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十七匹

 母さんの言葉に、俺は驚いた。

「え? 藍沢を締める?」

「お父さんと二人で決めたのよ。あと一カ月で藍沢は終わり」

「待って。こんなに人気なのに?」

「藍沢が人手不足なのは、たつきも知ってるでしょ? 兄妹三人しかいないんだもの」

 すると、うめとゆずが俺に抱きついてきた。

「うわああん。あたし、まだお仕事したいよお」

「うえええん。あたしも、まだお仕事やりたいよお」

「俺だって続けたいよ。締めるなんて……。冗談やめてくれよ」

「それに、あなたたちの人生も考えてるの。働かなきゃいけないから、友だちと遊びに行けない。部活もできない。あまりにも可哀想だって、お父さんも話してる」

「俺は、藍沢でお客さんにお茶やお菓子を出す方が好きなんだ。遊びや部活より、ずっと幸せなんだ」

「でも、もう終わりにする。これまで一生懸命仕事してくれてありがとう。うめとゆずもね」

 衝撃が強すぎて、がくがくと体が震えた。

「……人手不足が原因なんだよな? その他は問題ないんだよな?」

「そうだけど」

「じゃあ、俺アルバイトしてくれる人を集めてくる。店員が増えれば、続けていけるんだろ?」

「集める? どうやって」

「大丈夫。必ず連れてくるよ。心配しないで待ってて」

 三人とも不安そうな顔をしていたが、俺の頭には誘う人間の姿が浮かんでいた。さっそく明日、声をかけてみようと決めた。


 

