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第九話 出立



 アスクード伯爵はリオネルと同等扱いされたことが不服なようだが、すぐ切り替えてマコトの隣に図々しく座り、食後のお茶を飲んでいたマコトの腰に抱き着いた。

 すぐさま無言で引き剝がされている。

ふん、人前でなんてみっともない。おれならマコトに剝がされるようなぬるいことはしないがな。



「リオネルにはもう話したが、おれはサイヤを連れていく」



 そういうと、マコトや侍従、騎士たちは驚いていた。サイヤには先ほど確認を取った。これはもう決定事項だ。だが別れの挨拶くらいは必要だろうと思って残っていたのだ。


「じゃ、もういいか? おれは行くぞ」


 トマが急いで窓を開けた。外の暗がりに何があるのか、おれには見えないが、あいつには見えているのだろうか。


「せっかちめ」

「何か仰られましたかアスクード伯」

「見てごらんマコトの顔を。寂しそうじゃないか、サイゼル殿下。熱い抱擁の一つでもしたらどうだい」


 おれはわざと、ゆっくり立ち上がった。

やはり、王族はこうして時に権威を示し、臣下である貴族を見下ろしてやる必要がある。


「毎日、昼間にたっぷりとさせてもらった。まだいるか? マコト」


 そういうとマコトは耳を真っ赤にして、顔を隠した。

アスクード伯はおれとマコトを交互に見やっている。普段、所作が優雅な男なだけに、珍しい光景だ。



「サイゼル殿下」


 アスクード伯が口を開きかけたのをトマが遮った。これ以上中年のお遊戯には付き合ってられんからな。


「ミルファクとチャラワンという男たちが同行します。合言葉は花の名前です」

「睡蓮だな」


 トマが頷く。スーレン一族の紋章、清らかな蓮の花の形が彼らの背負う宿命だ。


「外まで私が案内します。その後は街まで徒歩で。着替えはその後です」

「わかった」


 トマはしょっちゅう『紙鳥』でやりとりをしていた。大公の側近ともなればおかしなことではない。王宮の窓はいつも紙鳥で賑わっているので、子爵も不審には思わなかったはずだ。



 トマがサイヤに小さめの背負い袋を渡した。ここで持っていく荷物は最低限だ。この後揃えられるものは揃えればいい。隠密行動とはそういうものなのだろう。


 サイゼルは初めてこのジアンイット王国に来た時のことを思い出した。あの時は、それこそ何も持たない子どもだったのだ。心細さで声も出ないような、小さな白い子どもだった。



「壮健なれ、サイヤ・ジンクス。私が選んだ男に間違いはない」

「…はい!」


 それを皮切りに騎士と侍従がサイヤの周りに集まりそれぞれ声をかけた。

マコトも、遅れてそれに混ざる。

 リオネルは背伸びをしながら立ち上がると、鷹揚に、サイヤに言い放つ。


「サイゼルを見捨てたくなる気持ちはわかるが、侍従は忍耐が一番」

「……耄碌したのか。おれがトマに言う台詞だリオネル」

「サイゼル、頼んだよ」


 リオネルから握手を求められた。まあ、悪い気はしない。その分厚い手を取った。見かけの華やかさ、口調の軽薄さと打って変わって、鍬や鋤を握る農民のように苦労をしている手だ。


「サイヤ、二番目はな、時折小言を言う事だ。トマ並みになるにはまだ数年かかるだろうが、サイゼルならいい練習になる」

「お酒がよく回っておられるようですね殿下」


 トマが片眼鏡を磨いて、にっこり笑う。


「マコト、ちょっと来い」



 マコトは少し目を泳がせている。周りの目が気になるのだろう。

胆力があるのだかないのだか、よくわからん奴だ。



「へそ出して寝ると腹壊すからな」

「……お前が弾いた曲、なんという曲だったか…」

「え? どれだ?」


 最初のだ、とおれが小声でいうと、マコトも声の大きさを合わせてきた。自然と顔が近くなる。子どもの内緒話のようだ。


「悲しくてやりきれない、と、セブンデイズウォー」

「また歌ってくれ」


 マコトは黒い瞳を輝かせて笑った。

これでいい。マコトの頬に唇を寄せた。


「マコト、お前、魔力の量が跳ね上がってるぞ」


 頬に口付けたついでに、耳元でそう告げる。


「…えっ? へ? いま……」



 慌てるマコトに、自然と腹の底から笑ってしまった。

こいつの白い村での演説が、おれにとってどんな意味を持つのか、こいつはわかっていないだろう。

 おれしか知らないことが、たくさんある。

 こんな感覚、おれは今まで味わったことがなかった。

この国に来て、知らない事がたくさんあった。リオネルがくれたものがたくさんあった。

それでも、こんな気持ちは初めてだ。


 中年どもの呆気にとられた間抜け面を尻目に、愉快な気分でおれは扉を開けた。








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