第三十九話 豊かな大地
魔法は基本の四元素からなる。火、水、風、土の四つだ。魔力を持って生まれれば、そのうちどれか一つは必ず該当する。親子で同じ系統を引き継ぐ事も多い
魔力量が生まれつき少ない民草もそれは変わらない。
貴族や王族と呼ばれる者たちは、昔から魔力量の高い者を血縁に引き入れ、自らの力として誇示してきた。だから一般的には王侯貴族の方が、魔力量が多いというだけの話だ。
例外はある。なんてことのない平凡な両親から、魔力量が多い、また魔法の四元素のうち複数の素質を持って生まれる事が稀にある。
そういう者たちは貴族に召し抱えられる、騎士や学者を目指すなど、道が多様に拓けていく。
ホセ・オグライゼンもその一人だ。
オグライゼンは子どもの頃の土遊びから、自分の才能に気付いた。小さな土人形を作って動かし、周りの子どもたちを大いに驚かせた。
驚愕、敬意、さらに羨望すら感じた。あの時の瞳が忘れられない。
そのまま王都へ上り、ある文官の書生をしながら魔力の使い方を覚えて大学へ入った。
ところが、オグライゼンの能力、知識、探求心は満たされなかった。
―――土魔法の属性ならば、研究は農地開発や鉱山の研究だろう。
―――軍隊に入って工作兵になればすぐにでも役に立つ。
そう皆が唱える。学者も、同輩も、同じことを言う。
あの日見た、自分への敬意の眼差しはどこにもない。違う研究がしたい、と言うと、おかしなものを見るような目つきに変わる。
それは許せることではなかった。
無知蒙昧どもめ、知識の泉から湧く偉大な魔法が見たくはないのか。新しい扉を開けるのに、それを見たくないというのか。
臆病者め。浅ましく、権力者に媚びる馬鹿者め。
オグライゼンにとって、大学はろくでなしの、馬鹿の集まりに変わった。
そう、あの頃に比べたら、おれの人生は素晴らしいものになった。
自分のやってみたいことが出来た。相応の敬意が払われる、あの瞳が見られる。
いつ見ても、あの瞳はいいものだ。
「……面白かったなあ」
差し向けた土人形は、子どもの頃に作ったものより遥かに大きく、丈夫でよく動く。
こうやって、近衛騎士の攻撃を防ぐことも容易だ。自分は傷一つつかない。
「あの子爵家の爺さん、最後の最後に気付いたようで、あの馬鹿どもによく似てるよ……」
近衛騎士は、刃が土に埋まって苦戦している。
後ろの方にいる黒髪黒目の神子は、転移式で記憶を奪ってやった。
そして、涼しげな顔の大公殿下は、ひたすらおれを見ている。
それはそうだろう。
笑いがこみ上げてくる。
楽しい。好きなことが出来て、それが使えるとはなんと素晴しいのか。
※
ホセ・オグライゼンは、その体つきから見ても騎士のように鍛錬をしてきたわけではないだろう。
ところが、こちらの攻撃は悉く防がれた。
顔だけやけに細長く、身体は熟れた茄子のように、腹部から下はふくよかで、筋肉はその脂肪の下に埋まっているのか、外からではわからない。
垂れた腹に隠れるように短い脚が覗き、とても強者とは思えない。
人の外見など皆違うが、この男はこの身体をずっと泥の下に隠していたというのか。
トマは改めて、オグライゼンの不気味さ、底知れない学者崩れを観察する。
彼の魔法陣を破ったサイゼル王子は大学都市へ、ヨギ神祇官は金髪のコールボーイの手当と遺体の検分で不在だ。
ここにいるのは、近衛騎士と、自分と、大公殿下、そしてマコト様だけだ。
我々だけでオグライゼンをどうにかしなくてはならない。
マコト様を守る防御も、今はカーク・ハイムを頼れない。
カーク・ハイムは、オグライゼンから放たれる石の飛礫を弾き返すのに集中している。
そうして防御の要が機能して初めて、大公殿下が風魔法で攻撃できる。
リオネル大公のレイピアから小さな竜巻が飛び出してオグライゼンを急襲するも、土壁が現れて、瞬く間に二体目の土人形へ変わる。
土人形が拳を振り下ろそうとすれば、マハーシャラが水魔法で弾く。
水を皿のようにして、拳を受けとめる。すると、土で出来たそれは泥になって溶けてしまうのだ。
そうやって防御が出来るのはいいが、こちらの攻撃が決まらない。防戦一方ではそのうち魔力切れを起こす。
どちらが先に、というのが重要だ。
分の悪い消耗戦になってきた。
リオネル大公が風の斬撃を二つ、突風に任せて浴びせるも、土人形が割れるだけ。
すぐにその傷口は塞がれる。
「なかなかやるな」
「土魔法こそ、神秘の魔法だ」
溜息交じりの大公の言葉に、オグライゼンはすぐに反応した。
「土は生み、育てるものだ、生命の神秘だ」
オグライゼンは両手を空へ伸ばす。芝居がかった奇妙な仕草だが、それだけ余裕があるということか。
隙と見て、ジャンが火魔法を浴びせるも、土人形の表面が焼かれただけだ。
またすぐ地面が盛り上がって、焼かれて色が変わった部分を泥が覆ってしまう。
「土を焼けばレンガに、皿に、形を変える」
オグライゼンが続ける。自分の声に酔いしれて、若干頬に赤みさえ見えた。
カーク・ハイムとマハーシャラが水魔法を同時に放つ。二つの水流がオグライゼンを襲うも、砂の壁に阻まれボタボタと地面に泥が落ちた。
彼の魔法は多彩だ。
砂、土、泥、岩と粒の大きさを、そう、自ら言うように形状を変えていく。
「土魔法は偉大だ。他のどの属性とも、相性が良いのさ」
ずず、ずずっと今しがた出来た泥が蠢く。
その泥の中から、虫型の土人形が這い出てきた。
虫、というと、我々には苦い思いがある。先日、白くなった村で見た巨大なバッタの大群。それを彷彿とさせ、生理的な嫌悪感を抱かせる。それさえ知っていて、この戦いに利用しているというのか。
「わからないか? だからお前たちは馬鹿だというんだよ」
怒りとも笑いとも取れる声色で、男は言う。
こいつはどこか、何かを失っている。トマにはそう見える。
けれども、その能力だけは認めざるを得ないだろう。