の前に金森が立っていた。ぎくりとして体が石のように固まる。

「金森先生? いたんですか?」

「いたらだめなのか?」

「いえ。だめではないですけど」

「赤城は、犬が好きなのか?」

「え? 好きですけど」

「世話をするのは?」

「まあ、それなりにできると思います」

 なぜこんなことを聞いてくるのか謎だったが、適当に返事をした。そうか、と金森は頷き、そのまま歩いて行ってしまった。

「金森は、犬飼ってるのかな。犬というより猫の方が好きそうだけど」

 そっと呟き、樹里もアパートへ帰った。

「あたしが犬好きだって知っても、意味ないでしょ。変なこと聞くなあ」

 一葉に電話をかけ、金森の言葉を伝えた。

「樹里が犬好きか? 確かに、何の役に立つのかって感じ」

「というか、あたしのこと嫌いなのに」

「もしかしたら、惚れてるのかもよ?」

「もう。おかしな妄想はやめてよ。好きな人に嫌がらせする? 優しくするものでしょ? 仕事の疲れを八つ当たりしないよ」

「嫌い嫌いも好きのうちって言うじゃん。樹里に特別授業をしようとしたのも、頭がよくなってほしいから。決して八つ当たりじゃなくて、親切心で話したんだよ」

「一葉はそうかもしれないけど、あたしはそう思えない。あんなナルシスト野郎。顔見るだけで腹立つ」

「まあまあ。金森先生にもいいところはあるよ。嫌なところだけじゃなく、いいところ探しもしてみなよ。意外とだめ人間じゃなかったり」

「いや。だめ人間だよ。初めて会った時から、こいつは性格歪んでるってわかった」

 誰が何と言おうと、金森は嫌いという気持ちは変わらない。ろくでもない男が担任になって、本当にこれだけは残念だった。

 月曜日の昼休みに、職員室に呼ばれた。

「どうかしましたか?」

 抑揚のない口調で金森に聞く。

「いつも屋上で叫んでるけど、あれ、やめろ」

「やめませんよ。これからもストレス発散のために」

「近所に住んでる人たちから苦情来てるんだぞ。担任の俺が謝ってる。こっちの身にもなれ」

「なら嫌がらせしないでください」

「嫌がらせ?」

「はい。毎日あたしに嫌がらせしてくるでしょ。金森先生が嫌がらせしないなら、あたしも屋上には行きません」

「俺がいつ嫌がらせしたんだよ?」

「難しい問題ばっかり当ててくる。宿題が多い。全部嫌がらせじゃないですか」

「それはお前が馬鹿だから。お前が遊んでばっかりで、全然勉強してないのが原因だ。俺のせいにするな」

 本当に、この男は何もわかっちゃいない。だがうるさいのはさすがに申し訳ないので、大声で叫ぶのはやめることにした。



 土曜日は、ぶらぶらと散歩した。久しぶりに一人で過ごす。たまにはこういう息抜きもしないといけない。しばらく歩いて、樹里と同い年くらいのやけに派手な格好をした女子が、大学生と思われる彼氏とイチャイチャしながらデートしていた。その顔に、はっと心臓が跳ねた。あれは、幼稚園児の頃ペットを飼っていると自慢してきた子だ。幼い時の樹里のライバル。卒園してから会わなくなったが、まさかすぐ近くに住んでいたのか。そっと後ろに移動して、彼氏とのおしゃべりを聞いた。

「ねえ、バッグ買ってえ」

「また? 先週、二十万のバッグ買ってやったじゃないか」

「いいじゃん。チューしてあげるから」

「しょうがないなあ。全く、りっこはわがままだね」

「やったあ。大好きっ」

 そして周りに人がいるのに、熱烈なキスをした。彼氏は頬が赤くなって、すっかりメロメロになっている。りっこと呼ばれた女子は、露出度が高い服を着て、ピアスは八個も付けている。

「りっこ……。そういえば、そんな名前だった」

「樹里ちゃん。いいでしょ。りっこ、ワンちゃん三匹も飼ってるのよ」

 ペットのアルバムを見せて、にっと笑っていた。

「え? すごい。羨ましいなあ。今度抱っこさせてよ」

「やーだよー。りっこのワンちゃんが汚れたら嫌だもん」

「汚れる?」

「ママ、樹里ちゃんは貧乏で、ゴミ屋敷に暮らしてるから汚いんだよって言ってた。手も繋いじゃだめよって」

「ゴ、ゴミ屋敷?」

「ゴミばっかりの場所に住んでるなんて、ああ可哀想。ワンちゃん一匹も飼えないなんて」

 ふふふっと嘲笑う。一気に妬みが燃え上がった。

「あたし、貧乏じゃないもん。ゴミ屋敷に住んでないもん。ワンちゃんだって飼えるもん」

「ふうん。じゃ、今度写真見せてよ」

「わかった。いいよ。りっこちゃんより、ずっと可愛いんだからっ」

 しかし、直樹と里美は飼えないと首を横に振った。幼稚園に行くと、りっこは「やっぱりね」と勝ち誇った笑みで見つめてきた。今でもあの思いは忘れていない。

 さらに二人を尾行した。

「あっ。あのお店、新しくできたんだよ。外国のアクセサリーが売ってるんだって」

「もしかして、ほしいのか?」

「よくわかったね。ネックレスとピアス買って」

「よし。俺も頑張ってアルバイトするから、プレゼントしてあげる」

「いえーい。あたしのために、いっぱいお金稼いでね」

 すでに高そうなアクセサリーを身に着けているのに、どこまでねだれば気が済むのか。りっこのお願いに簡単にOKする彼氏にも呆れた。

「あんなふうに買ってたら、いつの間にかお金なくなるのに。騙されてるってわかんないの? 男って馬鹿だなあ」

 金が払えなくなったら、絶対に別れようと言われるだろう。散々金を食って、飽きたら他の男に変える。頭の悪い男に、やれやれとため息を吐いた。

 同じ年なのに、樹里とりっこは全く別の生き方をしている。あんなふうに彼氏とデートして、バッグやアクセサリーをねだる人生もあれば、彼氏なしで地味に暮らす人生もある。それぞれ進む道は違うのだ。

「……あたし、可愛くないし男の子にモテないから、ずっと独りぼっちなのかな。好きな人に告白する勇気もないから、無理かな……」

 呟いて、少し空しくなった。友人と遊ぶのも楽しいが、彼氏とどきどきするようなひとときも感じてみたい。

「もしかしたら、惚れてるのかもよ?」

 一葉の声が蘇る。樹里の恋人は、金森なのか。

「いやいや。あんなナルシスト野郎とは付き合わない。もし告白されてもお断りだ」

 うんうんと自分に言い聞かせ、そのまま散歩を再開した。

 五時にアパートへ帰った。部屋に入ってすぐに、里美から電話がかかってきた。樹里を心配している口調だ。

「どうかしたの?」

「何か困ってない? 大変なことが起きたりしてない?」

「大変なこと? 別にないけど」

「それならいいんだけどね」

 少し意味深な感じで、里美は電話を切った。

「大変なこと? 何それ? お母さんまで妄想人間になっちゃったの?」

 考えてもわからない。ただ、ほんの少しだけ樹里の心の中に黒い鉛が生まれた。

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