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第二十五話 誰が為の歌Ⅳ



 トマ自身、焦りの感情があった。大公殿下を見るたびに、何とも言えずに、戸惑っていた。臣下としてどうするのが一番か、考えてきたつもりだった。しかし、考えては迷路に入り込んだような気にさせた。余計に焦り、焦燥が胸を焼くようだった。



「マコト様、それは……」

「自分を罰したいんだろ? リオネル。六年前のお前を」



思わず瞳を閉じ頭を垂れた。


 主君の態度が、自罰であったこと。

それはトマが見たくなかったものだった。近すぎて見えなかったか、見ようとしなかったのかはわからないが、その言葉に思い至らなかった。

 見つけたい、見つけたくない。その背反がずっと、トマの内側にあった。

それでも、顔を上げて再び声を絞り出す。


「なんと…それは…リオネル殿下のせいではないのです。守り切れなかった我々が、背負うべきものです」

「人の荷まで取らないでくれよ」

「だとしてもあなたに落ち度があったわけではありません!」

「リオネルはそう思ってないからこうなってんだろ」


 乳母子であるトマとリオネルの言い合いに対して、マコトはどこまでも冷静だった。


「自分に落ち度があったから家族が殺された。事実はどうあれ、頭の中のどこかでそう思う。だから、自分を作り変えようとしている。卑劣で、悪い奴だって」


 トマの耳には聞くに堪えない事だ。でも今まで、誰もそれを言わなかった。



「もう誰も、死んでほしくない、同じような事が起こって欲しくない。だから、だからさ……リオネル、お前だって本当はわかってるんだろ。殺人犯に理由なんてない。誰でも良かったはずだ。それでも、それでも消えないよな」


 マコトは自分の胸のあたりを押さえた。


「ここの真ん中に何かある、それが消えないんだよ」



 大公はいつの間にか、マコトを真っすぐ見ていた。

マコトは深い青色の絨毯の上に胡坐をかいて、下から見上げている。

表情を隠しがちな大公の一瞬の揺らぎも見逃さない、そんな所だろうか。


 水色の瞳は見開かれている。途端に、顔を逸らした。ぐしゃぐしゃと片手で頭を掻き交ぜる。歯を食いしばっているようにも見えた。


「ごめんな、リオネル。でもおれ、ちょっとわかるんだ。あの時自分がああしていれば助かったかもしれない、大切な人が狙われなかったかもしれない。そう思うのって、普通じゃないかな。でも、実際それは傲慢だってわかってる。お前がどんな人間でも、誰かは狙われた。その方が良かった、他の誰かの方が良かった……残酷な事だけど」





 ※



 マコトの頭の中には、ジェフ・ベックのギターが流れてくる。歌はロッド・スチュワートだ。切なげに枯れた声とジェフのギターの相性は抜群に良かった。

 曲は「Peple get ready」。


 準備はできたか、さあ列車に乗り込もう。荷物も、切符もいらない。ただ信じるだけ。


そういう意味の歌詞だった。

 小さく寄り添って、信じればいいって言うんだ。でもそれが難しい。心が折れたままで、哀しくて、でも希望が見たい。

 心は複雑で、いろいろな欲求をする。


 誰も、誰かの心を暴くことはできない。そんな事しちゃいけない。

これは、おれのけじめだ。ごめんなリオネル。



「おれは家族を殺された」


―――Faith is the key

Open the doors and board them

There’s room for all

Among the loved the most



なんでこの曲なのかわからない。そんなに好きだったかな。

目の前が滲む。一度腹を括ったんだ、しっかりしろよマコト。



「こっちでいう、兄弟。おれが子どもの時だった…目の前で連れ去られて」



 全身が怒りで千切れてばらばらにならないように、脚で踏ん張るように力が入った。精一杯吐き出した息は震えていてダサい。こんなはずじゃなかった。



「あの、小さな村で思い出したんだ……あの村長の顔、どこかで見た事があった。親父の顔だよ。姉貴の葬式の時、ずっとあんな顔してたんだ。遣る瀬無い、怒りをぶつける先もない。失ったものがでかすぎて、どうすればいいのかわからない…」


 あの顔を忘れていた。あの、親父の顔。

 おれは忘れていた。この世界に来た時に記憶を奪われたから。

思い出すのは鮮烈だった。近づいてくる次の風景、次の言動。畳に並べられた沢山の座布団が、これは非日常だと訴える。そういうものが恐怖の塊になって胸を塞いだ。

 思い出すのは制服の人たち。喪服の人たち。そしてその哀しみと不釣り合いで、でも表に出すまいと堪える父親の背筋。おれはその背中を見た。



「棺桶を開けた時、おれには、姉貴に見えてた」


 みんなが見ていたポホス村長の息子、ポルドスの遺体は、おれの目にはセーラー服を着た、若い女性の姿と二重に重なって見えていた。


何を見ているのか、何故こんなものが見えるのかわからなくて怖かった。でももっと怖かったのは、おれとよく似た顔の色だ。土気色はこういう色なんだ。本当に血色がない。閉じられた両の瞼と口元。

それはそのまま歳を取らなくなったおれの家族だ。




「なあリオネル、たまに思うだろ。今、生きてたら何歳だったか。今のおれになんて言うかな」


 勝手に、目元に熱が籠った。頬の筋肉が勝手に引きつる。


「でも居ないから、その分おれたちは、おれたちの目で、自分で自分を見なきゃいけない」


 死者は諫めることも慰めることもしない。おれたちだけが熱を持ち、こうして吐息になって外に飛び出ていく。握った拳も、何もかも熱い。


「おれは時々、姉貴の声が聞こえてた。いつも言われてた口癖みたいなやつで、大して意味なんでないけど。でも、奪われたはずの思い出なのに、ちゃんとおれの中にあったんだ」



握られた拳は、自らの震えを抑えようとしている。

上手く言うつもりはない、出来てもいない。けれど今まで呑み込んでいたものが流れだしてしまう。


「お前の中にもあるだろ。奪われてないものがあるだろ! 聞こえないフリすんなよ、ちゃんとあるんだよ、絶対、そこにあるんだよ!」


 大切なものを思えば、失う苦しみが扉から出てくる。だから忘れたふりをして閉じ込めたい。

じゃあおれは? 無理矢理記憶を奪われて、時折思い出すおれは、忘れたふりをしていられるのか。

 いいや、おれはもう知っている。

無理矢理忘れたフリをしても、時折扉の向こうで声がするんだ。

それを聞こえないフリしても仕方ないんだよ。なあ、お前ならそれもわかるだろ。わかってんじゃないのか。

前におれに言ったよな。おれの過去が、おれを決めるんじゃないって。もうすでに、おれは証明してるんだって。






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