第十五話 薄桃色の餌食
「あの金髪ロングさん、すごい踊り上手かったなあ」
マコトに割り振られたゲストルームは、木の温かみと重厚感のある内装で、離宮の雰囲気に似ていた。少し違うのは、光長石のランプが色ガラスで出来ていて、壁や天井に光が反射して、かなりロマンチックなムードだということ。
ステンドグラスの光のようで、それでいて明るさはちょうど良い。
マコトはジャンに髪を乾かされながら、そんなことをぽつりと零すとピッケが言った。
「あ、でもマコト様、あの人は……いえ、とても綺麗な髪をしてましたね」
そういうとジャンが手をとめてピッケを見つめる。
「…マコト様の方が、お綺麗です!」
何故だかジャンが張り合っている。笑みを消して至極真面目に言う。
「いえ確かにあの色艶、素晴しい手入れをしているんでしょうけど一体何を使っているのか何か特別な櫛を使っているのかこれは侍従として調べなければならないと」
「ジャン、おーい」
「ジャン様……」
ピッケがびっくりしちゃっている。
「ジャン様、今晩からその、あの金髪の方がマコト様をお世話するって伺いましたが」
「……そうでした。ではマコト様、私たちはこの辺で」
「え?」
呼び止める間もなく二人は一礼すると、そそくさと出て行ってしまった。あの人がおれの世話? 一体どういう事だろう。
※
「失礼致します」
腰まで長い髪、肌が透けて見えるほど薄い絹、金の腕輪を鳴らしてルネが入ってきた。
歩く姿まで綺麗で、マコトはぼけっと見つめてしまっている。
ジャンは変な様子だったけど、この人は落ち着いているな。
ピッケと同い年くらいかと思ったんだけど、小柄なだけで、歳はもう少し上なんだろうか。
「ルネと申します、神子様」
「…あ、ああ。おれマコトでいいよ」
「…はい、ではマコト様、本日よりよろしくお願いします」
本日よりお願い……何をだろう。ルネは色々と抱えていた荷物をおろしてテーブルの上に並べていく。
おれは黙ったままそれを眺めている。空気がなんとなく気まずかったので、おれから話しかけることにした。
「あの、さあ」
「はい」
振り返る動作も、優雅というか綺麗だった。こんな人、本当にいるんだな。
姉貴の好きな漫画に出てきそうだ。それこそファンタジーの住人とか。
「いや、なんでもない」
ルネの赤みがかった紫の瞳はこぼれ落ちそうで、首を傾げると人形のようだった。
おれの中のカッコいい美形っていうと、デヴィット・ボウイなんだけど、ルネみたいな人は見たことがない。男性的な部分も全く感じられないのは、彼の声が少し高いからだろうか。この世界には声変わりはないのかな。
そう色々と考えていると、ルネが目を細めて笑った。
「神子様、まずこちらをお召し上がりください」
ルネが差し出してきたものを受け取る。薄いピンクのタブレットみたいなものだ。これを食べるっていうのは、飴細工ってことかな。ルネを見やると、食べるのを待っているようだったから、マコトはそれを口にした。
「それは、イロアロエの樹液から作った蜜飴です」
「ふうん」
やっぱり飴だったか。すぐ溶けるためにあんな形だったのかな。
ルネは同じ飴が入った綺麗な箱を見せてくれた。宝石みたいに艶々している。
味は、砂糖のような甘さと果汁の酸味。フルーツドロップに近いだろうか。あっという間に溶けてしまった。
ルネがもう一つ、とでも言うように、箱ごと勧めてくるので、もう一つとって、口に放りこんだ。
「これから毎晩、これを食べていただきます」
「……え?」
「これが、神子様の御仕度です。成人の儀をお任せいただいたということですが」
「え? なに?」
そう言ったと思えば、身体の力が上手く入らなかった。
座っていたベッドに上半身が倒れ込んでしまう。なんとか両腕で身体を支えようとしたが、上手くいかない。喋ろうとしても、舌の感覚がなかった。




