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第三十話 穿つ一滴





「申し開きを致します、元帥閣下!」


 口の中が切れて、あちこち怪我をしているマハーシャラは、痛みを押して申し出た。



「街の連中の言い草はあまりに酷いもので、大公殿下を嵌めようしていました。おれは発言を取り消せと言ったんです! 大公は卑劣で、冷血漢だと言い触らした! おれは近衛騎士です! 聞き過ごすことはできません! だから訂正しろと」


「近衛の騎士が民間人に手をあげるか」


 赤い髪の大男が話したそれは、地響きだ。マハーシャラに注がれた目は厳しく、一瞬で全身に鞭が打たれたように、若い近衛騎士の心臓を鷲掴みにした。そばでその声を聞いた民間人も、一歩、また一歩と後ずさりしていく。



「いや、どうやらそうでもないらしい」


リオネルが衛兵や男たちに聞くと、彼らは顔を見合わせた。


「……おれたちが殴った後、やり返すわけでもなかった。ただ口は達者で」

「ではその方が、無抵抗の騎士を数人がかりで痛めつけたというわけか?」


そう返されて、今度は喧嘩相手の男たちが顔を引き攣らせた。目の前にいるのは近衛騎士の長、国の英雄たる元帥だ。その見かけだけではない、名声だけではない芯の強さが肌を刺す。雷を畏れるように、敵ならばひと目見たら震えて逃げ出したくなるだろう。


「なんにせよ、恥だなマハーシャラ」

「…近衛の旗印と元帥閣下、そしてリオネル大公に、申し訳なく思います」


「いやいや、喧嘩は仕方ないよな?」

「彼は国家の中枢のエリートなんだよ、マコト」

「でも言い出したのはあいつらなんだろ」


 リオネルに言われても、マコトはさっきから釈然としないものがあった。何か引っかかる。


「おお、そちらの方がもしかして神子様であらせられるか」


 赤い髪の大男が、マコトに向き直った。そうすると、マコトは首を傾けて顔を見上げなければならない。なかなかに新鮮な体験だ。


「そう、我が領内で白い病を退治した」

「白い病じゃなくて、巨大白バッタによる蝗害でしたねリオネルさん」

「そうそう、その退治をしてくれた、異世界から渡ってきた人」

「無理やり連れてこられたマコトです」



 息はぴったりだった。内容が内容なので、赤い髪の元帥は豪快に笑ってしまう。



「さすがは神子様だ! はっはっはっは」


 この人が大口を開けて笑うと、なんだか食われそうだなとマコトは思ったが、黙っておいた。

大きいだけで、悪い人には見えなかったからだ。


「ではその神子様にあやかりましょう。災厄を退ける方ですからなあ。この事態、いかがしましょうか」


 驚いた顔のヨギと目が合った。これはあれかな、おれを試すつもりなのか。

おれはそんな事より、さっきリオネルとひとつケリをつけてだいぶエネルギーを使った。そのまま出てきてしまって、とっても腹が減っている。子爵邸に帰って食事がしたいからさっさと済ませよう。


 振り向いたらリオネルは、トマが持ってきた豆のようなものをつまんで食べている。

あの野郎……というか、リオネルが話の中心じゃないのか?

お前の話だろ? と言いたくなった。

まあいい、早く終わらせて食事をしよう、


ところが、この先しばらくマコトは食事が出来ないのだ。

彼らから出てきた言葉が、次の嵐を呼び込んでいくこととなる。



マコトは黒い髪を掻きまわした。ジャンが悲鳴をあげるかもしれないが、そんな動作すら見慣れない者の目を引いてしまう。

神子と呼ばれる黒髪の青年は、捕らえられた男たちに向き直った。


「あのさあ、さっきから気になってんだけど……リオネルが卑劣、卑怯、冷たいって、どういうこと?」


「た、大公は卑劣だ!」

「そうだ!」

「冷たい男だ!」


 質問した男たちではなく、周囲の人々の中から声が上がった。

マコトが振り返っても誰だか特定できない。少し声を張って、集まっている民衆全体に聞き返す。


「だから、なんで? リオネルのどこが卑劣で冷たいのか、おれに教えてくれないか」



 ざわざわと人混みに反応があった。その中には、黒髪だとか、外見のこと、神子様なんて声も聞こえてきた。

もう少し押してみるか。


「おれはこっちに来てまだ間もない。お前たちがおれに教えてくれなきゃ何も知らないんだ。こっちの通貨も相場も知らない。この街のことも、おれはさっぱりわからない。でもこっちに来て、リオネル大公と一緒に白い村で虫の大群を始末してきた。そのリオネル大公に対して、おれは少なくとも冷たい卑怯な奴だとは思わなかった。どうしてみんなはそう思うんだ?」


 秘密主義でひねくれてるとは思うけど。

それはさっきお見舞いしてきたから、明後日の方に蹴り飛ばしておこう。


 しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。



「大公は、大公は夫殺しを見逃した!」

「そうだ!」

「きっと裏で金が絡んでるんだ!」



「……なに、どういうこと?」



 マコトはリオネルを見た。豆を頬張って、目を丸くして固まっている。鳩が豆鉄砲ってそういうことじゃないだろう。

なんだか、あいつを見てるとむしゃくしゃするな。

そしてマコトはもう一度、民衆をぐるりと見渡した。

まさかこの街は、着いた時からのおかしな反応は、六年前の事件と繋がっているとでもいうのだろうか。







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