第十話 役得の侍従
「眼福ですね」
「眼福です」
二人でふふ、とこっそり笑い合った。
「でもピッケ、私はどちらかというと大公様派を応援しています」
そういって、きゃっと腕を寄せるジャン様は鍛錬を欠かさない真面目な騎士なので、二の腕の筋肉がモリッといった気がする。僕の胴回りくらいありそうな逞しい腕だ。その腕の下で胸筋もモリモリッといった気がする。さすがジャン様だ。
「僕は断然、サイゼル殿下を応援しています。そこは譲れませんね」
僕だって、王都生まれの街っ子なのだ。たくさんラブロマンスの劇や歌を知っているし、本だって貸本屋で借りてたくさん読んだ。
年下のサイゼル殿下がマコト様に迫る、そうさっきのあの瞬間も僕にとっては叫びたいくらいだった。サイヤの見送りなのに、ごめんサイヤ。
でもサイヤが選ばれたのは当然だと思う。しっかりしていて、冷静で、お茶を入れたり着替えの用意をしたり、いつも僕より一歩早い。
だから寂しいけれど、寂しいって顔で見送らなくて良かったと思う。またすぐ会えるんだから、それまでに僕がしっかりサイヤの分まで働くんだ。
そう、サイゼル殿下の恋路を応援しつつ、マコト様にお仕えする! さっきだって、サイゼル殿下はすごく楽しそうに笑っていらっしゃったし、幸せになっていただきたいし、何よりマコト様とお似合いだと思う。
お二人とも、どんな役者も敵わないくらいの美形で、純粋で、見ていてがんばってと思っちゃうんです。
鼻息荒く早口でそう語ると、ジャン様は一呼吸おいて真剣な顔をした。
「ではピッケは、アスクード伯をどう思われます?」
キッと振り返ると、性懲りもなくマコト様に近づく麗しの貴族様がいる。多くの浮名を流してきたといわれる、氷の貴族。その道ではたいへん有名らしい。
だから僕も真剣に考えた。
「……悪い間男役、でしょうか?」
うんうん、とジャン様が腕組みして頷いた。
「それもわかる」
「見た目は美しい灰色と、マコト様の黒い髪がぴったりで、冬薔薇とその雫のようですが、やはりマコト様があの調子ですし」
「ピッケは詩人になれますね」
いやあ、そうかなあ。
にこにこと笑い合ってしまう。ああ楽しい。ジャン様とこういう話が合うので、ついつい遠慮を忘れて喋ってしまう。
「そういうジャン様は?」
「私はリオネル大公様とマコト様が、最初から惹かれ合っているように思っています。アスクード伯は…そうですね、時々妻にちょっかいをかける親戚の叔父君、という感じですが、少し度が過ぎているので……ここからは大人仕様ですね。子どもには聞かせられません」
「僕は子どもじゃないです」
「未成年ですね、ピッケ」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
でもジャン様が言う、大人仕様というのはつまり、そう、めくるめく危険な関係ということでしょうか。そうに違いない。
「ジャン様、泥沼の悲劇もお好きなんですね」
「いいいいいえ、いえいえいえ、そうではなくて、ちゃんとハッピーエンドが好きなんですがね。ちょっとね」
えへへと笑っておられますが、あの慌てぶりは分かってしまいます。バレバレです。
最近はこんな風に、年上包容力派と年下押せ押せ派に分かれて議論することも多いのです。ああやっぱり宮廷勤めって素晴らしい。街の小市民のままでは、噂話で聞くくらいです。こうやって目の前で、絵に描いたような光景が見られるというのは侍従の特権です。
しかし、この後僕たちは、トマ様から大目玉を喰らうことになります。
王族や貴族の皆さまを身近に見られる侍従って、誘惑が多くて難しいですね。改めてそう思いました。
※
トマが戻ってくるまで、おれは時間のイメージを砂時計から秒針に変えた。
彼は素早く戻ってきたらしいのだが、おれにはそうは思えなかった。
アスクード伯には、さっきのサイゼルの話を詰められる。リオネルはこっちを見ようとしない。ジャンとピッケはまた盛り上がっている。
味方! おれの味方がいない。
恐る恐る騎士を見ると、マハーシャラはこっちを見るなと両手を上げて顔を逸らし、カーク・ハイムは何故か親指を立ててグッドのハンドサインをする。
マクナハンはわかっていないのか、とりあえずカーク・ハイムの真似をしていた。
なんて薄情な奴らだ! やっぱりサイヤに残ってもらった方が良かったんじゃないかな。
その間にもアスクード伯の手が伸びてきて適当にあしらったり、適当に返事をしたりする必要があった。
そういうわけで、おれは一秒がとてつもなく長く感じられたのだ。
トマの顔を見てほっとする日が来るとは、こっちに来たばかりの頃は思わなかったな。竹の子族の兄ちゃんみたいなんだもんな。盗んだバイクで走り出しそうな顔をしている癖に、世話焼きで生真面目な奴。
「それで? リオネル殿下、殿下!」
「……おかえり」
「おかえりではなくて、アスクード伯に依頼したことは、この街の様子は?」
臍を曲げたように寝そべって、ちびちび手酌酒をしている金髪中年。完全にやる気がない。覇気も緊張感もなくて、トマも困惑している。
「お前たちも何を浮かれている! 私が居ない時はジャン、お前がしっかりするんだと前にも言ったはずだが」
おお、すごいとばっちりを喰らっている。ジャンが顔を青くして、姿勢を正した。
「それよりも街の様子ってなんだい?」
不貞腐れるリオネルのそばに座ったトマが、ここに来て失敗した凱旋パレードのことをアスクード伯に話し出した。




