第七話 噴火
第七話 噴火
トマを探す。それか金髪のイカサマ天使でもいい。離宮という所を飛び出すと、あちこちで衛兵のような鎧を着た人たちを見た。皆同様に身体が大きく、日本人どころか欧米の人でもそうそういない体格だ。これで自分が未成年と言われるのが少しわかった気がする。
建物はいつか写真集でみた、スペイン建築のようにうねうねした装飾が多い。たしか植物のフォルムそのものを取り入れたという、有名な建築家のデザインに似ている。
お金を貯めたら行こうと話していた。
誰と? 職場の先輩だ。オリーブオイルの産地で、ヨーロッパでも美味しい食べ物が多いから楽しいだろうと、他愛のない話をロッカールームで話して、香水をつけなおした。
――マコト様!マコト様お待ちください!
通りがかった人や兵士が振り返ってこっちを見ているようだ。結構走ったな、と思ったら目の前の肉にぶつかる。これは胸板、いや腹筋かな。
「マコト様!」
「…ああ、ごめん。ジャン」
「すみませんマコト様、お体に触れるのもどうかと思いまして」
ジャンは、しゅんと項垂れている。おれは前に回り込んだジャンにぶつかったらしい。上がった息を整えながら返事をした。
「ごめんちょっとパニックだった。トマかリオネル殿下に会って話がしたくて」
「本当は離宮から出てはいけないのです」
しゅんと反省した犬みたいな顔をしている、ジャンには悪いと思った。
「ごめん、急ぐ」
「…本日は騎士の訓練場かと思います。ご案内します」
ジャンはおれに改めて一礼した。おれはそんな大した人間ではないが、それを受け取らないのも失礼な気がしたんだ。
*
訓練場は色々な音がするが、何より驚いたのは、立ち上がる炎と水柱の攻防だ。建物の端に馬場のような開けた所があって、今まさに戦っている。水は炎を吞み込もうとするが、火が勢いよく逆巻くと、熱さで目を閉じてしまいタイミングを逃す。
緊迫感と興奮が一体となっている。何人か見物人がいるが、そこにリオネル殿下、トマともう一人いた。近づいていくと、その人は赤い髪で、おれの倍ぐらいの身長がありそうだった。如何にも猛者、といった風で、ヤクザとプロレスラーと力士を足しっぱなしにして、良い身なりをしていた。
リオネル殿下とトマがおれに気付いたようで、赤い髪の人は立ち去っていった。ジャンもグリズリーみたいに大きいと思ったが、あの人はそれ以上だった。
「やあマコト。ちょっと待ってて」
リオネルは口を開きかけたおれを遮って、戦っていた二人を呼んだ。
何か話をして、また二人は戻っていき、戦闘が再開した。
火の玉が繰り出されたかと思えば、水を使う人が皿のように受け止める。さっきより魔法を繰り出す速度が上がったようだ。次の瞬間、水の魔法が壁のように広がった。火の玉は勢いよくぶつかり、途端に水蒸気になって辺りは真っ白になった。
その中で何があったかわからないが、水蒸気の霧が晴れると、辺りからは盛大な拍手と野次が飛んだ。どっちが勝ったのだろう。
「ジャン、それでは困るぞ」
「申し訳ありません」
トマにジャンが叱られる。申し訳ない気持ちでいっぱいだが、叱るのはトマの仕事で、おれが悪いのにここで援護でもしたら、それこそ厚顔無恥極まりない。そうだよな。おれも世話になってるからと思って、これまで離宮で大人しくしていた。ちゃんと理由があるのだろうし、知らない世界を冒険するには自分に自信がなかった。せめて自分が何者かわかれば違っていたかもしれない。
リオネルが騎士たちと朗らかに話をして、終わるとこちらへ来た。
「さあて、お転婆の理由は?」
カチンときた。
「いい加減にしろよ!」
大声で叫んだ。はらわたが煮えくり返っている。
「わけのわからない世界で!自分が誰かもわからない!その上人間は男しかいない?自分でも自分がおかしくなったと思ったんだ!でもみんな知らん顔で、そんなこともわからないのかって顔をする!その上お転婆だ?幼稚園児じゃねえんだよ!!いくらおれが!何も知らないからってな!!そっちの責任だろうが!!」
いつの間にか、リオネル殿下の服を掴んで、握りしめた片手を振り上げていた。トマがおれの身体を押さえていたから、この金の巻き毛の大公とやらを殴らずに済んだらしい。
リオネル殿下は驚き半分、呆れもあるのだろうか、ちょっと引いていた。
「…ええと、トマ」
トマはリオネル殿下に助け船を要求されても、片眼鏡でじとっと見返しただけだった。
「あー、ううん、いや、すまなかったマコト」
「…思ってないだろ」
おれは下からになるが、睨み上げる。
「さっきのは殿下が悪いですよ」
トマは片眼鏡をふきふき、ジャンの目は卓球のボールみたいに左右に泳いでいる。
「でも、マコト様ももう二度とこんなことはしないでください。狙われていますから」
「狙われているって…その」
敵に? と唇だけ動かした。きっと聞かれたらまずいだろうからな。
「それもそうだが、君は魅力的すぎるんだよ。ここの男たちは特に、君に興味津津で自信のある奴が多い。騎士の中でも近衛なんていうのは、そういう集まりなんだ。ジャンのような男の方が貴重だよ」
さっと、さっきのアスクード伯爵の態度、あの瞳を思い出した。そうだった忘れてた。
「やっぱり、この世界って…」
その後、放心したように身体から力が抜けた。