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四匹

 駅前に、大きなペットショップがある。登校は、いつもペットショップに寄ってから。下校もペットショップに寄ってから帰る。アパートでは飼えないので、見るだけしかできない。

「いいなあ。可愛い……。こんな子がアパートにいたら、めっちゃ癒されるだろうな」

 そっと呟く。樹里は犬が大好きで、散歩している人がいると必ず撫でさせてもらっている。子犬は抱っこもお願いする。

 ふと、過去の出来事が頭に浮かんだ。幼稚園児の頃、ペットを飼っている友だちが自慢してきた。イラついたので、直樹と里美に「ほしい」と話したが、そんなお金はないと首を横に振られた。

「でも、あたしも可愛いでしょって自慢してやりたいよ。悔しいもん」

「うちはうち。その子とは違う家庭なの」

「もし飼っても、お父さんたちは世話をしたり面倒見たりしないぞ。エサも樹里が買って食べさせる。できるか?」

 幼稚園児では、そんなことは絶対に無理だ。仕方なく諦め、その友だちとは一切口を聞かないとだけ決めた。

 ペットは、死ぬまで世話をしないといけないので大変なのだ。病気にもなるし、シャンプーやエサの値段も高い。直樹はそれほど稼げる父ではない。途中で捨てるなど無責任なこともできない。よく飼えなくなったとダンボールに入れて置き去りにする飼い主がいるが、それは人間失格だと思っている。飼うということは、世話をし、しつけをし、面倒を見て大事に護るという意味だ。子供だって同じ。産んだけれど育てるのは嫌だと考える親がいる。本当に信じられないが、子供を殺す親だって存在しているのだ。捨てられる、殺される子供の気持ちがどれだけ悲しく空しく辛いのかと想像したことはないのか。

「あたしのお父さんとお母さんは、子供を大切にしてくれる親で幸せだな。もちろん、それが当たり前なんだけど」

 ふう、と息を吐きペットショップから出た。

 外を歩きながら、里美に電話をかけた。

「あれ? どうしたの?」

「あのね。あたし、お父さんとお母さんの子供に産まれて、とっても嬉しいんだ。いつも可愛がってくれてありがとう」

「やだ、何よ。急に。一人暮らしして寂しくなったの?」

「そういうわけじゃないよ。ただ、ありがとうって伝えたくなったの」

「お母さんたちだって、樹里が元気に育ってくれてありがとうって思ってるよ。ところで、新しい生活には慣れた?」

「まあまあかな。困ってることは一つもないから大丈夫だよ」

「そう。お父さんは、樹里がうまく一人暮らしできてるのかな? って毎日心配してる。親馬鹿だからね」

「ははは。そっか。また電話するよ。じゃあ、またね」

 直樹と里美の思いが、胸を熱くする。少し恥ずかしいが、たまには「ありがとう」と親に言ってみるのもいいものだ。

 夕方になり、アパートへ向かった。ドアを開け、中に入る。「おかえり」という声がないのはわかっているが、「ただいま」と言ってみた。思った通り、返事は聞こえない。一人暮らしになったのはいいが、少し寂しいなという気持ちも生まれる。また、疲れていても料理は作ってもらえないし、材料がなければ買い物だってしなくてはならない。ため息を吐いて、とりあえずカップラーメンを食べようと湯を沸かした。しばらくして、熱くなった湯を容器に注ぐ。簡単な夕食を終わらせた。次に風呂に入るが、洗うのは面倒なためシャワーだけ浴びた。十五分であがり、バスタオルを忘れていたのに気付く。濡れた体で部屋へ行き、タオルで拭いてパジャマを着た。こういう時、家族のありがたみを感じる。誰かがそばにいてくれるという安心感。しかし、十六歳なんだから自立しないといけないでしょと偉そうに言ったため、今さら帰るわけにはいかない。いつまでも親に甘えていてはだめだ。いつか親は死んでしまう。その時、自立できていなかったら路頭に迷う。寂しいならバイトでも始めればいい。強く自分に言い聞かせた。

「あたしはポジティブ思考な女なんだ。お父さんとお母さんがいなくても、一葉と友だちがいるんだから寂しいなんて落ち込んでちゃだめ」

 パンパンッと両手で頬を叩き、数学で九十二点もとれたことを思い出した。

 金森の言っていた特別授業はなくなったが、相変わらず当てられるし宿題も多い。いつまで嫌がらせが続くのかと恨みが募っていく。あの男さえ消えれば、自分はもっと幸せになれる。

