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第十四話 カードの背中



アスクード伯が手をとめてこちらを見た。机の上にトランプを置く。

リオネル殿下は一口、お茶を飲んで口を湿らせる。


「トマ、それで?」

「五日前、南東部の街で遺体となって見つかりました」

「そうか……手がかりにはならないか」

「いいえ」


 腹の中の熱い空気を押しだすように、否定した。

私もまだ処理しきれない、膨らんだ熱が腹の中にあったのだ。


「遺体が遺棄されたのは軍の駐屯地のすぐそばで、発見は早かったと思われます。しかし、そのダニールという男の遺体は切り傷が多く、ほとんど血が残っていなかったそうです」



 アスクード伯、リオネル殿下はともに黙り込んだ。あまり気持ちのいい話ではないので当然だ。

切り傷と血、これはほんの少しだが、こちらの気を引いている気がする。お二人の考え事は、きっとそれぞれに別のことだろう。



「リオネル大公、覚えておかれるといい」


伯爵が改まって口にした。


「悪事は、悪党どもにとっては宣伝だ」


硬く低い声色だ。伯爵は指先で机の上のトランプの山を崩した。まだ、お茶は冷めていない。大公の水色の瞳は、カップの底に向けられている。


「六年前の事件が宣伝で、仲間を集めて徒党を組み、組織が大きくなったと言う事か」


リオネル殿下が、薄く引き伸ばされたような声でおっしゃった。

自分の夫と子は、宣伝のために殺された、そう言われて冷静にいられるはずもない。しかし大公の声以外、何も変わったところはない。

 アスクート伯爵も、言葉を慎重に選んだと言っていい。


「君が知らないことがある、アスクード」


リオネル殿下がカップをおいた。それは、ごく一部の人間しか知らないことだ。



「イディアンもマイロも、刃で何度も傷つけられている。それから部屋に残った血の量は、傷の多さに比べて少ない」

「血が、なくなっていたのか…」


海千山千、貴族社会を生き抜いてきた伯爵が目を開いて立ち上がる。

そう、今回見つかったその小悪党の殺され方は、少し引っかかる。似ているのだ。


 アスクード伯は二の句が継げないと言わんばかりで、立ち上がっても身体を持て余している。

これが、敵の釣りなのかはわからない。我々が餌に飛びつくのを待っているのかもしれない。

そうだとしても、特殊な凶行だ。



「同じ人間がやった、という線は出てきそうだね…」


リオネル殿下のかすれた声を聞き、力が抜けたようにアスクード伯がどかっとソファに腰を落とした。前髪がはらりと揺れる。



「ありがとうトマ。詳しくわかったらポホス村長に連絡をいれよう……」


抑揚のない命令だった。まだ呆然とするアスクード伯に、殿下が続ける。




「さて、マコトの件だったね。マコトはまだ成人の儀を済ませていない。今のままではさすがに気の毒だ。そうだ、トマ、あの青年にしよう」

「は…?」

「あの金髪の青年」

「…子爵の、コールボーイですよ?」

「ああ、ぴったりじゃないか」



そういう殿下の表情は、何も読み取らせてはくれない。声にも抑揚がない。


「…ルネと、そういっておりましたが」

「そう、そのルネにマコトの世話をさせよう。準備ができるまで待っててくれ、アスクード」




 すぐに返事が出来なかった。私は言うべきことを言った、リオネル殿下も取り乱していない。だが、アスクード伯のような反応こそ、普通だ。

殿下はその普通の感覚を振り切ろうとしているのか。そのために、わざと今マコト様の話をしたのではないか。

 私の中にも、おぞましい憶測と怒りはあった。同時に近づけたと、そう思った。

しかし、リオネル殿下はそれ以上の何か。


噴火をおさえるために、生贄を投じろという古代の神事を思い出す。

殿下はそれで、本当にいいのか。


その逡巡で、返事ができなかった。







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