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第三十六話 時には砂を噛むように




 口の中が苦い。

それは、目の前の凶事のせいだろうか。先代の遺物の紛失など、中央神霊院に知られればどうなることか。今から頭が痛い。

多くの経験と研鑽を重ねた国の英雄、ホルスト・バーンスタイン元帥も、この事態に臍を噛む。六年前の事大公邸の事件を腹の内に抱えているのは、何も側近だけではないのだ。



 近衛騎士連隊長であるホルスト元帥は、その部下、十数名を連れだって数日前に王都を発った。

象の騎乗は目立つが、こそこそしては元帥のような人間はかえって悪目立ちする。

それに象は昼夜を問わず歩き続けられるのだ。彼の中では理屈は通っている。



 近衛である元帥を動かせるのは国王だけだ。その国王陛下からの密命が下った。

それが何を意味するか、元帥は理解していた。理解していたが、部下には最低限の説明しかしてない。近衛はその性格上、首都防衛の要だ。そうそう部隊を率いて移動すれば目立ってしまう。その上人数が多ければそれだけ時間もかかる。情報も漏れやすい。寡兵、と呼ぶにも少ないが、敵に気取られるのは避けたい。



 それから道中、単騎のヨギ神祇官と偶々合流して、ようやくディアメに到着した。

近衛兵の一団及びホルスト元帥がここに来ることは子爵邸の誰にも知られていない。

不逞の輩を捕らえるにはまたとないチャンスだった。

ディアメの住人から関税の値上げを知った大公たちは、すぐさま子爵邸を近衛騎士で固めた。

 

 だが、事は単純ではなかった。


 急襲といわんばかりの捕り物にバートン子爵は怯え、怪しげな態度の使用人がいた。

そして子爵が個人的に雇い入れたコールボーイと、長年仕えてきた家令の姿が見えない。

もしかすると先代転移者の遺物に加えて、単なる関税の不正徴収だけではないのかもしれない。

岩のような渋面の下で、ホルスト元帥は舌打ちしたい気分だった。



 その後、不審な使用人の心の揺れをリオネル大公が見抜く。

その鋭さたるや、見事と言わざるを得ない。ホルスト元帥も、リオネル大公の特異点を知る一人だった。


そうして神子様とマクナハンが地下室でルネを発見し、救出した。意識はないが、ヨギ神祇官が手当している。


時を同じくしてトマたちが、酒樽を納める倉庫の中から、一つだけ異臭をするものを見つけ戻ってきた。



 奥の棚の、一部分だけ周りに土が散乱していたのだという。


 騎士たちが重い樽を転がし、蓋を開けてみると、土の中から芽のように何か生えている。


否、それは人の手だったものだ。

その左手は、酒樽の蓋を持ち上げたかったのだろうか。どんな思いで伸ばした手だったのか。土の中から伸びているそれは、半分以上は白骨化していて腐臭に満ちていた。

その光景を見た近衛騎士たちは、報告の折、皆同様の顔色をしていた。

人間のすることではない。気概のある者は、目に怒りが。そうでない者は、今にも胃の内容物をひっくり返しそうだった。


 マクナハンやトマは、さすがに前者だ。

胆力もあるだろうが、怒りが先に立っている。義憤は戦場では禁物だが、このような事態では返って冷静になる気付け薬のようなものだ。

 

意識が戻らない金髪のコールボーイ、彼は明らかに殺されかけていた。

後ろ手に縛って水車に括り付けるなど、本人が進んでやった狂言だとは到底思えない。

お次は酒樽から遺体が出た。生き埋めだったのかもしれない。

どちらも手が込んでいる。


ホルスト元帥は、凶行の一部を目の当たりにして、自分の長年の経験と鍛錬が、寸での所で理性を働かせているように思えた。これだけでは終われない。


 二年前から上げられた関税と遺体、そして遺体になりかけた青年。


何者かが、何らかの理由でそうしたのだ。

そしてそれは、使用人の青白い顔からも窺い知れる。

場は騒然としていた。ディアメを預かるバートン子爵は、あまりの出来事に呆けてしまっている。

顔色は、青ざめたを通り越して、血の気なくして紙のように白い。子爵は本当に関与が無さそうだ。


 元帥は、大きな呼吸を二度繰り返した。厳しく口元を引き結び、使用人を、子爵を、邸を見渡す。


 そうしてリオネル大公と目が合ったその時だ。

近衛騎士のジャンが、戻ってきて大声を響かせる。


「厩舎の前に一つだけ方向の違う蹄の後が! マコト様がさっき水を撒く練習をなさっていたので、そこら中がぬかるんでいて、それで」


 聞くや否や最初に飛び出したのはマハーシャラ・テムズであった。





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