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第八話 はちみつ色のルネ




 バートン子爵は度数の高い酒を飲み、上機嫌だった。


「ほらルネ、大公殿下にも」


 ルネと呼ばれた金髪の青年は、ゆっくり頷くと、リオネル殿下の杯に酒を注いだ。

薄い絹を何枚も重ねた服、手首と足首を飾る金の装飾品。そして腰より長い金の髪が、動きに合わせて一房、二房と垂れる様子は、バートン子爵でなくとも目を見張る。

 さらに、この蠱惑的な雰囲気と所作が物語っている。


コールボーイか、とトマは彼を出来るだけ見ないように努めた。それがこういう場でのマナーだからだ。



「よく気の付く子でしてね、私のお気に入りなのですよ」


 バートン子爵が笑いながら、朗らかに言う。


気の付く“子”で、“お気に入り”ね、と心の中で嘆息する。リオネル殿下の趣味とは合わないと思うが、過去を遡ってみると自信がない。バートン子爵はお気に入り自慢と、歓迎のつもりで彼を貸すつもりなのか、いやその前にリオネル殿下はアスクード伯にマコト様を“貸す”約束もしている。


 これは、修羅場を覚悟すべきだろうか。

いやいやいや、待て、冷静になるべきだ。大公殿下も顔色一つ変えない。接待されることが当たり前、美形が傍に侍っても当たり前、といった雰囲気だ。

さすがリオネル様、じゃない。落ち着け。



 トマはやるべき仕事を反芻した。仕事、と思えば彼の気は引き締まる。頭皮がぐっともちあがって背筋が伸びるのだ。

まずはサイゼル殿下の出発。バートン子爵にも知られぬよう、今晩この邸を抜け出すこと。これは火急だ。

次に、騎士マハーシャラの実家であるテムズ商会との接触。いや今日の街の様子も気になるな。そちらの報告も聞きたい。それにはバートン子爵も、そのお気に入りも邪魔だ。


 お気に入りの金髪は、確かに美しい。騎士のような逞しさ、雄々しさは全く感じさせず、温室の百合や胡蝶蘭のように大切に磨かれてきた宝玉のようだ。

 それは伏し目がちな彼の金の睫毛から覗く、麗しい紫の瞳がそう思わせるのか。

 リオネル殿下は王族の華があり、マコト様に迫るアスクード伯は氷を思わせる美形だ。

だがそれのどれとも違う、独特の美しさだ。



 バートン子爵はリオネル殿下と自分の間に彼を座らせる。ルネと呼ばれた青年は、遠慮がちに座る仕草までも完璧だ。

 こういう者が王宮に入れば国が傾くのかもしれんな、と妙に納得してしまう。

子爵はルネの腰や肩を撫でながら、鼻の下を伸ばす。


 何か小声でリオネル殿下に話しているが、碌な内容ではないだろう。その証拠に、リオネル殿下は首を横に振った。


 この辺りでいいか、とトマはリオネルに近寄り、頭を垂れた。



「申し訳ない子爵、もう少しこうしていたいが、部下と話さねばならない事がある。明晩の歓迎の宴を愉しみにしているよ」






 ※





「何か言われましたか?」


 トマが控えめに聞く。


「ああ、あのご自慢の金髪と神子を並べたらさぞ美しいことでしょうって」

「それはそれは」



 トマが口元を歪める。そう、あまりに不敬だ。


「なに、マコトと自分の玩具を取り換えっこして遊びましょうって? それは聞き捨てならないな」


 いつの間にかアスクード伯が僕の横に座っていた。

貴族の言い方を翻訳すれば彼の言う通り、あの金髪が僕と、マコトが子爵と寝るってことだ。国内の貴族にはマコトの容姿端麗さが知れ渡っている。自分のお気に入りを自慢して、良ければ交換しようというのだ。

 なんというか、いろいろ履き違えた連中だ。



「大した能力もない小貴族が。彼に何が起きればそんな大それた提案ができるんだ」

「そういう君は? アスクード。あの青年を勧められたんじゃないのか?」


 もちろん、とアスクードの口角が上がる。そして襟を正す一連の優雅な動作は、彼以外の人間がやってもここまで美しく決まらないだろう。


「もちろん勧められたさ。でも先にデザートを食べるのは僕の趣味ではないからね」


 こういう奴だな全く。

リオネルはため息が漏れた。


「まだ諦めてないの? あの態度で?」

「約束は約束だ」

「無理強いはしないって約束だ」



「おいそこの中年ども」



 聞きなれない言葉に一瞬何かと思った。


「さっさと始めろ」


 目を三角にしてご立腹のサイゼルだった。中年……この僕が?


「この僕がアスクードと同じ中年だって?」

「この僕がこの青二才と同じだって?」


声が被った。この厚かましい中年男め。

 ついアスクードと瞳がかち合う。


「なんだっていい。最短が最良じゃなかったのか。自分が言ったことを忘れるのは老化現象の始まりだぞ」


 天地広しと言えど、僕にここまで言える男もそういないな。










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