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十四匹

 金森に、まだ大牙が九歳だった頃について質問してみた。

「アルバムがあるぞ。見てみるか?」

「はい。お願いします」

「明日、学校に持ってくる。大牙には内緒にしろよ」

「え? どうしてですか?」

「とにかく、みすぼらしい姿だったんだ。赤城に見られたって知ったら、大暴れするぞ」

「わかりました。バラしません」

「よし。必ず守ってくれよ」

 そして金森と別れた。

 翌日の放課後、職員室でアルバムを渡された。開くと、茶色く染みて穴の開いたボロ切れの服を着ている少年の写真が貼られていた。肌は白く、ガイコツのようにガリガリに痩せている。

「酷い。こんな体をしてたんですか」

「哀れすぎて泣けてくるだろ。親も住む場所も名前もなくて、死にたい殺してくれしかしゃべらない子だった」

「苦しんでるのに助けてあげないなんて、周りの人冷たすぎです」

「だけど、もし家に来たらどうする? 汚れた服にバイ菌が付いてて、家族が病気にかかるかもしれない。自分たちの健康の方が大事だって考えるだろ」

「だからって……。親は、どこにいるんですか?」

「大牙の親か。俺も探してるんだが、全く見つからない。本当、どこに逃げたんだか。我が子を見捨てて無責任ったらないよな」

「血が繋がった子供を愛せないなんて。だったら始めから産まなきゃよかったんですよ」

「それは俺も同じだ。ただ、愛さなかったんじゃなくて、どうしても育ててあげられなかった理由もあったのかもしれない」

「育ててあげられなかった?」

「たとえば、両親が病気持ちだったとか、養育費が足りないくらいの貧乏だったとか。とは言っても、公園に置き去りにはしないけど」

「そっか。確かに、育ててあげたかったけど無理だったっていうのはあるかもしれませんね」

「まあ、大牙は育児放棄だって決めつけてる」

「大牙くんの心が閉じたのは、親に捨てられたっていうショックが原因なんですよね。でも金森先生は大牙くんを面倒見てきてあげたじゃないですか。七年間も。その金森先生にも心を開かないって、おかしいですよ」

「反抗期もあるかもしれないな。思春期が始まって、急に口聞かなくなったから」

「反抗期が終われば、心が開く?」

「いや。それほど簡単じゃないだろ。とにかく大牙を愛して大事に護ってくれる存在が現れるまでは」

 気が遠くなるような問題に、樹里は返事をしなかった。親が戻ってこない限り、大牙の気持ちは動かない。さらにアルバムをめくると、だんだんと成長し体が大きくなった大牙に変わった。

