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第二十話 レベルアップ




 ここしばらく、マコトは魔法陣を使った夢を見ていない。

前は、リオネルと一緒に寝ていたせい。今は夜ごとある、成人の儀のせいだ。


 自分が、ギターを持っていた。東京でバンド活動をしていた。

そこまで思い出せた。でもそこから先がなかなか繋がらない。

売れなくて、だからといってなんでホストなんだ。自分のことなのにわからなかった。

 それで少しでも記憶を刺激しようと、先代の日記をぱらぱらと眺めることにしたのだ。


「…ムース茶はマテ茶みたいな味…なんだマテ茶って」


 料理人だったいう先代転移者の手書きのノートは日本語で書かれている。マコト以外は読めないらしい。

 日記は半分以上、料理や食文化、野菜や酪農の話だった。忙しかったのか、段々と走り書きになっていって、話が途中で終わっている事も多い。料理のメモ帖となっていることもある。


 話は聞けるが、文字を見ると眠くなってくるマコトは、うつらうつらし始めていた。

その時、ある言葉が目に飛び込んできた。


「成人の、儀…」


 今まさに、彼がぶつかっている難問だ。眠気は、猫に見つかったネズミの如く姿を消した。



―――とんでもなくいかがわしい、蛍光ピンクのぬめぬめ。現代人の僕には直視しづらい。これまでの転移者たちはどうだったんだろう。

 イロアロエの木を見たけど、赤いアロエだった。ただしとても大きい。成分はどうなっているのかな。農場で見たオカサンゴは、陸上に大蛸が這いあがって木に抱きついている見た目で、かなりホラーだった。それが赤いアロエこと、イロアロエだけ食べると半透明の蛍光ピンクのそれに育つ。

あれを、人に、してもらうのは恥ずかしい。というか変な雰囲気になる。でも段々、こっちに娯楽がなかったからか、興に乗っている自分がいる気がして…これ以上は書けない。



いやなんだよそれ、書いてよ!

頬杖をついていた顎が、ガクンと落ちる。前から思っていたけど、先代ってちょっと天然な気がする。なんだよ興に乗るって。


 え、まさか勃ったってこと?!


 日記を読んで、国語のテスト解答みたいな頭の使い方をしなきゃならないのか?

選択肢問題にしてくれないかな…いやいやそうじゃない。違う。


―――病院の直腸検査とどっちがマシなんだろう。


 ほんと、何言ってんだ先代。


変な雰囲気になる、のは、わかる。

でもルネが綺麗すぎるのと、早く終わらせたい気持ちでマコトはルネに関係のない話を振る事が多かった。それで、変な雰囲気を回避している節はある。



 昨晩もそうだった―――



  ※




 ルネがマコトの部屋を訪ね、部屋の明かりを少し落として、イロアロエの樹液をたくさん吸ったオカサンゴの瓶を置いていく。こうなると“(いろ)珊瑚(さんご)”って呼ばれるらしいけど、どうでもいい。

下半身はおっ広げのままだと幼児のようで羞恥心が爆発するため、自分で脱いでシーツで上から覆って隠している。


これは予防接種、はしか、おたふく風邪、インフルエンザ……マコトはぶつぶつと呪文のように小声で繰り返している。そんな様子を見てルネは不思議がっているが、マコトにとっては一大事だった。


