第六話 客人
第六話 客人
「すみません。マコト様にお会いしたいという方が来ていて、その」
「誰だ」
サイゼルが威圧するような雰囲気でジャンに答える。ジャンが困ってるようだ。
「あの、アスクード伯で、ああ困ります閣下!」
扉を押さえるジャンの力は強いのだろう。顔だけひょっこり、ジャンの身体の隙間から現れた。ええ……
「ほう、そちらが神子さまか。近くで観たい。いいだろう?殿下」
その恰好が全くもって不釣り合いなほと、顔が整っていらっしゃる。サイゼルがため息をついてから、良かろうと答えた。
そうして入ってきた人は、リオネル殿下より年上だろうか。映画スターさながらの存在感があった。銀色の髪は、タイタニックのディカプリオみたいな髪型にセットしていて、無造作にはらりと垂れるのがすごく、なんていうか、男のおれがいうのもおかしいが色っぽい。それでいて灰色の瞳は、北欧を思わせる冷たさだ。絶対こういう映画俳優がいた。
さっきの頭だけ部屋に突っ込んだのはどうかと思うが、入ってきた彼は映画から抜け出たかのように、完璧に見える。どの角度から見ても決まっている。絵画に出てくるような貴公子に、程よく歳を重ねた風格もあって、まさに人目を惹くとはこのことか、と思った。
「アスクード伯」
「ああ見せて、なんて美しい髪だろう。この髪を毎日侍従に触らせているのか?なんとも羨ましいな」
サイゼルを無視した。一応王子さまだよな、あいつ。
「アスクード伯、リオネル殿下の不在に離宮に押し入るとは何事か」
「僕と彼の仲だもの」
そうしてそのかっこいい人はサイゼルを見ないで返事をすると、おれにグイグイと近づいてくる。
「本当に真っ黒、漆黒の宵闇、瞳も同じなんだね。ああ素晴しいよ。触ってもいいかい?」
「ど、どうぞ」
勢いに押されてどうぞ、なんて言ったが最後だった。そのとんでもなくかっこいい人は、おれの、肩より少し長い髪を掬いあげると、なんと、なんと口づけをした。顔が近い!
ドラキュラみたいな冷たさを感じるし、表情も豊かではないのに、渋みがあって本当に絵に描いたような銀幕のスターと、顔が、触れ合うほど近い。誰かが息をのむような気配がした。心臓がばくばく跳ね上がる。
「…マコト、そちらはアスクード伯爵。なんといえばいいか……」
「宮廷の問題児。昔はよくリオネル大公殿下と遊んでいてね。旧友だ。その上魔石の鉱山を二つも所有しているからこの通り、伯爵だけどお金持ちで、他国の王族だって無視できない」
「……はあ」
「つれないなあ。何をあなたに捧げようか考えているんだけど、水晶で花束を作らせようか。黒に合うように紫水晶を国内外から集めて一流の職人に」
「マコト、今お前は口説かれている。早く断れ」
「は、はあ?!」
顎が外れるかと思った。銀髪の紳士とは距離がまだ近い。それにしても、おれを口説く?何を言ってるんだあいつは。
「こんなに美しい人を前にして、跪かない者はいないだろう。」
どうやら、本当に男のおれを口説いているようだけれど、そんな勿体ない。この世界にはもっとすごい美女がたくさんいるだろう。
いつの間にかアスクード伯という人はおれの手をとっていた。微笑みもせず、まっすぐおれを見ている。自意識過剰と思われても仕方ないが、一応、言っておこう。
「あの、申し訳ないのですが、おれは一応男ですし、こちらの世界ではどうか知りませんが、男らしいと自分では思っていて、女性にもモテるんで。というかそちらも女性関係には困らないと思いますし」
しどろもどろになりながらなんとか言い切ると、相手は目を少しだけ見開いた。
「女性?」
「はい」
もちろん、男性だけが好きって人もいると思う。おれが勤めた歌舞伎町にだっていたし、それこそ店の従業員でもそういう話をした。両方好きっていうやつもいて、そんなものかとおれは話を聞くだけだった。
「女性ってなんだい?」
アスクード伯爵はおれに聞き返す。
「え?」
おれも思わず聞き返す。ふあ、とサイゼル殿下が欠伸をした。飽きた、と言わんばかりの態度だ。それでもおれは助けてほしい。意味がわからない。言葉が通じないのか?
「サイゼル殿下、女性ってわかるよな」
「ああ」
良かった。なんだ、いるんだよな、やっぱり。ここに来てから一度も見てないけど。
「知識として、お前のいた世界の人間が生殖のために二種類に分かれているということは知っている。転移関連の著作で読んだ」
「…ん?」
「難儀なものだな。そうしなければ子孫を残せないなんて、我々からすれば考えられない」
「うん?」
「人間も動物も、単性生殖が当たり前だ」
「単性、生殖……ジャン!」
「は、はい」
飛び跳ねるようにアスクード伯を振り払って、ジャンの太い手首をしっかり握る。
「お前は誰から生まれた?」
「誰って、それは母上からで」
「そうだよ、そうだよな!」
「私は母上似なんです。昔気質の刀鍛冶で、私より一回り小さいですが」
自分の血の気が引いていくのがわかったが、まだだ。まだ信じないぞ。そんなことあってたまるか。太陽が二つだってことより、こっちの方が大問題だ!
おれは部屋を飛び出していた。