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第四十話 土蜘蛛の輪舞




マコトは男を前にして、二度ほど立ち眩みが起きた。

恐怖からか、魔法で記憶を奪った張本人だからか、理由はわからない。


マコトはいま一つ実感が湧かない。

こんなにも早く敵に会うとは思っていなかったからか、それともまだ何か自分には足りない、欠けたものがあるからだろうか。

オグライゼンは大事なものを奪ったはずだ。忘れたくないものまで、家族との哀しい別れまで奪われた。そう思えばやはり、悔しい気がする。

けれどそれは先ほどの街の広場の一件で、どこかケジメがついてしまったのだ。

それより、この男がルネを殺そうとしたのか。

どうして、何故。そればかりが頭の中を占めている。


 この男をどう捉えていいかわからない。

輪郭のないもの、無脊椎動物のようなもの、それは姿形が判然としない。認識が曖昧なものには、漠然とした不安、不快な圧力を感じる。


 ただ、なんとなくこの男が怖い。

そんな心持ちだった。


そしてオグライゼンという学者崩れは、自分の理解を超えている。それだけはわかる。それは別に悔しくない。わからないものをわかった振りをしていいのか、それがわからない。


酒樽の中から出てきた遺体は、どう考えてもこの男の仕業だろう。オグライゼンが家令になりすますのに、邪魔だったから殺した。


じゃあ、あの怯えていた使用人はなんだったんだろう。

ルネはどうして、あんな事になっていたのか。



「マコト様、お気をつけて」


マコトを庇うように立つトマが小声で言う。


「奴の使っている魔法は、とても強力ですがそれだけ魔力量を使っているはずです」

「それは…つまり…」

「つまり、それだけ自信があるのか、反対に、ここで全てを終わらせるつもりでいるのか」


魔力が切れ、さらに魔力が枯渇すると人間は死んでしまう。

こちらの世界の便利な魔法も、万能というわけではない。魔力は心臓や血液のように、人間の生命機関の一つらしい。

トマは、あの男が無茶な闘い方をしていると言っているのだ。

死ぬことが怖くない。死んでも構わない。そういう人間が、どんな行動を取るのか。


「だから騎士たちも警戒しています。次の手が読めない。大公殿下は情報を引き出すおつもりのようです」

「な、なるほど」

「マコト様、危険を承知で言いますが、大公殿下に言われたモノはお持ちですか?」

「ああ、うん。あるよ」


マコトはオグライゼンに気取られないよう、前を向いたまま、ポケットを漁る。

それは小さなモノだ。


手の感触で、木の温もりと金属の硬さがわかった。

取り出して、両手を後ろに回す。

右手の親指と、左手の親指で金属の鍵盤を弾く。正確には、親指の爪で弾くと音が出る楽器だ。これはマコトのいた世界にもあった民族楽器、カリンバとそっくりだ。

音はそれほど大きく響かないので、楽団では使っていないと譲ってもらった。

 これもコードには当てはめづらいが、試しにAっぽいのを弾いてみる。そのまま、半音ずらして黒鍵のつもりで音を繋げると、トルコやアラビアを感じるフレーズが出来た。

面白いな、繰り返してみよう。



 その間にトマが大きく前へ出る。マクナハンがおれの側に寄り、おれを庇うように立った。




  ※




 邸の元帥はあれこれ指示を出し、王宮との連絡を取り、事態を収拾しようとしていた。


子爵と掃除夫を残し、他の使用人たちを別室へ連れて行こうとした時、何人かが悲鳴を上げる。

見れば、三人の使用人の顔が、歪んでいった。彼らの足元は変色している。次々に、身体から剥がれた土か、泥のようなものが落ちていくのだ。


 その変貌を、剣や槍を構えながら近衛兵が固唾を呑んで見つめた。


「……これは」


 誰かがそう口にした。

しばらくすると使用人の風貌が、丸っきり変わってしまったのだ。髪の色も、顔も、体型も違う。

誤魔化せないのは、目の色と身長くらいなのだろうか。

詳しいことはわからないが、これは魔法だろう。


 三人の、泥に覆われていた使用人たちは虚脱状態のようだ。すぐに、足元の泥の中に倒れ込んでしまった。

 子爵邸の者は皆、顔を引き攣らせている。子爵に至っては気の毒だと肩入れしたくなる有様だった。



「ヨギ殿」


 ホルスト元帥が声をかける。神祇官は男たちに近寄り、手を翳した。

何かの魔法陣が宙に浮かぶ。水色に光るそれは、細かい紋様、数字、古い言語を装飾して形づくられた円形の陣だ。


「魔法の反応は遺体と同じです。同じ者が、魔法をかけました」


 人は魔法で殺されれば痕跡が残る。魔法陣が浮かべば、まず間違いない。ヨギ神祇官は樽の中から出た死体と、同じ人物の仕業だという。



「元帥、息がありません」



倒れた使用人たちは、事切れたのだ。


「周到な入れ替わりだな……掃除夫、お前、何か知っていたな」


 元帥が、近衛騎士に縄で縛られた男に聞いた。

男は震えて、歯をがちがちと言わせている。それだけで、言葉が出てこない。

人は恐怖で、声が出ない時はあるものだ。

時間をおいて聞き出すしかない。


 何とも、不穏な気配が辺りを包む。ヨギ神祇官の表情も険しい。


この三人に、泥に塗れた男たちに大公殿下が気付かなかったのだろうか。

だとしたら、特異点で見破れなかったのか。

いや、そんなはずはない。特異点は魔法と干渉しないはずだ。


 ならば、この三人は逃げた家令モドキの手下だった、と考えた方がいいだろう。

リオネル大公には、魂の揺らぎが見えるのだ。こいつらは揺らがなかった。死を覚悟していたのか、知らされていなかったのかはわからないが、共犯なのは間違いない。


「誰か、手配書を借りて来い。邸の中か、街の衛兵なら持っているはずだ」


 元帥が、深く重く、指示を出した。

またやる事が増えた、と眉根を寄せる。


「…元帥、よろしいですか」


 ヨギが話しかける。元帥は部下に運ばせた大きなカウチに座った。それでやっと身長差が縮まる。

ヨギは彼の耳元に顔を近づけ、小声で告げた。


「この方法ならば、六年前のことも少し説明がつくのでは」


 元帥の眉間の皴がさらに深くなった。







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