 ちなみにイロアロエの蜜飴は使ってない。もうしばらく見たくない。ルネのこともまだ許したわけじゃないが、セックスワーカーという彼に、見過ごせない何かがある気がした。


「そういえば……」


 ふとマコトは思いついたことがあった。ルネは、踊るために身体を鍛えている。多分日頃から気を付けているのだろう。

 サイゼルからは、鍛え方は体型によるとか何とか言われたので、ルネに聞いてみようか。


「ル、ルネ」



 はい、と返事をしながらにっこり笑う、森の精霊みたいなルネ。手には毒々しいピンクのバイブ……じゃない、この世界の通過儀礼の為の大事なウネウネを握っている。

 いやあ、引いて見たらかなりシュールな絵面だろうな。ルネの笑顔とのギャップがすごい。



「あのさ、ルネってすごく身体について詳しいと思うんだけど…おれ、胸を鍛えたいんだよ」

「胸ですか」

「そう!」


 やっぱり年下のサイゼルに馬鹿にされっぱなしではいられない。

そして、今回のリオネルを問いただすということは、いつか決めた「回し蹴り」の回数が増えた事になる。おれは忘れてはいないぞ…首洗って待ってろよリオネル。

 そのために、やはり体幹をしっかり鍛えておきたい。


「それなら、オカクラゲですね」

「オカクラゲ?」


 ルネがピンクのあれを置いて、何やら道具を漁って取り出したのは、薄っぺらい手のひら大の透明な紙だ。

 むんず、とおれの寝間着を掴んでがっつり前を開く。


 もう、慣れたけど、ルネはこういう事を黙ってやるみたい。まあいいんだけど。


「一度乾燥させてますが、水気があれば元通りになるので」


 そういって、おれの胸部、左右に一枚ずつ薄っぺらいのを貼り、さっきから出ているピンクのウネウネの液体を擦りつけた。


「おお……なんか、あったかい?」

「毎日貼れば、大きくなりますよ!」

「そうか、色々あるんだな」


 湿布を貼ってるようで見た目は良くないけど、人に見せるものではなし、まあいいか!

これで筋トレ効果が倍増するのかな。サイゼル並みにとはいかないが、ちょっとでも筋肉がムキっとつくようになるなら、この際肉体改造どんと来い!である。



「マコト様はどうして体毛がないのでしょう」

「ああ」


 おれは医療脱毛について説明した。ホストの同僚、八尋のお客様にエステの社長がいたんだよな。海外では普通だけど、日本にはまだない男性の脱毛サロンを開くから、そのオープン前の被検体を頼まれたんだ。


―――こいつ、髭も似合わないと思うから全身いっちゃって!

―――おい八尋。

―――なんだよ。髭剃ると剃刀負けして痛いって言ってただろ。


 いや、頼まれたというより強引だったな。確かに、毎日髭を剃る手間がなくなってすごく楽にはなったけれど、おれは全身脱毛されてしまったのだ。


「そうですか、私はてっきり」

「てっきり?」

「いえいえ何でもありません。剃刀の刃を当てなくていいなんて、便利ですね」

「ま、アジア人は結構剃り跡が目立つんだよな。ほら髪が黒いだろ? 体毛も黒いから、剃ると緑とか青色っぽくなるし、時間が経つと目立つんだよ」


 ルネは怪訝そうな顔をしている。想像できないんだろうな。



「確かに、赤い髪、青い髪、色の濃い方はその色が肌に反映されるのかもしれませんが…ああ焦げ茶色の方もそうかな…でもあまり目にしませんね」



 こっちの世界はそういう体毛でも悩みがないってことかな。でも剃ったり整えたり、おしゃれはするんだろうな。



「マコト様の世界は想像がつきませんが……こちらは人の好みは様々ですからね、髭や体毛は皆さんこだわりがあると思いますよ」

「好みか……そうだなあ。前にカークが、自分と同じくらいの体格で、首と太ももが太くて腰が締まっているのが良いって、いらん事教えてきたな」


 騎士カーク・ハイムは、トマと同じくらい身長が高い。2メートルは越えている。


―――おれより細かったら、アレの時壊しそうで怖いじゃないですか。


 いやそんな事言われてもな。わからん。


「マハーシャラも調子に乗ってさ、自分は学者風の見た目がいいって言ってきて。インテリ好みってことなのかなあ」


 おれはよくわからない。男同士の好み、ううん、わからない。

おれが首を捻っていると、ルネの手が止まった。


「あの、マクナハン様は?」


 こちらに背を向けて、そのまま聞いてきた。


「マクナハン? 彼はそういう話をしてくるタイプじゃないよ」


 硬派なのかな。寡黙で、真面目な人だ。最初は怖かったけど、今はそんな風に思わない。

そういうと、一呼吸おいてルネが振り返った。


「マコト様、今日はオカナマコまでいきましょう!」

「へ?」

「成人の儀の最後の仕上げですよ」


 ルネは新しい瓶を開ける。いや待って、この流れでナマコって言わなかったか。

 べっちゃ、ぼとり。


 おれの腹の上に、またもやピンク色の物体が投下された。

息が、一瞬止まった。


 半透明ショッキングピンクの、ナマコ!!

 太い! でかい!


「いやいやいや普通にナニコレ何これ」

「だからオカナマコにイロアロエを吸わせたものです。これはとっても性能がいいんですよ! これでもまだ半分生きているので、取り扱いには注意が必要ですが、なんと後ろの穴をほぐしながら中を綺麗にしてくれるので」


 説明が頭に入ってこない。

このサイズを、入れる? どこに? なんか蠢いてる?



「細いオカサンゴでほぐしたら、入れましょう」


後ろの穴にあんなもん突っ込むのか?


「これ……」

「やらないと終わりませんよ」



 ルネの赤紫の瞳がキラリと光った。





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