第三十八話 土魔法の使い手
オグライゼンと呼ばれた男は、鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌だった。
「お前の中途半端な魔法は、サイゼルとヨギがとっくに破っている」
そうリオネルが告げると、オグライゼンは目玉を剥くようにしてリオネルの方を向いた。
「おれが完成させたんじゃない! あれはおれが基盤を作ってやったんだよ。神霊院の魔法陣を読み解くなんてこと、ガーシュインには出来ない!」
「お前たちはゴフラン商会で、よろしくやってたんじゃないのか」
「おれはこっちに来る必要があったからな。おれしか出来ない仕事があった!」
今度は目を半月のように歪ませる。
「お前の邸だって、おれが居たから入れたのさ」
「では民間人で実験したのもガーシュインか?」
リオネルはポホス村長の息子、ポルドスのことを聞いている。
「ああ? 実験?」
そう返すと男は大声で笑った。
「これだから素人は困る!」
腹を抱えて笑う姿に、騎士たちは皆、血管が切れそうな顔付きをしている。
ここに元帥がいなくて、ある意味良かった。こいつは生かして捕らえて、聞きだすことを全て聞き出さなければならない。ホルスト元帥は子爵邸を預かっている。
殺されかけたルネはまだ意識が戻らず、家令らしき人間の遺体が出てきて、関税の証拠を上げなければならない。これ以上後れを取って負けるわけにはいかなかった。
目の前の男は、六年前から始まった一連の事件の“しっぽ”だ。逃がすも殺すもできない。激情に駆られてはならないと、歯を食いしばって自らを叱咤する。
リオネル大公は一貫として態度を変えない。何を言われても、淡々としていた。
けれど目が据わっている。
騎士たちから見ても、驚くべき精神力であった。
「学者が、実験もしないでどうやって自らの成果を証明するんだ」
男は笑うのをやめ、急に真面目な顔で答えた。
そのせいか、マコトの耳には言葉がすぐには入ってこなかった。
リオネルが問う。
「……誰が死んだか、わかってるのか」
「被検体は番号しか覚えてないな」
男は身体を搔いた。なんでもないかのように、そう吐き捨てた。
「そうか、それは残念だ」
「…なんでだ」
「頭のいい君ならわかるだろう。君の名前を、敵と思って覚えてくれる人間がいないってことさ。君が覚えていないなら、僕も伝えようがない」
「…いいよう、おれは。あんただけで」
また口元を歪ませて笑った。
「あんたとあんたらは、覚えてくれただろう。おれの名前」
リオネルの瞳が光った。
「肥大した自己顕示欲、誇大妄想を抱いた病人のことか。その病を誰に利用された? うまく覚えてるなら言ってみろ」
その挑発に、男は魔法で答えた。急に叫んだと思えば地面が盛り上がる。足場を取られてよろけた所に、砂が飛んでくる。
視界を塞がれたと思った。
それをリオネルとカークが跳ね返す。風魔法の使い手、そしてカークは反射魔法が使える。
マコトが口から砂を吐き出している間に、ジャンが切りかかった。
再び地面が盛り上がる。しかし今度は自分のすぐ近くで土を動かした。
それは人の背丈を超えると、人の形になった。ジャンが振りかぶった剣は、その土人形に阻まれた。