 一葉も樹里の愚痴を毎日聞くのは気分が悪いと、学校の屋上に昇り不満を空に向かって叫んだ。

「ナルシスト野郎なんか、いなくなれえっ」

 さすがに金森と名前は言えなかったが、胸の中がスッキリするまで何度も繰り返した。

「あたしの前からいなくなれえっ。あたしの青春を邪魔するなっ。自分はかっこいいなんて勘違いするなっ。全然尊敬できないんだからっ」

 一通り不満を吐き、ふう……と息を吐いて教室に戻った。

 クラスメイトは、樹里の声を聞いていた。

「さっき、何言ってたの?」

「ナルシスト野郎って誰?」

「ちょっとイライラしちゃって。ナルシスト野郎は、特に意味はないよ」

「そうなの? 赤城さんって面白いね」

「あたしは、イライラしても大声で叫んだりできないよ」

「う、うん。普通はそうだよね」

 はははと苦笑し、そこで口を閉じた。

 暇さえあれば、屋上で愚痴をこぼした。みんなに驚かれるが、とてもストレス発散になる。それほど金森は樹里にとって悪な存在だった。一葉にだけナルシスト野郎の正体がバレた。

「金森先生のことでしょ」

「すごい。よくわかったね」

「樹里が嫌ってるの知ってるし。もしかしたら金森先生にもバレてるかもしれないよ」

「バレないよ。あいつ、自分がナルシストだって気づいてない。まさか自分のことだなんて考えてないよ」

「そうなのかな? これは金森先生に聞いてみないとわからないね」

 生まれつきの性格なので、ナルシストが当たり前だと感じている。周りも同じようにナルシストだと勘違いしているはずだ。金森の方が馬鹿で、世間について勉強するべきではないのか。非常識な人ほど面倒な者はいない。他人の気持ちが見えない人や、自分勝手で俺様な人。少しでも頭にくると手を上げる人。

「そんな奴に、あたしの青春を潰されたくない」

 とにかく金森とは絶対に関わりたくなかった。さっさと担任が替わればいいのに。




 その日も放課後に、ペットショップに寄った。

「可愛い。ペットがいたら、金森のストレスも一気に解消するのにな」

「抱っこしてみます?」

 店員が声をかけてきた。驚いたが、すぐに頷いた。

「いいんですか?」

「もちろん。どの子にしますか?」

「じゃあ、このパピヨンの男の子」

 店員はケースから出し、樹里に渡した。落とさないように気を付ける。

「うわあ。持って帰りたい」

 ぎゅっと抱きしめ、大人になったら飼おうと決めた。

 ペットショップを後にして、里美に電話をかける。

「あたし、大人になったらペット飼ってもいい?」

「え? ちゃんとお世話できるの?」

「一人じゃ無理だけど、お母さんが手伝ってくれれば」

「樹里が飼うって考えたんだから、一人でお世話しなさい。お母さんに頼ったらいけないでしょ」

「まあ、そうだけど」

「それから、必ず最後まで育てるんだよ。途中で捨てるなんて無責任なことしちゃだめだよ」

「わかってる。あたしだって、ペットを置き去りにするのは人間失格だと思ってる。捨てられるペットも寂しいし悲しいもんね」

「見捨てられるのが、どれほど辛いのか。人間だけじゃなくて、動物にも感情があるってこと、ずっと頭の中に入れておいてね」

 そして電話が切れた。

「……見捨てられる辛さか……」

 暖かくて優しくて、ずっとそばにいられると信じていたのに裏切られる。家族ではなく、恋人や友人でも同じことが言える。突然手のひらを返したように白い目を向けられたり、赤の他人という態度をとられたり。

「もし、お父さんとお母さんにそんなことされたら、あたし死んじゃうよ。死にたくなっちゃうよ」

 幸せになれないなら、生きていても意味がない。誰かが代わりに拾って育ててくれるなら話は別だが、一人ぼっちで人生を歩むのは地獄に落ちるのと一緒。いや、それよりも苦しいだろう。とはいえ樹里は両親に愛され友人にも恵まれているため、はっきりと辛さを想像できなかった。







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