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第二十八話 大きな足音





 入れ墨は生まれた家を示す紋様が刻まれる。髪色と同じ色を入れるので、一見それとはわからない。ヨギの額からは青い入れ墨が、流れるように首筋を伝って、左胸まで続いている。

 それ以外は、神祇官の出で立ちである。


 深い緑色の貫頭衣は、他国の文化からみればチュニックと呼べなくもない。足元まで覆うゆったりとした緑に、薄い白い着物を重ねて帯を締め、片方の肩を抜く。そうすると半分は緑が見え、あとは白い着物から透けてうっすらと色づいて見えるのが高位の印だった。

 頭部には飾り紐を巻いている。

そうした細やかな意匠は、神祇官の中でも高位しか身に付けられない。


 ヨギ自身、自分の見てくれは、森の民であるとわかれば良かった。


彼が一団と河の街に入ると、何やら広場の方に人が集まっているようだ。城門の衛兵も何名かそちらに出払っているという。

 何事かと気になって馬に乗ったまま、人混みの近くまで行く。周りの騒がしい野次馬の、断片的な言葉を聞く限り喧嘩のようだ。


 その人だかりの真ん中に、ヨギは見慣れた金の巻き毛を見つけた。

馬を下りて近づくと、向こうもこちらに気付いたらしい。

そしてヨギの仕える神子が、ヨギを見つけ出した。



「ヨギ!」


 マコトは声を張った。周囲の喧噪でも届くように。

ヨギの渋い顔が少し緩んだ。

 周囲の人間は、何事かと様子を見守る者もいれば、なかなか整った顔立ちのヨギに歓声をあげる者もいた。


「遅くなりました、マコト様、大公殿下」


 辺りを見回しながらヨギが近づく。

 広場に面したいくつかの商店は物が散乱して荒れている。

衛兵たちが出てくる派手な喧嘩だったらしいが、なぜここまでの人だかりになっているのか。どうして大公殿下たちがいるのだろう。


 人だかりの中心まで来ると、それがわかった。

 衛兵に取り押さえられた男たちは所々、怪我をして服が破れていた。その中でぎらぎら、ぎょろりと目玉を血走らせている男がいる。

 騎士マハーシャラ・テムズだ。



「マハーシャラ?!」



 彼が市民と喧嘩するとは、想像しがたかった。



「一体どうして…」

「やー、マハーシャラがキレたみたいで」

「キレた?」

「そ。怒ってぷっつん」

「ぷっつん」


 同じ言葉を繰り返す。

マコト様の言葉は向こうの世界のものなのだろう。ニュアンスは伝わっても、正確に知りたいというのが森の民として、神祇官として生きてきた彼の習性だ。

 同じように押さえらえた男たちの方は幾分怪我が少ない。近衛騎士であるマハーシャラは片目が腫れ、所々血がついている。

 つまり、仕掛けたのはマハーシャラで、でも手加減をしていたのか。



「…それで大公殿下がいらしたわけですね」

「うん、まあそれだけでもないよ」


 リオネル大公はマハーシャラたちの前に膝を折ると、一人の男に話しかけた。



「さっきの話、もう一度言ってくれるか」


 街の水夫らしい、軽装で日に焼けた顔の男が答える。男の顔は強張り、それでも大公殿下をねめつける厳しい眼光だった。


「あんたは卑劣で、冷たい男だ」


そうだ、と呼応する声がどこからか上がる。


「……大公殿下を嵌めようなど、なんと恐れ多い」


 マハーシャラが顔を顰め、目を背けて言った。

口の中に血が溜まっていたのだろう。顔を痛みで引きつらせながら地面に吐き出した。



「大公は卑怯者だ!」

「いい加減にしろ!」



 またマハーシャラが叫んだ。文字通り血の叫びだ。



「さっきからこんな感じなんだ」


 マコト様が首をひねる。


「サイゼルはちょっと野暮用だから」


 こそっとヨギに耳打ちする。なるほど、通りで。

こんな騒ぎがあれば喜んで見物しそうな人がいないわけだ。


「それなら、あの方と一緒に来てちょうど良かった」

「あの方?」


 大公やトマ様もこちらを見た。

広場の奥から、人が急にざわめきだつ。


 ブオオオオオオオ



 大地まで響く、あの鳴き声。


「…な、何だ、今の?! ヨギ、音楽隊でも連れてきたのか? 法螺貝とラッパとサックス?」

「いえあれは」



 言うや否や、悲鳴に似た声が上がる。

人だかりの向こうに、天に伸びた長い鼻が見えた。









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