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第四十一話 はちみつ色の蜃気楼



 

 元帥の顔は、まるで風雨に晒されて剥き出しになった岩肌のようだった。

六年前の事件で、ホルスト元帥は自分の元部下を失っている。


彼は守衛として大公邸に仕えており、あの晩は不寝番だったという。

最後まで役目を果たそうとしたのだろう。開け放たれた寝室の扉から這って中へ進んだ血の跡があった。

 その不寝番の遺体の先に、大公の夫君と、二人の子どもである公子の亡骸が横たわっていた。


 そういった私情だけでここにいるのではない。しかし、忘れた事もない。

 どうやって、賊は大公邸へ侵入を果たしたのか。

何故バートン家の家令が入れ替わっていたのか。

点と点が、繋がりそうだった。



「あの、あの、ヨギ様」

「どうしたピッケ」


 ヨギの後ろにぴょこぴょこと鳥の巣のような頭を揺らす少年がいる。

神子様の小姓だろう。この場において、気を失っていないのは中々肝が据わっている。


「ルネさんを寝室に寝かせてきたんですけど、あの…こんなものが」


 恐る恐るといった体で、少年が差し出したのは、細い短剣だ。


「これを、あの青年の部屋で?」


 受け取りながらヨギ神祇官が再度聞いた。少年は、二度、頭を縦に振って応じる。


 ヨギ神祇官が、ホルスト元帥と目を合わせる。

コールボーイと呼ばれた、死にかけの青年。

その者が何故、短剣を用意していたのか。

繋がりそうな点と点、その間に、点がまた生まれた。



  ※



 トマは太い腰帯から武器を引き抜いた。

姉貴の空手道場で見た事がある気がする。三叉の武器だ。確か名前は…なんだったかな。

さい、(さい)、じゃなかったか? そうだ、思い出した。三叉の真ん中が長く伸びている武器だ。こっちの世界にもあるんだな。


 マコトが呑気に感心していると、トマは駆け出し、大きく踏み切った。

陸上の高跳びのような跳躍。空を横切る姿は、軽やかだった。

トマの身体は決して、小さくも、細身でもない。

 跳んだ先は、オグライゼンの後ろだ。

後ろをトマが取った。

懐へ入り込んで、接近戦というわけか!


 マコトは一瞬、演奏を忘れた。

慌てて、親指の動作を繰り返す。前の時のようなコンセプトはない。

けれど、トマの動きに合わせてリズムをつけるように鳴らしたら、面白いかもしれない。

剣戟の効果音か、はたまたエキゾチックな舞の合いの手か。

どう聞こえるかわからないけれど、何か効果はあるはずだ。そう期待した。



 トマの長い手足が鞭のようにしなり、男の急所を狙っていく。

二撃、三撃とかわされたが、足払いが決まった。男が倒れ込む。そこへトマが拳を振り下ろした。


 オグライゼンの腹、鳩尾のあたりに、武器の先端が刺さって食い込んでいる。

オグライゼンは咳き込んだ。


 だが次の瞬間、魔法でできた虫が一斉にトマを襲った。べちゃり、べちゃりと飛び跳ねててはトマの身体に張り付き、それらは段々と繋がっていく。そしていつの間にか土人形となって、トマを羽交い絞めにしていた。


 トマが舌打ちをする。


「今、確かに入ったはず…」

「違う! ジャン!」


 剣の構えをほどいたジャンを、トマが叱咤する。

土人形の締め付けが強いのか、男に入れた一撃、その武器が、トマの右手から離れて地面に落ちてしまう。


 カラン


 小気味よい金属音が響く。

それとは裏腹に、男の胴部が波のようにうねる。


 べちゃり、と泥が落ちた。


「こいつ……」

「腹にまだ泥をつけてやがったのか!」


 騎士たちが思い思いに叫ぶ。

瓢箪茄子の体型、あの膨らんだ腹には仕掛けがあったのだ。


「まだ手があったのか」

「まだ? まだとは、どれのことだ」


 リオネルに問われて、男は笑う。

自分の腹をさすると、泥ではない何かが剥がれた。

オグライゼンが見せたそれは、マコトの目には親しい大学ノートだった。


「……先代の日記!」


 今度こそ、マコトは演奏を忘れた。楽器を落としこそしなかったが、こちらの世界で、あの形、あのノートは、間違いなくマコトが借りた物だ。


 オグライゼンはにたり、と頬を吊り上げた。


「まだわかってないな。土魔法がどんなに偉大か。火に強く、水には混ざり、風と共にある大地はな……あらゆる生き物を、再び大地に還すのさ」


 そう言った男の手から、何かがちらちら舞っている。


「やめろ!」


 カーク・ハイムが叫び、単身突撃する。当然オグライゼンは石の飛礫をぶつけるが、反射魔法で防がれた。それだけではない。

 そのままオグライゼンに、返ってきたのだ。


「うう!」


 自分の魔法、瓦礫が全身を襲った。そうして呻くが、手はそのままノートを握っている。

いや、握っている物は、もう半分もない。


「まさか、あいつ」


 マコトもようやく理解が追いついた。ノートは紙、木のパルプが原料だ。

それを、土に還す。腐敗と腐食を進めているのだ。


 カーク・ハイムがオグライゼンに飛び掛かるが、寸での所でノートの破片を空に投げた。

それはそのまま、宙に散った。

 紙吹雪のように、一面に。

カーク・ハイムの手が、何もない宙を掴み、そのまま地面に身体ごと激突する。

男はまた、土壁と土人形を操っていた。


「お前が盗んだのか!」


 マコトは大声で叫んだ。


「ああ。金髪の坊やと一緒に消えればどう思うか、(はかりごと)をしてみたが、やはり急拵えでは

駄目だな。おれも専門外のことはやるべきじゃないか……まあ、そういう指示はあったんだよ」

「指示?」


 リオネルがすかさず問いただす。



「お前は重要な役職で、組織の上層にいるんだろ? 誰かの指示を受けるのか」

「そりゃそうだ。あんたも知ってるよ」


 へらへらと男が笑う。

あいつ、何を、何で笑ってんだ。


「…ルネを犯人に仕立て上げる為に、殺そうとしたのか」

「へ、ふふ、ははは」

「おい! 答えろ!」


 マコトは全身で叫んだ。


「奴は身売りしか出来ない哀れな人形だ。ははは、おれに使われて良かっただろう」

「お前!」


 がしっと後ろから肩を掴まれた。強い、びくともしない。

マクナハンが、マコトを押さえていた。

 振り返って、マクナハンの眉を剃った深い彫り、その中の目を覗く。

マクナハンが、何を伝えたいかわかった気がした。

息を大きく吐いて、もう一度、オグライゼンに向き直った。



「仕事がなんであれ、仕事だ。おれはそう思ってる。お前の仕事はなんだ。人を嵌めて、殺して、都合が悪くなれば逃げ出して、学者っていったか? それが、それのどこが学者だ!」



 太い眉根を歪ませて、男は聞き取れない何かを叫んだ。喚いて、怒鳴った。

唾をまき散らして、獣のように唸った。





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