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第六話 一族の男たち



 風呂や荷ほどきの途中で、屋敷の外に忍び出る。一瞬、自分が居なくなっても誰も気付かないだろう。気付かせないようにこちらも振舞うからだ。


ようやく陽が落ちてきた。辺りの陰が濃くなる。葉が舞い落ち、鳥のさえずりも小さくなっていく。

 トマはそこに仁王立ちして、腕を組んでいる。目を閉じて、彼らが揃うのを待った。

そして何もない暗がりに話しかける。丁寧に剪定された木や、庭の景観を考えられて育てられた花々、その影と夜の闇が溶け込む境、その暗がりに向かって言う。




「盟約が動き出す。ミルファク、チャラワン」


 いつの間にか、トマの前に二人の男がいた。二人とも、トマと似たような恰好をしている。身体に巻き付ける着物のような服、帯、そして動きやすい股引。髪型もトマと同じ。耳の上まで刈り上げて、それより上は伸ばして束ねる。

未だに北国の地方で、同じような身なりの人々がいるという。森の民の服装と比べられることもあった。

 ジアンイット王国を始め、北大陸の中央部はしばらく戦火がない。平和な国が多かった。

その為か、周辺諸国は交易や人の移動が盛んで、様々な服装の民族が行き交う。多民族国家、と一括りには言えないが、スーレン一族もその一つ。国が豊かだという、風景の一部であった。


 ミルファクは背の高い、トマより少し大きい男だ。鍛え方が同じだと、体格も似るのだろうか。彼も上半身は逆三角形、下半身はすらりと細長い。

チャラワンは小柄で、鼠を思わせる愛嬌のある顔をしている。

 トマは二人と、その後ろに向かって言った。


「分家の代表格なら、皆も文句はあるまい」


 ゴソゴソ、コツコツと、暗がりから音がした。普通の人間には音に聞こえるが、あれは彼らの間でしか通じない言語だった。

 それを聞いてミルファクが笑う。


「みんなも行きたかったと」

「他の者は中継ぎだ、それも重要だぞ」


 頭を掻いて、ふう、とトマがため息を漏らした。そして今後の段取り、落ち合う場所を確認する。この二人を陰ながら見守り、その都度連絡する係も必要だ。

 サイゼルの大学都市への旅路は隠密行動だ。サイゼルと侍従、ミルファクとチャラワンの四人で行くように見えて、実はそうではなかった。


スーレン一族の男たちが、その旅路を保障する。

“地ならし”と彼らは呼ぶが、常に複数で彼らと彼らの周囲を見張る。そして細かく連絡を取り合う。常人には考えも及ばないような、細かい網の目を機能させる。安全に、無事に送り届けるために。

その為ここに居る男たちが各地へ散り、また段取りをつける。またさらに次の土地へと、木の根のように枝分かれしていく。


「まあそんなに気負うな兄弟」


 チャラワンが笑ってトマを叩いた。


「二人なら判断力も技量も申し分ないから、おれは幾分安心しているんだがな」

「そんなにおだてる必要はねえよ」


 ミルファクが無精ひげをぼりぼりかいて答える。暗がりから、ガサガサ、コツンとまた音がした。

今度はトマが答えた。


「皆、出番はある」

「おおよ、数代ぶりの大仕事だな」

「生きてて良かった。おれたちゃ運が良い」



 皆、トマが幼少期から知る者だ。一度はどこかで出会う。そういうように親の代が仕込んでいる。道端で、店先で、どこかの旅先で。彼らは同胞だと知らされる。トマたちは、それが喩え一度であったとしても、顔を覚えるよう訓練されていた。



「マジェスタ王国の坊ちゃんはいい男だそうだな」

「ああ」


 トマは幼くしてこの国に来た、白い子どもを思い出した。主人が面白がって、自分の客人として迎えると言ったときには反対したのだ。

 か細い身体、不安を閉じ込めるために引き結んだ口元と、琥珀色の瞳は、本当に小さな迷子にしか見えなかった。『白い子』とは気の毒だが、率先して関わるべきではないと忠告したのだ。

だがああ見えて、主人は弱い者を庇いにいく。自分は恵まれていて、何も障りがなく、自分には出来るからと。柔らかい顔をしていた遠い日。王族の余裕のある態度、器、そして情と気性が彼をより自由にさせ、何でもないことのように受け入れた。

 反対はしたが、御立派だと心底思った。賛成はできないが、誇らしい人だ。


 あの、あたたかな陽射しのような主人は、今はいない。

冷たい日陰を好むようになってしまった。そう、六年前からだ。



「……怒気は目を曇らせる」

「兄弟、おれたちも皆、背負っている。それを忘れるな」


 二人が言う。その通りだ。我々の歯がゆさ、悔恨だ。何も出来ず、守れず、苦しみだけが毎日のしかかった。それは、自分たち以上に、自分たちの主人が責め苦を負った。

その痛ましいこと、やるせなさ、どこに向ければいいのかわからない怒りがずっと腹の中で木霊していた。

 私だけではない。

暗がりの中で牙を剝き出しにして、獲物を待ちわびている。

浅ましく涎を垂らしながら、しかし矜持にかけて、彼らは牙を光らせる。

鳥が鳥であるように、スーレンはスーレンなのだ。




「全ての力もて、全ての知をもて技をもて」


―――我ら、泥より咲きいづる花。




 男たちの声が小さく重なった。顔を上げたトマの片眼鏡が光る。その場にはもう誰もいない、草の陰はただの陰で、そこに何者もいなかった。

もう悔いはしない。振り返らない。ただ目の前の敵を滅ぼすのみだ。











一部加筆。2023年11月10日

タイトル改訂。2023年11月11日

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