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第七話 彼の人来たりて




 どこの世界でも大きな風呂というのは贅沢なものらしい。離宮を出てから久しぶりの湯舟をマコトは堪能していた。

 一人で入りたかったので、順番を後に回してもらって正解だった。

 大浴場を独り占めで贅沢な気分を味わう。これで街を見渡せたら良かったのだが、そういう発想はないのかもしれない。大きな街を見物したり、遠くから眺めたりするのは後日のお楽しみかな。

しばらく風呂に入れなかったせいか、久しぶりの湯舟は格別だ。開放感といい湯の温度といい、東京の銭湯とはまた違う。何度もいうが、この国の人は大きいので、大浴場もそれなりに広々としていないと恰好がつかないのだという。

 


「全部の疲れが身体から押し出されていく感じ? この感じ? やっぱり日本人の風呂好きはもう変わらないよな~」


 高い天井にマコトの独り言が響く。ドリフの歌でも歌いたいな、と思いつつ、今はこの湯に溶けるような感覚に骨抜きの状態だ。


風呂場の中心には大きな像がある。それはマーライオンの如く、大きな口から湯を出すドラゴンが鎮座し、ここの本当の主だと言わんばかりだ。

バートン邸の大浴場は、商売で使う歓待用、そして舟でランスター領を訪れる王侯貴族の歓待用として造られているために、普通の貴族のものより大がかりだった。

そうでなければ、子爵位にしては豪華すぎる。


 

王都の西に隣接するランスター領は、公爵位の人物がいなくなれば王族直轄領に戻る。交易地や、温泉が湧く観光地が多く、元々実入りがいい一等地だ。王族に利益が還元されやすい、というのは王政の国家では当然だろう。それ故、昔から程よく栄え、その繁栄を出来る限り継続していくのが領地経営の基本だ。

このディアメを北に上っていくと、リオネルの本拠地である大公邸があるのだが、その周りは外国から訪れる王侯貴族の保養所、傷病兵の療養施設になっている。

そこで必要になる物資はこのディアメから仕入れるのが早い。それ以外の農作物や食糧は周囲の村から買い取る。ここはランスター領の台所であり、貴族御用達の商店が並び立つ。

騎士マハーシャラの実家、テムズ商会の使用人もこの街を度々利用するという話だ。


となれば、ディアメは交易だけではない重要な土地になってくる。

国内外の王侯貴族が多く利用するとなれば、ただの地方都市ではだめだ。この街の風格、伝統、取引の全てが領主であるリオネル・ランスター大公の面子に関わる。


街の面積からいえば、大公が子飼いの部下を代理人にして監視する程度の規模だろう。しかし利益と意味合いが、形式を求める。そうしてこの土地は、領主が王都など土地を離れることを見越して、信用のできる貴族を代理人にして常駐させ、格を上げるのが習わしになった。


 リオネル大公はここ数年、兄である国王を支えるために領地を空けることが多かった。そのため領内各地を治める貴族たちは、リオネルにとって信用できる人材でなければならない。

その一人であるバートン子爵は細身で、リオネルやトマよりは歳が十程上に見えた。暗いこげ茶色の髪を丁寧に撫でつけ後ろへ流し、口ひげも綺麗に整ってはいたが、いささか頼りない印象をマコトに与えた。笑った顔は気品があって言葉に淀みのない所は流石だが、よく言って、当たり障りのない人、な気もする。

 明るいグレーの瞳は、そういった全体の印象から少し浮いていた。違和感というほどではない。でも、見つめられたくはない、それがなんとなく、マコトの胸に突っかかりを残していた。






  ※





 めっちゃ見られてる。近い。



 風呂から上がると室内着に着替えて広間に案内された。ゆったりとした、身体を隠すような室内着は、アラビア風と着物風ともいえる。着心地は抜群に良かった。

 広間は床に座る形式だ。

いつぞやのサイゼルお手製特別幕屋のように分厚くて毛足の長い絨毯が敷かれ、大小様々なクッションが置かれている。

 今日は到着したばかりなので、簡素に形式ばらず、マコトが来る前から食事が始まっていたらしい。


 だが、思わぬ客人というものがいる。

薄い灰色の髪、蛇を思わせる瞳、そしてこの距離の詰め方。



「……アスクード伯、食べづらいです」

「僕の手から食べれば問題ないよ、僕の黒い水晶」


 いつぞやの超美形中年が、マコトの隣に張り付き、マコトを独占している。ジャンやピッケが助け船を出してくれないかと目で追うも、こちらを見て、二人で嬉しそうに何か話をしている。いや、嬉しそうというより楽しそうに、盛り上がっている。


 アスクード伯は食べ終わって両手が空けば、マコトの腰に手を回しそうな勢いだ。

これはゆっくりと食事どころではない。とにかく無視して、このチキンライスもどきを食べてしまおう。



「ちょっと見ない間に綺麗になったね」


 ホストかなこの人。おれでも躊躇する営業トークをすらすら言って、しかも様になっている。おれはホストクラブの客でもないのに、どこからこの情熱がくるのかわからない。

 そうだった、女性がいないんだったなこの世界。ここじゃ、おれの外見は逞しく見えない。ちゃんと移動の間も鍛えていたのだが、筋肉はそう簡単に大きくならないんだな。どうやってサイゼルが鍛えているのか聞いてみたが、そもそも骨格から違うから聞いても無駄だと一蹴されてしまった。


 あの地獄の昼寝を耐えたのに、ちょっとは協力しようという優しさすら持ち合わせていない。あいつはそういう奴だよな。



「僕の黒い水晶、この葡萄がおいしかったよ、さあ口を開けて」



 アスクード伯が葡萄をつまんで身体を寄せてきて、肩が触れ合うほど近くなった。

 滝行、これは滝行だ。そのうち気にならなくなる。



「つれないところも青い果実のようで可愛いねえ、黒い水晶」


 マコトがチキンライスもどきを詰め込んだ頬を、すりすりと指の背で撫でてくるが、マコトは我慢した。チキンライスの味がわからなくなるから、今すぐにでも払いのけたい。


 ええっとなんだっけ、そうだ骨格。骨格な、子どもが少し成長したくらいなのかな、おれって。そう思ってリオネルの方を見ると、随分と華奢な人がいる。


 背中を流れる長い金髪が、ランプの光に照らされて煌々として見えた。








タイトル改訂。2023年11月11日

誤字修正、一部改訂。2023年11月12日

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