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第八話 先輩

第八話 先輩





 先ほどの烈火のような勢いはなりを潜め、今はソファでクッションを抱えながら、時折独り言を言うマコト。ノスタラなんとかかんとか、意味はわからない。

 アスクード伯の突撃を聞き、その後サイゼルが上手く対応してくれたことに感謝した。それにしても先ほどのマコトは本当に、少し、圧倒された。



「言ってなかったんですか? 殿下」

「ええ? ああ、単性生殖のこと? お前が言ったと思って」

「まさか! 私の方こそ殿下がお伝えになったと思っていました」



 マコトの気に障らないように、小声の応酬で睨み合った。こういう時は乳母子というのは厄介だな。一歩も引かない。トマは僕相手でも容赦なく怒るんだ。



「魔法も魔石もなく、生殖のためにわざわざ生き物を二種類に分けるなんて不合理だ。想像できない。我々にも出来ることは限られている」



しれっとサイゼルは開き直って言う。確かにそうだ。この世界にもう一種類、人間がいるということ、どうやらそれは姿形も違うらしい。魔族や獣人みたいなものなんだろうか。恐ろしいほどに差があって、その差にマコトは戸惑っていた。



「にしてもアスクードめ。マコトに迫るとは。年齢を考えてほしいな」

「自由な方ですからね。しかし衛兵にはきつく申し伝えておかなければ」

「ああそうだ、それで思い出した。マコト、僕は君の護衛と侍従を選びに行っていたんだよ」



マコトはのろのろと顔を上げると、眉根を寄せて不機嫌そうな顔をした。


「ありがとう」


 思ってないな、塵ほども。さっきの意趣返しだ、なかなかやるな。


「ああ。一番の近侍はジャンが良いだろうが、それでは足りない。選りすぐりの中から信用できる仲間が欲しいからね。君の身を守らないと」


にっこり笑いかけても、ああそうへえ、という反応だ。


「ショックが大きいようですね」

「自分の魅力にどうしてショックを受けるんだ?」


 がばっとマコトが立ち上がった。



  *



「おれは、男で、自分より身体も小さい、華奢で可愛い女の子にモテたんだ。おれは男に対して性的魅力を感じない。そりゃあ、かっこいいとか、色気があるなとか憧れはある。おれも同じように憧れを抱いてもらえるようなそんなミュージシャンになりたかったし、かっこよくなれるように努力して」

「君はかっこいいよ」

「そうだけどそうじゃない! 憧れ以上の感情を持たれたり、向けられることなんてなかったんだ! いやあったけど、おれは興味ないって断ってた」



 暗いクラブの中、五月蠅い騒音と酒と煙草の匂いに紛れて、誘ってきた奴がいた。太ももを撫であげてきて、あまりにしつこいから腹が立ってたところを洋司先輩が取りなしてくれて、それで助かった。男でも女でも関係なく、しつこいのはだめだ。



「洋司先輩。そうだ、職場の先輩、洋司先輩だ!金髪のブリーチで、シルバーのピアスとアクセサリーだ、そうだ、そうだよ」


 はっきりと顔と名前が浮かんだ。背は低いけど、くしゃっと笑うのが魅力的で、人と垣根なく接する人で、おれの二つ下だけど職場では先輩だった。サザンオールスターズが好きだと言って着メロにしていた。



「思い出した? マコト」



 リオネル殿下の瞳が、獲物を見つけたように大真面目になった。頷いて答える。初めてだ。初めて名前と顔が浮かんできた。おれはほんの少しだけ、心の中に何か光が宿った気がした。



「サイゼル、術式の解読は終わったか?」

「もちろんだ。おれを誰だと思ってる」

「そうか、なら後は神祇官だな」

「ああ。中央神霊院の知己をトマに紹介した」

「はい、今裏を取っています」

「……社交に出るか?その方がマコトが、現状を理解しやすいだろう」

「警備が問題です」



 また少し置いてけぼりを喰らっているが、おれは消費したエネルギーを補うために茶請けの菓子をがっついた。まだ思い出せるはずだ。何かが綻んでいるイメージがある。甘いものは好きじゃなかったが、今、思い出させてくれるならいい。

 ぐいっと茶色いお茶を流し込む。飲みなれない味だが、おれに興味がなかっただけで、向こうにだってきっとこういうお茶もあっただろう。しばし行儀が悪いのは許してほしい。

 音、匂い、景色、なんでもいい。


「なんでもいい、おれは出来ることを全部やる」


 声に出ていたようだ。結構大きかったようで、三人がおれを振り返っていた。


「その意気だ。やろう」


 リオネル殿下は今度こそ本当に笑って、握手を求めてきた。この大天使に対して、最初とだいぶ印象が変わった。胡散臭さと、ちょっと人の心の機微に欠けているところがある気がする。それでも、よし、と思って握り返した。

 あ、忘れてた。

 お菓子を握っていた手で、リオネルと握手をしてしまった。

手を離した後、彼はちょっと嫌そうな顔をして自分の手のひらを見つめていた。








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