 相変わらず、樹里は大牙との距離は縮められず、金森は親を見つけることができなかった。二人で話し合っているのを大牙にバレないように気を付けた。

「赤城も、疲れてるなら無理するなよ」

「大丈夫です。生まれつき頑丈にできてるので」

「しつけ役なんて頼んで……。ごめんな……」

 突然、謝ってきた。こんなことを言うのは初めてで驚いた。

「いえ。そんなに辛くはないです」

「本当か? 嘘ついてないか?」

「嘘なんかついてません」

「じゃ、このまま続けてくれるのか?」

「はい。あたしにできることはないですけど」

「よろしく頼んだぞ。赤城にしかお願いできないんだ」

 なぜ樹里だけと考えているのかわからなかった。他にも面倒見のよさそうな人は、たくさんいる。いろいろな疑問が胸に浮かんだが、黙って金森と別れた。

 樹里と同じく、一葉も珍しく深いため息を吐いていた。

「どうしたの? 悩み?」

「アルバイトできる場所が、全然ないの。とりあえず生活費はあるけど、塾やめさせるしかないかな」

「ええ? すぐに決まると思ってたんだけど。ところで、お母さんの手術は?」

「それは問題ないよ。パパから必ず成功するって教えてもらった」

「そっか。なら安心だね」

 しかし、アルバイト先がどこにもないのは心配だった。まだ高校生なのに、仕事について悩むなんて。いいアドバイスをしたいのに、全く役に立てない自分が嫌いになった。

 昼休みに二人で弁当を食べていると、たつきが教室へやって来た。

「あれ? たつきくん?」

「ちょっと聞いてほしいんだけど」

「え?」

「実は、藍沢が人手不足で締めるって母さんに言われて。アルバイトしてくれない?」

「アルバイト?」

「そう。俺とうめとゆずしか店員がいないんだ。あと三人くらい増えればなあ」

 一葉の瞳が光り輝いた。

「やりたい。ずっとアルバイトできる場所、探してたの」

「え? そうだったんだ」

「ぜひともやらせて」

「あたしも働いてみたい」

 樹里もすかさず言う。

「どうぞどうぞ。赤城さんと水橋さんと俺たちで五人か」

「大牙くんも誘ってみようかな?」

 樹里が呟くと、たつきは目を丸くした。

「大牙?」

「黒瀬大牙くん。怖いけど、キレなければ大人しいんだよ。それに他人と関わるっていう経験もさせないとだめだから」

「樹里、黒瀬くんの親みたいなしゃべり方だね。ママって感じ」

「お母さんなわけないじゃん。あんな大きな息子産んだことないよ」

 むっと答えると、たつきはにっこりと笑った。

「よし。黒瀬くんも合わせて六人。これなら平気かな」

 ほっと息を吐いて、たつきは教室から出て行った。

「それにしても、お店って大変だね。人手不足になると働けなくなるんだ」

「人気のお店でも、そんなふうになっちゃうんだね。ああ、よかった。藍沢でアルバイトできる……。少しずつでもお金貯めて行こう……」

 世の中の厳しさを知った。将来自分たちが大人になった時にどんな暮らしをしているかと、少しだけ緊張が生まれた。

 アパートに帰り、大牙の部屋のインターフォンを押す。とても気分が悪そうな顔を見せた。

「どうしたんだ?」

「あのね。あたしの友だちに茶屋たつきくんって子がいるの。喫茶店を家族で営んでるんだけど、人手不足で困ってるみたいなの」

「へえ。それで?」

「アルバイトしてあげようよ。喫茶店の手伝い。大牙くんも一緒に」

 どきどきと心臓が跳ねる。もちろん、大牙は鋭く睨みつけた。

「アルバイト? するわけねえだろ」

「でも助けてあげたいじゃない。すごく人気なお店なんだよ。締めるなんてあんまりだよ」

「じゃあ聞くけど、お前は俺が働けるって思うのか?」

 冷や汗が流れた。恐らく無理だ。いざこざや問題を起こすに違いない。

「そ、それは……」

「俺が暴れたら、もっと面倒なことになるだろ。客一人も来なくなるんじゃねえの?」

「あたしは、大牙くんが自立できるように練習するためにもいいんじゃないかって考えてるの」

「自立?」

「このままじゃ、金森の言ってた通り独りぼっちで生きて行く人生だよ。公園にいた頃と同じになっちゃう」

「お前に心配されなくても、すでに自立できてる」

「できてない。全然礼儀がなってない。キレたら大声で怒鳴って脅かせばいいって思ってるのが、だめ人間って証拠だから」

 だが大牙は首を縦に振らなかった。

「いい加減にしろ。さっさと出て行ってくれ。お前のフザけた話に付き合ってる暇はないんでね」

 冷たい口調であしらわれたが、さっとドアの隙間に足を挟んだ。ドアを閉められないようにするためだ。

「おい。足、どかせろ」

「大事な友だちが悩んでるの。最初は慣れなくてイライラしたり戸惑ったりするかもしれないけど、それはみんな同じ。大牙くんだけじゃないよ。少しずつ慣らして、たつきくんを助けてあげよう」

 強い眼差しを向けたが、大牙は目を逸らして聞く耳持たずだった。仕方なくその日は諦めて、樹里も部屋に帰った。

 三日後に、たつきが樹里と一葉の身長を確かめにきた。

「制服作らないとだめだからね。背の高さだけ教えてくれればOK」

「そっか。あたしは一五八センチだよ」

「あたしは一六三センチ」

「ありがとう。赤城さんが一五八センチで、水橋さんが一六三センチね」

 本格的にバイトが始まるのだと、胸に期待が溢れた。これで大牙が頷けば、もっと心の中が明るくなるのだが。

 土日は、たつきに営業の内容について詳しく説明された。

「常にスマイル。疲れてても、ずっとスマイルだよ。藍沢は、笑顔が絶えない店なんだ」

「ふむふむ。たつきくんも、ずっとにこにこだもんね」

「さらにお客様は神様ですっておもてなしの心を持ってね。たとえば、注文を間違えて怒鳴られたり、お茶やお菓子をこぼして睨まれたりしても、うるさいって喧嘩腰になっちゃいけないよ。すみませんって謝るだけ」

「けっこう難しいね。あたし、頑固な性格なんだ。怒鳴り返しちゃうかも……」

「不安なら会計でも構わないよ。お金なら争いも少ないだろ」

 小学生のうめとゆずを尊敬した。きちんと店員をこなしているのはすごい。一葉も二人を褒めていた。

「あたしより、ずっと大人だよ。見習わないとな」

「うん。立派だよね」

「ところで、黒瀬くんはどう? アルバイトするって言ってる?」

「ううん。やる気ゼロ。たつきくんを助けてあげようってお願いしても、聞こえないフリしてる」

「あらら。それじゃ無理かな? でも、黒瀬くんはやめておいた方がいいかも。外見が荒々しくて、何というか……オオカミみたいじゃん」

 どきっとした。一葉に樹里がオオカミ男のしつけ役をしていると伝えていない。

「オオカミは、ちょっと言いすぎじゃない?」

「初めて教室に入ってきた時、そういうイメージがしたよ。他の子もそう話してる。黒瀬くんはオオカミ男って」

「いやいや。別に噛みついたり襲いかかったりしないよ」

 苦笑したが、緊張で全身ががんじがらめになった。放課後、慌てて金森に電話をかける。

「みんなに、あたしと大牙くんの関係がバレちゃったようです」

「赤城が大牙の面倒を見てるって?」

「そうです。どうやって誤魔化しますか?」

「大丈夫だ。もし気づいてたら、もっと噂が広がるだろ。水橋も冗談で、口からポロっと出てきたんだよ。本気でオオカミなんて考えてないはずだ」

「ならいいんですけど」

「それより、大牙にアルバイトしないか? って誘ったらしいな」

「ああ。たつきくんっていう友だちのお店が、人手不足で困ってて。アルバイトしてくれないかって頼まれたんです。仕事は他人と協力しながら行うから、ちょうどいい経験になると思ったんです」

「俺も赤城の考えには賛成だ。けど、ちょっとでもイラつくと暴れる性格だからな」

 金森にも予想できないらしい。七年間もそばにいた金森でさえわからないのだ。やはり大牙にアルバイトは不可能なのだろうか。



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