「大牙は、ハンバーグが好きなんだ」

「え?」

「マンションに来て、俺が初めて食べさせてやったのがハンバーグ。痩せてたから三人分の量を作ってやった。大食いさせて、今は俺よりも背が高いし力も強い」

「あたしがハンバーグ作った時は、いらないって怒鳴ってたけど」

「へえ。あいつに手料理食べさせてやったのか」

「パンしか食べてなくて、栄養をとらないと体を悪くするよって」

「どうだった? 感想は」

「まずいだけでした。大牙くんのために料理の勉強しようって言ったら、余計なことするなって睨んできましたよ」

「そうか。なかなか心は開きそうにないな」

 はあ、と金森はため息を吐いた。樹里はアルバムを返して、職員室から出た。

 アパートに向かいながら、樹里も大きく伸びをした。

「あーあ。これから大牙くんと、どうやって付き合っていけばいんだろう。せめて親が育児放棄をしたのか、仕方なく捨てるしかなかったのかがわかれば……」

「うるさいっ。黙れよっ」

 突然、男子の雄叫びが耳に入った。びくっと体が固まる。

「え? な、何?」

「俺を捨てるのか? 馬鹿にするのも大概しろっ」

「ニャーッ」

 猫の威嚇した声も聞こえる。どうやら樹里に向けた言葉ではなかったらしい。

「あ、あたしに言ったんじゃないんだ。びっくりした……」

 慌ててアパートへ走った。

 部屋に入り、ベッドに寝っ転がった。

「俺を捨てるのか? か……」

 先ほどの怒鳴り声が蘇った。まるで大牙の気持ちを表したようなセリフ。今までそばにいたのに。愛していたのに。信じていたのに。俺を見捨てて行ってしまうのか。

「あたしはそばにいるよ。大牙くんを一人にしない。見捨てたりしないよ」

 そっと呟いて、ゆっくりと目を閉じた。

 熟睡したのか、目を覚ましたのは翌朝の十時半だった。

「ああっ。遅刻っ」

 大急ぎで起き上がったが、なぜか学校に行く気が失せて金森に電話をかけた。

「あたし、具合が悪いので今日は休みます」

「わかった。疲れた顔してたもんな」

「は、はい。すみません」

 以前は仮病をしているのではと疑ってきたが、大牙のしつけ役を頼んで申し訳ないという思いがあるのか、すんなりと受け入れてくれた。携帯を鞄にしまい、バタッとベッドに倒れ込む。

 夕方頃、ドンドンとドアを叩く音が聞こえた。インターフォンを押さないのは大牙なので、すぐにわかった。

「ああ。大牙くん」

「具合悪いのか? 慧人が話してた」

「ちょっとね。でも、もう治ったよ」

「それならいいけどな」

「もしかして心配してくれたの?」

「別に。治ったなら、俺はこれで」

 抑揚のない口調。だが、ほんの少しでも大丈夫なのかと考えていたのかと嬉しくなった。

「ありがとう。優しい男は、女の子にモテるよ」

「モテなくてもいい。目障りなだけだ」

「寂しいこと言わないでよ。彼女ができたら幸せだぞ?」

「うるせえな。ふざけてると殴るぞ」

「はいはい。ごめんね」

 謝り、ドアを閉めた。もっと穏やかな性格になってほしいと願った。

 ぼんやりとテレビを観ていると、携帯が鳴った。里美からだ。

「お母さん? どうしたの?」

「ううん。特に用事はないんだけど。……寂しかったら、いつでも家に帰ってきていいからね」

 ふと一葉との会話が胸に浮かんだ。

「ねえ、一人で暮らすのって、楽しいかな? 寂しいかな?」

「ちゃんと自分の家があるなら、寂しくはないんじゃない?」

「自分の家?」

「ただいまって言ったら、おかえりって返ってくる場所だよ。優しいお父さんとお母さんが待っててくれる。そういう空間があれば」

「樹里?」

「え? あ、ああ……。大丈夫だよ。一葉やクラスメイトがいるから」

「そう。お父さんもお母さんも、いつでも樹里を待ってるからね。遠くにいても、ずっと樹里を大切に思ってるよ。安心してね」

「ありがとう」

「それじゃあ、頑張ってね。また電話するよ」

 電話が切れて、ぽろぽろと涙がこぼれた。両親が子供想いで暖かくて、感動した。大牙にも、こういう母親の言葉を聞かせてあげたい。きっと愛情に包まれたら、閉ざした心の扉も開くに違いない。



 大牙との距離を縮めるために、昼休みの弁当を作ってあげようと決めた。

「いらないって断られるだろうけど」

 よーしっと台所へ行き、携帯のレシピを調べて料理をする。前は自分のやり方だったから不評だったのかもしれない。ハンバーグだけではなく、サラダやデザートも用意した。

「完璧。早く明日にならないかな」

 こうやって料理を作るのは、女の子らしさもある。樹里を殴ると脅すのは、大牙の目に女の子と映っていないからだ。女の子だとわかれば、もう少し優しい態度をとってくれるはずだ。

「周りの人に助けてもらわなかったから、他人を信用できない。なら、たくさん助けてあげれば信じてもいいって思いが生まれるよね」

 樹里はポジティブ思考なため、自分にできることは全部やってみようと決めた。たつきが言っていた樹里の幸せビームで、大牙の心を明るくできるかもしれない。

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