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第十一話 夜、鳥鳴く



「街の住人がねえ……」


アスクード伯は顎を撫でながら考え込んだ。絵になる人だ。

後ろの大公殿下はまだ拗ねている。面倒くさいが、何か気に入らないことでもあったらしい。酒も聞し召していらっしゃるので、あまり深入りしない方がいいだろう。

 ジャンが口火を切った。


「またあの村の時のように、敵の手が回っているのでしょうか」

「ポホス村長の所だな」

「あの時は、大公領で、大公殿下の失墜を狙っているようでしたから」


 村長の息子が遺体で帰ってきて、それが王侯貴族の無理強いで転移式のせいだったという密告めいた文書がついてきた。それは疑いたくもなるものだ。今回もそうなのだろうか。


「しかし街には入れました。常駐の衛兵の様子は普通でしたよね」


マハーシャラが言う。彼は観察力のある男で、考えなしに物を言うこともない。とりあえず今は後ろに転がっているリオネル殿下抜きで話を進めよう。



「伯爵はどう思われますか?」

「ん? 僕が来た時は至って普通だったな。それに、リオネルを嵌めようとするなら街ぐるみでそうするだろう。バートン子爵にそういう動きはなかったと思うが」


 アスクード伯は、リオネル殿下の代わりではないが受け答えがしっかりしている。

そう、誰かに指示されているような動きではなかった。それはそうだとして、何故あんな態度だったのか理由が思い当たらない。

皆、考えることは同じなのか、首を傾げている。



「せめて、マコト様の歓迎くらいしても良かったのではと思うのですが」


カーク・ハイムがマコト様を窺いながら言う。それはそうだ。

白い病の退治をした、転移者であらせられる。それにこの街の神霊院も、人々に情報を伝えているはずだ。

 どうなっているのか、調べるにはスーレン一族はサイゼル殿下の為に散らせてしまった。“地ならし”は人海戦術なので、致し方ない。再びここへ人員を集めるのに、最低でも三、四日かかる。どうしたものか。

 私がきつく絨毯の模様を眺めていたからだろう、アスクード伯爵が、パンパン、と響くよう手を打った。



「トマ、そう根を詰めずに。深刻になり過ぎないようにしよう。ひとまず休息だ。力んでいては見えるものも見えまい」



 アスクード伯爵は薄っすら笑みを浮かべる。

年の功か、貴族の性格かはわからないが、もっともなことを言う。

色恋やらおふざけが絡まないとこの方は非常に聡明なのだと思い出す。普段は冗談を煮詰めて軽口の応酬で息をしているような人なので、すっかり抜け落ちていた。









リオネルは窓を開け、近くに腰かけで、空を見上げる。

ジアンイットの、特に大公領は温暖な地域で、夜も穏やかに過ごせる。

この時期は寒暖差もなく、風も吹いていない。


 すると、夜だというのに羽ばたきの音がした。

開け放っていた窓の桟に、中型の鳥が留まる。灰色だったそれは段々に色を変えた。


胴体は乳白色、翼は黄緑、濃い緑の濃淡が美しく、頭の飾り羽は蜜柑のように麗しい。


「兄さん、久しぶりだね」


リオネルが声をかけると、その美しい鳥は少し翼を広げて見せた。



「やあリオ、君が手紙を寄越すとは珍しい」



声がする。その声は確かに、この鳥から聞こえてくるようだ。だが鳥が喋るとでもいうのだろうか。リオネルは目元を少し緩めた。

 懐かしさ、寂しさ、親しみ、どのような感情があるのか。そこまではわからない。


鳥は続けて喋る。



「転移式のことは兄上から聞いたよ。厄介なことになったね。君ばかり損していないか少し気になった。リオは意外と損をするとわかっても、融通のきかないところがあるからね。そこが君のいじらしいところなんだけど」


 リオネルは自嘲するかのごとく、唇を曲げた。

酒を飲み過ぎたのかもしれない。グラスの水を多めに呑み込む。



「で、南大陸人のナシラとかいったね。僕の方でも調べてみる。紫の髪色に斑目、という特徴ならそう多くない。良い家柄や有力者のはずだ」


声はやさしく、そして少しの暗さもない。リオネルは明るく朗らかな、春風のように話す人柄を思い出した。

 鳥とは会話はできない。これはそういう魔法なのだ。

声を運ぶ、特別な魔法。それは彼と、そしてもう一人しか使えない一族秘伝の魔法だった。



「何度も言うが、リオ、君はそう自分で思うほど冷徹な人柄ではないよ。だから国の中枢なんて似合わない。旅でもしてごらんと言ったね、覚えているかな。損な性分だよ、僕と違ってね。兄上のことはもういいだろう。わかってくれるさ。僕からも言っておくから」



 言いたい放題、鳥に諭される気持ちを想像したことはあるのかな。

会話はできない、一方的に話を聞くだけ。けれど、肉声を聞くことができる。それがどれだけ慰めになるか、どれだけ昔に戻りたくなるか。

リオネルは心の中で思った。蜜柑色の飾り羽の鳥は大きな瞳で、けれど険しさはなく、ガラス細工のように夜の静寂を写している。



「リオ、いつでも頼っておいで。かわいい弟」



最後にそう言うと、鳥は何度か翼を開閉した。

リオネルはテーブルにあった果物をつまんで、いくつか口元に運んでやる。鳥は美味しそうにそれを食べ、飽きると身体の色を変えて空へ戻っていった。

その後ろ姿を、リオネルは水色の瞳で見送る。



「旅ねえ……」


 旅なら少し、今、神子としている所だ。これからもそうなる。

風のない夜は静寂で穏やかだ。けれど同時に、空虚な気もする。自分の隣に寄り添う人がいない。こういう時に、話す人がいない。イディアン、十年もそばにいられなかった。息子の寝顔を見られたのは、結局何回だったんだろう。

もう永遠に、見ることはない。

家族の声を久しぶりに聞いて、リオネルは、いつもより余計に思い出した。


 大公邸で、家族で過ごした幼い日。

大人になってから、結婚してから、子どもが生まれてからのこと。

懐かしいというのは、心の敵だ。張り詰めていたものが簡単にほどけてしまう。もう一度、明日までにもう一度きつく締め直さなければならない。



空虚は永遠に埋まらないのか。復讐を遂げても埋まらないのか。

たとえそうだとしても、この空虚がもっと大きく広がったとしても、やめることは許されなかった。





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