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十二匹

 放課後、金森の携帯に電話をかけ、大牙の言葉を覚えている限り伝えた。

「やっぱりそうか……。同い年の女になら、素直になるって予想してたんだけどな」

「あたしには、大牙くんの心を開く力なんてありません。またマンションに連れて行って、金森先生がしつけてあげてください」

「それはいけない。あいつを自立させるために追い出したんだ。帰ってきて部屋に引きこもったら、ロクでもない人間になる」

「あたしだって嫌です。いつ襲いかかってくるか、酷い目に遭うか、不安で仕方がないんです。やっと一人暮らしになって、楽しい生活が送れるようになったのに」

「次第にあいつも変わっていくんじゃないか? 赤城とは仲良くしたいって」

「変わりません。きっと死ぬまでオオカミ男のままです。間違いないです」

 しっかりと断言した。金森は困ったという口調になった。

「一人で生きるのが当たり前なんだよな。まさに一匹オオカミだ」

「とにかく、あたしには無理です。そばにいたくないです。マンションに連れ戻してください」

 力強く言い切って、返事を待たず電話を切った。

 大牙に、たった一度きりの青春をめちゃくちゃにされるのはごめんだ。しつけ役なんか、絶対にやりたくない。携帯を鞄にしまうと、背中から大牙の声が飛んできた。

「誰にかけてたんだ?」

 疑うような視線。振り向かなくても、ありありと頭に浮かぶ。

「あたしが誰と電話してても、大牙くんには関係ないでしょ」

「俺のことだよな? いつ襲いかかってくるか、酷い目に遭うかって」

 聞こえていたのか。答えず無視をして歩き始めたが、ぐいっと腕を掴まれてしまった。

「おい。返事しろよ」

「うるさいな。早く帰りたいの」

 これ以上、会話をしたくない。疲れでとても体が重い。その思いが大牙に届いたのか、後ろから抱き上げられ、肩に担がれた。

「うわあっ。ちょっとっ。降ろしてっ」

「バタバタすんな。けっこうお前、軽いんだな」

 生まれつき、たくさん食べてもあまり太らない体質なのだ。背も低いし、大牙だったらひょいっと持ち上げられる。

「自分で歩けるからっ。降ろしてっ」

 しかし大牙はそのままアパートへ向かった。周りからどんなふうに見られているのかと恥ずかしくなる。部屋の前で、ドサッと落とされた。

「も、もう……。これからは担いだりしないでよ」

「しねえよ。今日は特別だ。ほら、鞄」

 勢いよく放り投げられる。この態度で、好意で運んだわけではないとわかった。ありがとうという感謝の気持ちも浮かばず、ドアを開いた。

 やることなすことが全て荒々しく、樹里にはついていけない。男らしく頼りがいがあると褒める人もいるかもしれないが、樹里には粗暴で野蛮な奴というイメージだ。心の中が見えないため、本当に何を考えているのかが想像できない。とにかく、とっつきにくくてそばにいてほしくない存在。

「……大牙くんと離れ離れになるには、どうすればいいのかな……」

 そっと呟く。やはり一人暮らしをやめ、自分の家に戻るしかないのか。きらきらと輝く青春。緊張とストレスでいっぱいだったという思い出にしたくはなかった。

 翌日も翌々日も、大牙に冷や冷やさせられながら過ごした。喧嘩は起きていないけれど、それでも安心などできない。金森がメールに書いていた通り、頭はとてもよかった。特に数学は抜きん出て、毎回テストは一〇〇点。体育でも大活躍し、スポーツ系の部活からは「ぜひ部に入ってくれ」と誘われる。もちろん本人はやる気ゼロなため、全て断っている。女子にもモテモテだが、告白はされていない。始めからフラれると諦めてしまうのだろう。さらに外見がワイルドで、近づくのが怖いのかもしれない。樹里はしつけ役なので距離を置くことはできず、仕方なく大牙に話しかけている。だんだんと、クラスメイトの間で噂が立ち始めた。

「赤城さんって、黒瀬くんとどういう関係なのかな?」

「もしかして付き合ってるの?」

「一緒に登下校してるらしいよ。住んでるアパートも同じなんだって」

「まさか二人暮らし?」

「それ、あるかも」

 これは、一葉から聞かされた。

「ええ? そんな噂されてるの?」

「うん。違うクラスでも、樹里と黒瀬くんの関係について気になってるみたい」

「そうなの? 知らなかった……。でも、別に関係なんてないよ。席がとなりってだけ。二人暮らしなんかしてないよ」

「じゃあ、樹里がそう教えてあげればいいんじゃない。ただのクラスメイトだって言えば、噂は消えるでしょ」

「そ、そっか。あんまり勇気が出ないけど」

「誤解を解くには、はっきりと樹里の口から伝えなきゃだめだよ。頑張れ」

 一葉に肩を掴まれ、曖昧に頷いた。

 何もかも金森のせいだ。金森がオオカミ男のしつけをしてくれとお願いしなかったら、噂だって悩みだってなかった。緊張とストレスで、とにかく疲れる。つい数か月前は、女の子たちと気楽に過ごしていたのに。とりあえず噂は消そうと考えた。



 翌日、クラスメイトたちに大牙との関係について詳しく話した。オオカミ男のしつけ役をしているとはさすがに言えないが、ふむふむと頷いた。

「そうなんだ。あたし、二人暮らししてるって思ってた」

「すでに恋人同士なのかな? って」

「ないない。とにかく、ただのクラスメイトってだけだから。変な噂流すのはやめて」

「そっか。ごめんね。他の子にも教えておくよ」

「うん。ありがとう。よろしくね」

 苦笑しながら、額に滲んだ汗を拭った。

 勇気を振り絞って誤解を解いたので、瞬く間に噂はなくなった。大牙の耳に入ったらどうしようと不安だったが、ほっと息を吐いた。

「まだ大牙は暴れてないな」

 金森から電話がかかってきた。

「はい。ずっと大人しくしてくれるといいんですけど」

「もう俺にはあいつを変えることはできない。赤城にやってもらうしかないんだ」

「あたしだって変えることできませんよ。喧嘩だって止められないし、大牙くんがあたしの言うこと聞くと思えません」

「そう言わないで、頑張ってくれ。もしかしたら心を開くかもしれないぞ」

 はあ、とため息を吐いて、一方的に電話を切った。面倒くさいから樹里に丸投げしているだけだ。だったら、始めから拾って育ててやろうなんて考えなければよかったのに。いきなりしつけ役にされるこっちの身にもなれと恨みが生まれた。

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